オックスフォード
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オックスフォード市 City of Oxford | |
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地理 | |
行政分類: | 市 (1542年) |
地域: | 南東イングランド |
管轄州: | オックスフォード州 |
面積: | 45.59 km² |
人口統計 | |
人口: - 総数(2003年) - 人口密度 |
117位(英国内) 142,364人 3,123人 / km² |
民族比: | 87.1% 白人系 4.8% 南アジア系 2.5% アフロ・カリブ系 1.8% 中国系 |
オックスフォード (英語:Oxford) は、連合王国市であり、イングランド、オックスフォード州の地方行政区(local government district)である。人口は134,248人(2001年国勢調査)。オックスフォードは、英語使用圏においてもっと古い大学であるオックスフォード大学の本拠地である。
オックスフォードは「夢見る尖塔の都市」として知られる。この言葉は、詩人マシュー・アーノルドが、大学を構成する建造物が、建築として調和を実現していることに関連して造語したものである。オックスフォード郊外のコーリーは、自動車製造の長い歴史を持ち、現在でもミニ車を製造している。
オックスフォードは、ドイツのボン、フランスのグルノーブル、ニカラグアのレオン、オランダのライデン、そしてロシアのペルミと姉妹都市提携をしている。これらの都市はすべて大学都市である。
目次 |
[編集] 歴史
オックスフォードはサクソン時代に人が居住しはじめ、最初は、古英語でオクサンフォルダ(Oxanforda)として知られた(oxanforda とは、「雄牛 oxen」が渡ることのできる「浅瀬 ford」の意味である。多くのイギリスの地名の「フォード」は、浅瀬・渡場の ford に起源がある。ドイツ語地名の「フルト」に対応する)。8世紀に、聖フリデスウィデ Frideswide の女子修道院の創設と共に都邑として始まり、最初の文書記録としては、912年に関する、『アングロサクソン年代記』の記述で言及されている。10世紀になると、オックスフォードは、マーシア王国とウェセックス王国のあいだの、軍事辺境都邑として重要な意味を持つようになり、数度にわたり、デーン人の侵攻を受けた。
オックスフォード大学は、12世紀の記録で初めて言及されている。オックスフォードの最古のカレッジ(学寮)は、ユニバーシティ・カレッジ、ベイリョール・カレッジ(1263年)、そしてマートン・カレッジ(1264年)である。
オックスフォードのクライスト・チャーチ大聖堂(Christ Church Cathedral)は、一つの教会が大学の聖堂と司教座聖堂をかねているという世界でも例を見ないユニークな聖堂である。元々、聖フリデスウィデの修道院聖堂であったが、建物が拡張され、カーディナルズ・カレッジの一部に組み込まれた。その後、1546年にクライスト・チャーチ大聖堂として再び独立した建造物となった。以降、現代に至るまでオックスフォード教区の司教座聖堂となっている。
「タウン(町)とガウン(学生)」のあいだの関係はしばしば悪化することがあった。たとえば1355年の「聖スコラスティカの日の暴動」といわれる事件では数人の学生が市民の手で殺害されている。
イングランドの大内乱(清教徒革命,1642年-1649年)のあいだ、オックスフォードは、チャールズ1世がロンドンを追放された後、王の宮廷を迎えていた。オックスフォードの町には、議会派の大義に対する強い支持が存在したが、王の宮廷は維持された。町は、1646年に、フェアファックス将軍(General Fairfax)指揮下の議会派勢力に屈した。
1790年には、オックスフォード運河が、市をコヴェントリーに結び、テムズ川へと連結させた。1840年代には、「大西部鉄道(Great Western Railway)」と「ロンドン及び北西部鉄道(London and North Western Railway)」が、オックスフォードとロンドンを繋いだ。
19世紀には、イギリス国教会を再びローマのカトリック教会と和解させようというオックスフォード運動がこの地から起こり、イギリスのみならずヨーロッパ全域からの注目を集めた。
オックスフォードの市庁舎(Town Hall)は、ヘンリー・T・ヘアが建設し、その礎石は1893年7月6日に置かれ、後の国王エドワード7世によって、1897年5月12日に公開された。市庁舎の建てられた地は、1292年のギルド・ホール以来、地方行政府の所在地であり、オックスフォードは連合王国市であり、ロード・メイヤー市(Lord Mayorality)であるが、なお伝統的な呼称である「タウン・ホール」が使用されている。
20世紀初頭に至り、オックスフォードは急速な産業と人口の増大を経験し、印刷及び出版産業は1920年代までに十分な確立をみた。この十年期のあいだにはまた、オックスフォードの経済と社会は大きな変容を遂げた。ウィリアム・モリス(初代ナフィールド子爵,William Morris, 1st Viscount Nuffield)が、市の南東端にあたるコーリーにおいて、自動車の大量生産を行うため、「モリス自動車会社(Morris Motors Company)」を設立したためである。1970年代初頭までには、2万人を越える人々が、巨大な「モリス自動車及び圧延鋼フィッシャー(Morris Motors and Pressed Steel Fisher)」の工場群に雇用され、コーリーで働いていた。この時までに、市は二つの部分から構成されていた。モードリン橋(Magdalen Bridge)の西にあたる大学都市と、東にあたる自動車都市である。この状況から、「オックスフォードはコーリーに残された堤だ」という諧謔が生まれた。コーリーは、ブリティッシュ・レイランドの衰退が起こった、1980年代と1990年代に大規模な失業を蒙ったが、現在、BMWによる新型ミニ車の製造で成功を収めている。
自動車工場への移民労働者の流入、近年における東南アジアよりの移住、そして膨大な学生人口は、オックスフォードに、顕著なコスモポリタン的性格を与えている。とりわけ、ヘディントン及びコーリー・ロード地区においてその傾向は著しく、多数のバーやカフェ、レストラン、クラブ、エスニック・ショップ、ファースト・フード店舗で賑わっている。
1954年5月6日には、ロジャー・バニスター(Roger Bannister)が、オックスフォードのイフリー・ロードのトラックにおいて、1マイルを4分未満で走破する正式記録を打ち立てた。
オックスフォードにあるもう一つの大学であるオックスフォード・ブルックス大学は、以前には、ヘディントンを本拠とするオックスフォード・ポリテクニクであったが、1991年に大学認可勅許状を得た。
[編集] 交通
[編集] 観光
オックスフォードには、旅行者を魅惑する多数のアトラクションがあり、幾つかは大学に関係している。著名な幾つかの建造施設同様、街の中心部は、カーファックス・タワーに通じる憩いの場であり、歴史をテーマにした車乗旅行である「オックスフォード物語」の起点にもなっている。夏場には、テームズ川(テームズは、オックスフォードを通過して流れており、オックスフォードあたりの上流では、ときとして「アイシス」とも呼ばれる)や、チャーウェル川での、平底の小舟であるパントを使った舟航の旅に人気がある。
[編集] 宗教関連の場所
- オックスフォード大聖堂(クライスト・チャーチ大聖堂) Oxford Cathedral
- 聖マリア教会(ユニバーシティ教会) The Church of St Mary the Virgin
- 殉教者記念碑 Martyrs' Memorial
[編集] オックスフォード中心部の教会
- ブラックフライアズ(カトリック教会)・ドミニコ会小修道院 セント・ジャイルズ通り64
- クライスト・チャーチ大聖堂(イギリス国教会) セント・オールデート通り
- 聖マリア教会のドイツ語ルーテル教会 ハイ・ストリート
- ニューロード・バプティスト教会 ボン広場
- 聖三位一体と受胎告知のオーソドックス教会 カンタベリー・ロード1(バンベリー・ロード外れ)
- キリスト信仰友会教会(クエーカー)
- ローマ・カトリック・チャプレンシ教会 セント・オールデート、ローズ広場
- セント・オールデート教会(イギリス国教会)
- セント・アロイシウス教会 ウッドストック・ロード
- 聖コルンバ連合改革教会 アルフレッド・ストリート
- セント・エッブ教会(イギリス国教会) セント・エッブ通り外れ、ペニーファージング広場
- セント・ジャイルズ教会(イギリス国教会) セント・ジャイルズ通り
- 聖マグダラのマリア教会(イギリス国教会) モードリン通り
- 聖マリア・ユニバーシティ教会*聖ミカエル・アツ・ザ・ノースゲート教会[北門の聖ミカエル教会](イギリス国教会)
- 救世軍・オックスフォード伝道所 アルビオン広場
- ウェズリー記念教会(メソジスト) ニュー・イン・ホール通り
[編集] 博物館とギャラリー
- アシュモレアン博物館 Ashmolean Museum
- ピット・リヴァース博物館 Pitt Rivers Museum
- オックスフォード大学自然史博物館 オックスフォードのドードー鳥剥製のホーム Museum of Natural History
- オックスフォード近代美術館 Museum of Modern Art
- オックスフォード科学史博物館 Museum of the History of Science
[編集] 大学の建物
(オックスフォード大学のカレッジを除く)
- ボードリアン図書館 The Bodleian Library
- クラレンドン・ビル(しばしば映画やTVのセットとして利用される) The Clarendon Building
- ラドクリフ・カメラ(ジョン・ラドクリフ John Radcliffe に因んで名づけられた施設の一つ) The Radcliffe Camera
- シェルドン劇場 The Sheldonian Theatre
- オックスフォード・ユニバーシティ・プレス(オックスフォード大学出版) The Oxford University Press
- 大学事務局 ウェリントン広場 University Offices
[編集] オープン・スペース
- オックスフォード大学公園 University Parks
- オックスフォード大学植物園 University Botanic Garden
- クライスト・チャーチ・メドー(草地) Christ Church Meadow
- ポート・メドー Port Meadow
- メソポタミア Mesopotamia
- エンジェル・アンド・グレーハウンド・メドー Angel & Greyhound Meadow
[編集] 商業エリア
- コーンマーケット通り
- タール通り
- リトル・クレラドン通り
- オックスフォード・カバード・マーケット(屋根付き市場)
[編集] 劇場と映画館
- オックスフォード・プレイハウス Oxford Playhouse
- ニュー・シアター ジョージ通り New Theatre
- アルティミット・ピクチュア・パレス コーリー・ロード Ultimate Picture Palace
- フェニックス・ピクチュアハウス ウォルトン通り Phoenix Picturehouse
- オデオン・シネマ ジョージ通り The Odeon Cinema
- オデオン・シネマ モードリン通り The Odeon Cinema
[編集] 由緒ある名門パブ
- イーグル・アンド・チャイルド亭(鷲と子供亭) The Eagle and Child
- ターフ・タヴァーン The Turf Tavern
- ラム・アンド・フラッグ亭(子羊と旗亭) The Lamb and Flag
- ベア亭(熊亭) The Bear
[編集] メディアとプレス
[編集] オックスフォードの文学
オックスフォードにゆかりのある著名な作家:
- ルイス・キャロル Lewis Carroll (本名チャールズ・ドッジソン Charles Dodgson) : クライスト・チャーチ・カレッジのフェローであった。
- コリン・デクスター Colin Dexter : ミステリ小説である「モース警部シリーズ」を、オックスフォードを舞台にして創作した。
- C・S・ルイス C. S. Lewis : モードリン・カレッジのフェローであった。
- アイリス・マードック Iris Murdoch : セント・アン・カレッジのフェローであった。
- フィリップ・プルマン Philip Pullman : エクスター・カレッジの学生であった。
- J・R・R・トールキン J. R. R. Tolkien : マートン・カレッジで英語学の教授であった。
- ドロシー・L・セイヤーズ Dorothy L. Sayers : 探偵小説「大学祭の夜」の舞台をオックスフォードに置いている。自身もサマーヴィル校で学んだ。
オックスフォードの著名人
- ヘンリー・リデル Henry Liddell : オックスフォード大学副総長(実質的な総長)。現在でも希語辞典として世界的権威を持つ『A Greek-English Lexicon』の共著者。彼の娘アリスに、ルイス・キャロルは求婚するが、体よく断られる。
[編集] 地理
[編集] 市政
[編集] オックスフォードのイメージ
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Oxford City Council official web site
- Oxford City Council official tourism web site
- Virtual Tour of Oxford
- Oxford Information
- The Aliens' Guide to Oxford
- Mushroom Guide to Oxford
- The Oxford Guide: an Open Guide to Oxford
- The Oxford shark