アラン・ムーア
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アラン・ムーア(Alan Moore、1953年11月18日イギリスノーザンプトン出身)はイギリスの漫画原作者であり、『ウォッチメン』『Vフォー・ヴェンデッタ』『フロム・ヘル』等のアメリカン・コミックやグラフィックノベルの原作で有名。ムーアはまた、小説『Voice of the Fire』の執筆や、舞台でのパフォーマンス活動も行っている。
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[編集] 紹介
アメリカン・コミック原作者としてのムーアは、子供向けでつまらないものとして退けられがちなこのジャンルに、成熟した文学的な感覚を持ち込んだ功績により評価されている。ムーアの実験は、文学からの影響や成人向けのテーマ、挑戦的な題材などの作品内容にとどまらず、独特な効果の採用や、文字と絵の異なる組み合わせなどの表現形式にまで及ぶ。ムーアの作品は、ウィリアム・S・バロウズ、トマス・ピンチョン、イアン・シンクレアなどの文学者や、ニューウェーブSF作家のマイケル・ムアコック、ホラー作家のクライヴ・バーカー、映像作家のニコラス・ローグなど、幅広いジャンルからの影響を受けている。コミックに成人向けのテーマを持ち込んだ先駆的作品『The Adventures of Luther Arkwright』で知られるイギリスの漫画家ブライアン・タルボットは、間違いなくムーアの作品に最も大きな影響を与えている。
ムーアは修行中のマジシャンでもあり、蛇神グライコンを崇拝していると主張している。
[編集] 経歴
[編集] 初期作品
17歳の時にLSDの売買により退学処分を受けたムーアは、1970年代に風刺漫画家としての活動を開始し、カート・ヴァイルの筆名を用いて、音楽雑誌NMEなどに幾つかのアンダーグラウンド・コミック風の一コマ漫画を発表した。ノーザンツ・ポスト紙では、ジル・ド・レイの筆名で漫画『Maxwell the Magic Cat(魔法の猫マクスウェル)』を1986年まで週刊連載した。
作画家としては生計を立てられないと見極めを付けたムーアは、原作に専念することを決意し、マーベルUKの『2000AD』誌と『ウォリアー』誌に漫画原作を投稿した。作画のアラン・デイヴィスと組んだ『Captain Britain』は人気を博し、 ムーアが手掛けた『D.R. and Quinch』や『The Ballad of Halo Jones』は『2000AD』誌の看板漫画となった。しかし、作者の権利が軽んじられていたことに不満を募らせたムーアは、『Halo Jones』を未完のままにして、1986年に『2000AD』誌を去った。この後のムーアは、複数の出版社を転々と渡り歩くことになる。
この時期のムーアの『ウォリアー』誌に掲載された主要作品としては、1950年代のスーパーヒーローを革新的な方法で復活させた『マーヴェルマン』(北米では版権問題により、『ミラクルマン』と改題された)、近未来の英国ファシスト政権と戦う無政府主義のテロリストを描く『Vフォー・ヴェンデッタ』、吸血鬼と人狼の一家が登場するコメディ『The Bojeffries Saga』が挙げられる。
[編集] メインストリーム業界における活躍
ムーアのイギリスでの活動に注目したDCコミックの編集者レン・ヴァインは、1983年にDCの低迷タイトルの一作であった『スワンプシング』の原作者としてムーアを起用した。ムーアはホラーとファンタジーの形式によって社会や環境問題を描く実験的なストーリーにより、このキャラクターを徹底的に解体し再構築した。
『スワンプシング』の人気を復活させたムーアは、DCから新しい仕事を与えられた。これらの仕事にはグリーンアローやオメガマン、『ヴィジランテ』における二編、さらにバットマンやスーパーマンの原作が含まれていたが、この中で最も注目すべき作品は、スーパーマン『Whatever Happened to the Man of Tomorrow?』と、ブライアン・ボーランドの作画によるバットマン『ザ・キリング・ジョーク』である。
そして、1986年から連載され、1987年にグラフィックノベルとして一冊にまとめられた連載作品『ウォッチメン』により、ムーアの名声は確立された。この作品ではムーアと作画家のデイヴ・ギボンズにより、スーパーヒーローが実在し、核戦争の影に怯える冷戦下の世界での探偵劇が描かれる。『ウォッチメン』に登場するスーパーヒーローはいずれも極めて人間的であり、物語は複数の視点から複雑に描かれている。宿命論や自由意志、倫理観といった、それまでのメインストリーム・コミックにおいて重要視されていなかった哲学的な問題に取り組んだだけに止まらず、アメリカン・コミックのジャンルを甦らせたことにより、ムーアは高く評価された。
また、『ウォッチメン』は、『スワンプシング』以来のムーアとDCとの確執を更に広げた点でも特筆される。DCはこのシリーズに登場するスマイリーバッジ・セットの限定版を販売し、このセットはムーアとDCの間に摩擦を引き起こした。DCはこのセットは関連商品ではなく「特別商品」であると主張し、ムーアとギボンズに対しロイヤリティを支払わなかった。
同時期のフランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』やアート・スピーゲルマンの『マウス』、ギルバート・ヘルナンデスの『ラブ・アンド・ロケッツ』と並び、『ウォッチメン』は1980年代後半を代表する大人向けのアメリカン・コミックの一冊となり、ムーアはたちまちコミック業界における有名人となった。この注目を嫌ったムーアはファンダム活動を避けるようになり、コミックコンベンションにも長らく参加していない(ロンドンのコンベンションでは、ムーアはトイレの中でまでサインを求めるファンに付きまとわれた)。
『マーヴェルマン』はアメリカ市場ではイクリプス・コミックより、(マーベル・コミックからの商標権侵害に対する苦情により)『ミラクルマン』と改題されて再販された。出版社に対するムーアや作画家らの著作権の主張にも関わらず、ムーアのストーリーは終了させられ、『ミラクルマン』のキャラクターは新たな原作者のニール・ゲイマンと作画家のマーク・バッキンガムに引き継がれた。『ミラクルマン』のキャラクターに対する法的な所有権は不明確なものとなっている。
ムーアと作画家のデヴィッド・ロイドはDCにおいて『Vフォー・ヴェンデッタ』の連載を再開し、『Vフォー・ヴェンデッタ』はフルカラーのグラフィックノベルとして出版された。しかしながら、映画に対するものと類似した年齢制限制度の導入について、ムーアはフランク・ミラーやハワード・チェイキンと共にDCと争い、『Vフォー・ヴェンデッタ』を完結させた後にDCでの仕事を打ち切った。
[編集] インディペンデントでの活動
この後のムーアは、イクリプス・コミックから出版されたCIAによる諜報活動の歴史を描いた作品『Brought to Light』(作画/ビル・シェンキェヴィッチ)や、ムーア自身により新設された出版社マッド・ラブから出版された、反同性愛法への抗議運動であるアンソロジー『AARGH (Artists Against Rampant Government Homophobia)』などの様々な作品を手掛けた。
漫画家による自費出版の提唱者であるデイヴ・シムの主張に影響され、ムーアはマッド・ラブを通して、カオス理論やブノワ・マンデルブロの数学的アイデアから着想を得た『Big Numbers』全12章に取りかかった。作画家のビル・シェンキェヴィッチは参考写真に大きく依存した画風を用い、第3章はそのぞんざいな作画によりムーアと共同出版社であるツンドラから没にされた。シェンキェヴィッチの元アシスタントのアル・コロンビアが彼に代わって第3章を完成させたが、第4章は未だ保留されたままである。現時点(2006年7月)において、『Big Numbers』は最初の2章が出版されたのみであり、シリーズは中断されている。
ムーアはスティーブン・R・ビセット編集によるホラー・アンソロジー『Taboo』にも二編の連載作品を寄稿した。1880年代の世界の縮図として切り裂きジャック事件を描いた作品である『フロム・ヘル』は、エディ・キャンベルによる煤けたペンとインクの画風で描かれ、完結までに10年を要し、『Taboo』廃刊後も二つの出版社で連載された後に、エディ・キャンベル・コミックからグラフィック・ノベルとして一冊にまとめられた。後にムーアの二人目の妻となったメリンダ・ゲビー(Melinda Gebbie)作画の『Lost Girls』は、『不思議の国のアリス』『ピーターパン』『オズの魔法使い』を、性的な意味で解釈し直したエロティックなシリーズ作品である。『Lost Girls』は、2006年8月末に単行本が発売予定である。
[編集] メインストリームへの帰還
数年間にわたるメインストリーム外部での活動の後に、ムーアは再びイメージ・コミック他の出版社でのスーパーヒーロー・コミック業界に舞い戻った。ムーアはかつて彼自身がアメリカン・コミック業界に及ぼした影響が、有害なものであったと感じていた。ムーアの模倣者の多くは、彼の作品の革新的な着想ではなく、暴力性と残虐性のみを模倣していた。スーパーヒーロー・ジャンルでのイノセンスの放擲に対する反論として、ムーアは作画家のスティーブン・R・ビセットやリック・ヴェイチ、ジョン・トートレーベンと共に、マーベル・コミックの初期作品のパスティーシュであるシリーズ『1963』を発表した。
『スパイダーマン』『ドクター・ストレンジ』『アイアンマン』『ファンタスティック・フォー』『アヴェンジャーズ』の初期作品を題材に、ムーアはこれらのコミックを当時のスタイルで、当時の性差別問題や資本主義礼賛を含めて、90年代の読者に紹介した。このシリーズには大規模な広告ページも含まれており、マーヴェルの大袈裟な編集コラムやスタン・リーの方針を風刺していた。
『1963』は、主人公達が1990年代にタイムトラベルし、典型的なイメージ・コミックの残忍で暴力的なキャラクターと邂逅するエピソードで終わる筈であった。『1963』のスーパーヒーロー達は、彼らの後継者達の有り様に衝撃を受け、4色印刷からグレイ・シェーディングへの表現形式の変化すらが批判の対象となる。このエピソードはイメージ・コミックと作家チームとの対立のため、実現しなかった。
『1963』に続き、ムーアはジム・リーの『WildC.A.T.s』やロブ・リーフィールドの『シュプリーム』『ヤングブラッド』『グローリー』などの原作を手掛けた。ムーアの手により、『シュプリーム』は、1940年代のモート・ワイジンガー時代の『スーパーマン』コミックスへの、ポスト・モダン的なオマージュ作品となった。
[編集] アメリカズ・ベスト・コミックス
『WildC.A.T.s』の原作を手掛けた後に、ムーアはリーの企業であるワイルドストームのためのABC(アメリカズ・ベスト・コミックス)の出版ラインを創設した。しかしながら、出版が始まる前にリーがワイルドストームをDCに売却したために、ムーアは不本意ながらも再びDCの傘下で働かざるを得なくなった。ABCでの作品としては、
- 『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』(作画/ケヴィン・オニール) - H・R・ハガードのアラン・クォーターメインやブラム・ストーカーの『ドラキュラ』に登場するヴィルヘルミナ・マリーなど、ヴィクトリア期のパルプ小説の登場人物を集合させたパロディ作品
- 『トム・ストロング』(作画/クリス・スプラウス他) - ドック・サヴェジやターザンなどのスーパーマン以前のスーパーヒーローを題材に、ファシズムにおける彼らの道徳絶対主義を暗示した政治的なポストモダニズム作品
- 『Top 10』(作画/ジーン・ハおよびザンダー・キャノン)- 警官や犯罪者から、市民やそのペットまであらゆる住民が超能力や特殊なコスチューム、秘密の正体を持っている都市を舞台に描かれるシニカルな警察作品
- 『Promethea』(作画/J・H・ウィリアムズ三世)
- 『Tomorrow Stories』
などがある。
[編集] 主要作品
- 『マーベルマン』(Marvelman)
- 『Vフォー・ヴェンデッタ』(V for Vendetta)
- 『スワンプシング』(Swamp Thing)
- 『ウォッチメン』(Watchmen)
- 『シュプリーム』(Supreme)
- 『フロム・ヘル』(From Hell)