ダイオキシン類
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ダイオキシン類とは、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン (PCDD) 及びポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) の総称である。また、コプラナーポリ塩化ビフェニル (Co-PCB) のようなダイオキシン類と同様の毒性を示す物質をダイオキシン類似化合物と呼ぶ。
ダイオキシン類は塩素を含む物質の不完全燃焼や、薬品類の合成の際、意図しない副生成物として生成する物質であり、炭素・酸素・水素・塩素などより形成される。
元来、ダイオキシン(dioxin、化合物字訳基準に従った名称はジオキシン)は、IUPAC命名法の定義に基づいた有機化合物(ポリ塩化ジベンゾ・パラ・ジオキシン)の名称で、環内に酸素原子を二つ含む六員環の不飽和複素環式化合物を指す。2種類の位置異性体 1,2-ジオキシン、1,4-ジオキシンが知られ、それぞれCAS登録番号として [289-87-2]、[290-67-5] が与えられている。それら単環のジオキシンは不安定であるため通常の環境には存在しないが、反応中間体、あるいは計算化学の対象として研究の対象とされている。下図のように 1,4-ジオキシンの構造は、ベンゾ-1,4-ジオキシン、ジベンゾ-1,4-ジオキシン(ジベンゾパラジオキシン)などの縮合環化合物の一部としてあらわれる。
「ダイオキシン類」「ダイオキシン類似化合物」とされた化合物群はそれらの生理活性に注目して分類されたものである。そのため上のジオキシン構造を持つものばかりではなく、ジベンゾフランやビフェニルを母骨格としたものも含まれている。
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[編集] 定義
1998年5月に世界保健機構 (WHO) は、PCDD 及び PCDFに加え、Co-PCB もダイオキシン類として定義したため、今日では、PCDD、PCDF 及び Co-PCB の総称として、ダイオキシン類と呼ばれている。これらはダイオキシンという単独の物質を指すものではないため、ダイオキシン類と標記するのが正しい。
[編集] ダイオキシン類として規制されている物質
- ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン (PCDD) : 75種類の異性体
- ポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) : 135種類の異性体
- コプラナーポリ塩化ビフェニール (コプラナPCB) : PCBのうち塩素原子が分子の外側を向き平面状分子となっているもので、一般のPCBより毒性が高い。29種類の異性体
[編集] 性質
常温で、無色の固体。蒸発しにくく、水には溶けにくいが、油脂類には溶けやすい。他の化学物質、酸、アルカリなどと反応せず、自然には分解しにくく比較的安定した状態を保つ。しかし、紫外線により徐々に分解される。
800℃以上の高温での完全燃焼により分解可能であるが、300℃程度の温度で「デノボ合成」により再合成される。
[編集] 発生源
ごみの焼却などによる燃焼や薬品類の合成に際して、意図しない副生成物(非意図的生成物)として生じる。過去においては、米軍がベトナム戦争で散布した枯葉剤の中に不純物として含まれていたことは有名である。日本においても、PCBや農薬の一部に不純物として含まれて、環境中に排出されたという研究結果もある。
現在では、廃棄物の焼却処理過程においての発生が一番多く、その他、金属精錬施設、自動車排ガス、たばこの煙などから発生するほか、山火事や火山活動などの自然現象などによっても発生する。燃焼で生成したダイオキシン類は、大気中に放出され、あるいは灰の中に残留するものが問題視されている。
一方で横浜国立大学の益永らは、過去に環境中に排出されたダイオキシン類として塩素系農薬ペンタクロロフェノールおよびポリクロロフェニルニトロフェニルエーテルの副生成物が主要な発生源であり、この過去の農薬によるダイオキシンが海に運ばれ魚を通じヒトに影響しているという推定を明らかにした。この過去の排出の影響は現在の焼却過程によるものの4倍ほどとなっているという。
欧米では最終処分場から浸出水に伴って排出されるダイオキシン類が発生源として、定量的に管理しており日本においても最終処分場から一般環境中へのダイオキシン類排出量の管理と削減が求められている。
[編集] 焼却炉や電気炉などの対策
800℃以上の高温での保持時間を長くし完全燃焼させ、300℃程度の温度の滞留時間を短くするため急速冷却し、活性炭により生成された微量のダイオキシン類を吸着しバグフィルターでろ過してから再加熱し大気中に放出している。また、灰や活性炭などは固化処理などを行いダイオキシン類や重金属類などの溶出を防止している。処理した固化物などは管理型最終処分場に埋め立て処分することが定められている。
[編集] ダイオキシンの生物への影響
[編集] 生物の体内への吸収経路
- 経口 : ダイオキシン類が付着しているまたはダイオキシン類を含有している食料を摂取し、消化器官から体内に吸収される。
- 経気道 : 気体や微細な粉塵となったものを呼吸によって吸い込む。
- 経皮 : 皮膚に付着した粉塵や気体などを皮膚表面から吸収する。
[編集] 人への影響
ベトナム戦争時の枯葉剤に副産物として含まれることになり、強い催奇性で注目されることとなった。
しかし枯葉剤の中に含まれていたダイオキシンの量は少なく、1997年の日本の水田で使用されていた農薬に含まれていた量はベトナムに散布されたダイオキシンの量の8倍であった。しかも、日本の水田への農薬散布によるダイオキシン散布量が最大であった1970年の値だと日本の水田に散布されたダイオキシンの量はなんとベトナム戦争時の約60倍という値である。このお米を食べていたであろう日本人が絶滅していない事実、また、ダイオキシンは普通にものを燃やすだけでも発生する物質であることからも、ダイオキシンのみの毒性は低いと考えられている。
ダイオキシン類の中でも最も毒性が強いとされる2,3,7,8-TCDDについて、世界保健機構 (WHO) の付属機関である国際がん研究機関 (IARC) は、高濃度に曝露した際において、ヒトに対する発ガン性がある(Group1)と評価している。ただし、ダイオキシン類自体が直接遺伝子に作用して発ガンを引き起こすものではなく、他の発ガン物質による発ガン作用を促進する作用(プロモーション作用)であるとされている。 なお、2,3,7,8-TCDD以外のダイオキシン類は疫学調査Group3(発ガン性有無について分類できない)としている。
高濃度暴露の動物実験では、急性毒の面を見ると動物の種類および系統により大差があり、もっとも敏感なモルモットに対する半数致死量とハムスターに対する半数致死量は8000倍も異なっている。そのため人間に対しどの程度の急性毒性があるのかの推定は文献によってさまざまで現在研究中である。
慢性毒の面としては催奇性の他、発がん性・肝毒性・免疫毒性・生殖機能の異常などが引き起こされた。これらの毒性の多くは細胞内に存在する特異的受容体(ダイオキシン受容体と呼ばれる)を介して引き起こされると考えられている。また、環境中に低濃度に存在する場合、自然には分解されにくく、生物濃縮により脂肪に蓄積され代謝などによる排出がされにくいことから監視が必要と考えられている。低濃度での慢性毒性については、2005年現在研究中である。しかし、ヒトに対する疫学調査からはクロルアクネ(ダイオキシン暴露により発生する特異なニキビ)以外はどのような健康被害があるか、下記の2,3,7,8-TCDDのわずかにある発ガン性についてを除いては何もわかっていない(詳細は外部リンクを参照のこと)。
人がダイオキシン類を摂取するのは魚貝類からが最も多く、妊婦が魚介類を食べることに注意が呼びかけられている。最近では東京湾のアナゴ、日本海のカニの内臓、地中海のマグロ等に相当濃度のダイオキシン類が検出されている。また、魚の油にダイオキシン類が多く含まれており東京湾のマガレイの脂分やサメの油に高濃度のダイオキシン類が検出されている。
[編集] 蓄積状況
ダイオキシン類対策特別措置法によりダイオキシン類の発生量は大幅に減少した。しかし、過去に排出されたダイオキシン類は、工場に保管、土壌に埋設、底質に堆積、動物体内に蓄積等を行っている。特に底質にはダイオキシン類のほとんどが蓄積されていると専門家は述べている。結果として、土壌汚染や底質汚染さらに魚介類のダイオキシン類濃度の上昇をもたらしている。逆に、一部の底質にダイオキシン類濃度の改善されたデーターは底質に含まれたダイオキシン類等の有害物質が拡散し、食物連鎖や濃縮の循環の中で大型魚介類に蓄積されている。 特に魚介類から人へのダイオキシン類摂取量は大きく、底質汚染対策が求められている。
農薬を製造する際に発生する農薬残渣に含まれるダイオキシン類の濃度は極めて高い。日本は農薬を大量に製造しており、農薬残渣の適正な管理と情報の公開が求められている。
[編集] ダイオキシン騒動
過去に、どんなものを燃やしてもダイオキシンが発生すると騒がれたが、ダイオキシン類は塩素を含む物質が不完全燃焼したときに発生する物質である。またその発生量は、燃やした物質に含まれる塩素濃度が0.1~50%程度の場合は濃度にはほとんど関係なく、燃焼条件で決定される。
[編集] 日本でのダイオキシン騒動の例
豊能郡美化センター(能勢町、豊能町) 詳細内容については「豊能町#ダイオキシン問題」の項を参考のこと。
[編集] 底質汚染
ダイオキシン類は河川や港湾の底質に蓄積されている。たとえば日本の大阪にある神崎川や港湾地区に環境基準を大きく超えたダイオキシン類が検出されている。また、魚介類に含まれるダイオキシン類濃度は東京湾や東京湾に注ぐ河川の河口部に生息する魚や貝に比較的高濃度で検出されている。
日本で底質ダイオキシン類汚染の改善に取り組んでいるところは、富山県の富岩運河、埼玉県の古綾瀬川、東京都の横十間川、大阪府の神崎川や大阪市内河川、兵庫県の高砂市や遠矢浜、島根県の馬潟団地水路など。これらでは、浚渫や固化などの浄化対策をはじめ、技術の開発や費用の適正な負担などが検討されている。
[編集] バイオレメディエーション
ダイオキシン類は、木材などに含まれるリグニンという成分と分子構造が似ている。このため、リグニンを分解する酵素群を持つ白色腐朽菌を使用してダイオキシン類に汚染された土壌を浄化するバイオレメディエーション技術が研究されている。