バイオディーゼル
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バイオディーゼルとは、バイオディーゼルフューエルの略で、生物由来油から作られるディーゼルエンジン用燃料の総称であり、バイオマスエネルギーの一つである。 現在のところ厳密に化学的な定義はない。 原料となる油脂からグリセリンをエステル交換により取り除き粘度を下げる等の化学処理を施し、ディーゼルエンジンに使用できるようにしている。 Bio Diesel Fuelの頭文字をとってBDFと略されることもある。
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[編集] 原料
菜種油、パーム油、オリーブ油、ひまわり油、大豆油、コメ油などの植物油、魚油や牛脂などの獣脂及び廃食用油(いわゆるてんぷら油等)など、様々な油脂がバイオディーゼル燃料の原料となりうる。
欧州では菜種油、北米及び中南米では大豆油、東南アジアではパーム油やココナッツ油の利用が中心となっている。
[編集] 精製
油脂は粘度が高いなどの特徴を有しており、そのままディーゼル自動車用の燃料として使用した場合、燃料ポンプに析出物が付着してエンジンに不具合が発生することが懸念される。 このため、メチルエステル化などの化学処理を施して原料油脂からグリセリンを取り除くことで、油脂を脂肪酸メチルエステル(Fatty Acid Methyl Ester,頭文字をとってFAMEと略される。)等の軽油に近い物性に変換したものがディーゼル自動車用燃料として使用されている。
具体的には、油脂にメタノールと触媒を加えてエステル交換反応を起こし、これに酸を加えて中和させたうえで、脂肪酸メチルエステルとグリセリンに分離させる。分離した脂肪酸メチルエステルを水洗処理して触媒を取り除き、さらに蒸留処理をすることでメタノールを除去したものが、バイオディーゼル燃料となる。
比較的小型な装置でも製造を行うことができることから、一定の化学の知識があれば個人や小規模な団体でもバイオディーゼル燃料を製造することは可能である。 ただし、後述のとおり、製品の品質を安定させるためにはある程度の規模を確保する必要がある。
[編集] グリセリンの処理について
メチルエステル化によって、副産物として原料油脂の10%程度のグリセリンが生成される。 通常、このグリセリンには触媒や未変換の脂肪酸などが混入しており、有効な用途がないとされる。 また、酵素法や超臨界法などにより純度の高いグリセリンを得ることはできるが、現在の日本では供給過剰状態にあること、小規模分散型の変換設備では十分な量が得ることができないことなどから、その売却、処分が非常に困難な状況にある[1]。
[編集] 特徴
ディーゼルエンジンの燃料として通常用いられる化石燃料である軽油に比べて、化学的特徴として次のことが指摘しうる。[1]
原料となる油脂はそれぞれ性状が異なるため、バイオディーゼル燃料自体の性状も原料により異なったものとなる。
- 菜種油、ひまわり油、コメ油:酸化しやすい
- パーム油、ココナッツ油、牛脂:低温で固まりやすい
- 魚油:低温でも固まりにくいが、熱でスラッジが発生しやすい
とりわけ廃食用油は様々な油脂が含まれうるものであることから、個々の原料の性状に大きなばらつきがある。それゆえ、廃食用油を原料とする場合は特に、小規模での製造では製品の品質が極めて不安定なものとなることから、品質を安定させるためには一定程度大規模なプラントで製造を行う必要がある。
精製方法の違いによっても、完成した製品の性状は異なりうる。 例えば、精製が不十分でグリセリンが完全に除去しきれておらず、原料油脂(トリグリセリド)が残留している場合、スラッジ(固まり)が発生してエンジン内に付着し、エンジン部材への影響が生じたり、フィルターの目詰まりが発生することがある[2]。
またメタノールの除去が不十分な場合、残留メタノールが金属部材の腐食の原因となる。
不飽和結合を有する有機化合物は、飽和有機化合物よりも化学的に不安定であり、酸素存在下で自動酸化を起こしやすい。 酸化の進んだ燃料はタンクを腐食させることから、バイオディーゼル燃料を精製するにあたっては酸化防止剤を添加し、酸化安定性を向上させることが必要となる。
[編集] 使用方法
バイオディーゼル100%か、または軽油と一定割合で混合して使用する。 低温では粘度が高くなり、特に冬季にバイオディーゼル100%で使用すると、エンジン内で燃料が固まることがある。
後述する揮発油等の品質の確保等に関する法律においては、自動車用燃料として販売することが認められる軽油中のFAME含有量は5.0質量%以下とされている。 また、経済産業省、農林水産省、国土交通省、環境省ではBDFに関する調査等を実施しており、軽油と混合しないニート(Neat、バイオディーゼル100%)での利用については、既存の自動車で利用した際、問題が生じた、又は車両側での対策が必要になった事例が報告されている。 こうした例も踏まえ、国土交通省においては、ニートBDF対応車の開発を行っている。[3][4][5]
[編集] 品質規制について
[編集] 欧州での規格
欧州ではFAMEについて、欧州規格であるEN14214において、軽油に混合しないニートの状態での性状を規定している。 鉱物ディーゼル燃料(軽油)の品質規格(EN590)では、「軽油は脂肪酸メチルエステル5%までブレンドできる。しかし、バイオディーゼルの品質規格はEN14214に基づくこと。」と規定している。 これらの規格は2004年から有効とされている。 また、不適合燃料を取り締まる方法等については、各国にて検討することとされている。
[編集] 日本での規格
日本においては、従前、バイオディーゼル燃料についての規格が存在していなかった。 しかしながら、近年これを一般自動車用の燃料として使用する動きがあることから、経済産業省の審議会である総合資源エネルギー調査会において、上記欧州規格を参考としつつ規格化が検討されてきた。
この審議会での検討結果を受けて、BDF混合軽油を一般のディーゼル車に用いた場合における必要な燃料性状に係る項目を規定するため、揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則の改正がなされた。(平成19年経済産業省令第3号。改正省令公布日:平成19年1月15日、同施行日:平成19年3月31日)[6]
[編集] 規制内容
上記品質確保法においては、FAME混合軽油について満たすべき基準が設けられており、軽油販売業者はこの基準を満たさないものを自動車の燃料用として消費者に販売してはならない。(揮発油等の品質の確保等に関する法律第17条の7及び同法施行規則第22条)
軽油生産業者及び輸入業者は、自動車の燃料として販売又は消費しようとするときは、この軽油規格に適合することを確認しなければならない。(同法第17条の8)
なお、品質確保法はあくまで炭化水素油を対象とした規制であるため、炭化水素成分を含まないニートFAME(含酸素燃料)は同法の規制の対象とはならない。 軽油と混合される前のニートFAMEについては、ニートFAMEやFAME混合軽油を製造するにあたっての品質の目安として、軽油と一定割合(5%)で混合することを前提とした標準化が任意規格によりなされている。
また、品質確保法による規制は、石油製品は消費者が見た目で品質の適否を判断することができないために設けられたものであることから、例えば消費者が自ら法に定められた基準以上のバイオディーゼル燃料を軽油に混和したとしても、それは自己責任でなされたものであり、同法による規制の対象とはならない。
[編集] 税金について
バイオディーゼル燃料を軽油等と混和して販売したり、自動車の使用者自らがバイオディーゼル燃料を購入又は製造して軽油等と混和して使用する場合、軽油引取税の課税対象となる。
[編集] 地球温暖化対策との関連について
気候変動枠組条約に基づき、地球温暖化防止のため策定された京都議定書では、生物由来となる燃料については二酸化炭素の排出量が計上されないこととなっているため、バイオアルコールなどとともに世界各国での注目を集めている。 すなわち、化石燃料を燃焼させることは、化石燃料に含まれる二酸化炭素を現代の大気中に新たに追加させることになるが、一方、バイオディーゼルは原料となる生物が成長過程で光合成により大気中の二酸化炭素を吸収していることから、その生物から作られる燃料を燃焼させても、もともと大気内に存在した以上の二酸化炭素を発生させることはない(カーボン・ニュートラル)と考えられているのである。 このため、バイオディーゼル燃料は、太陽光や風力などと同じく、循環型エネルギーに位置づけられる。
[編集] 排ガスへの影響について
米国環境保護局(U.S. EPA)の調査によると、軽油中のFAME混合率を高めると、ディーゼルエンジン排ガス中の粒子状物質(PM)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)は減少するが、窒素酸化物(NOx)は増加すると報告されている[7]。 NOxが増加するのは、バイオディーゼルには軽油と比較して多くの酸素が含まれており、燃焼するとき大気中の窒素とより容易に結合することが原因であると考えられている[8]。
一方、環境省の中央環境審議会答申によると、FAMEを使用した場合の排出ガス性能に与える影響について以下のようにとりまとめられている[9]。
- FAMEについてのこれまでの調査により、FAMEを軽油に添加すると、触媒を装着していない場合には、軽油のみを使用した場合に比べ、PM中のSOF(燃料や潤滑油の未燃焼分からなる有機化合物)が増加する。また、NOx、一酸化炭素(CO)がわずかながら増加する場合があり、さらに、未規制のアルデヒド類やベンゼン類も増加する傾向がみられたが、酸化能力の高い触媒を装着することにより、増加していたこれらの排出ガス成分を低減できることが示された。ただし、これまでの調査結果のみでは、FAMEの添加割合に応じたガスへの影響等が定量的に明確にはされていない。
- このことから、FAMEを軽油の代替として又は軽油に添加して使用する場合には、酸化能力の高い触媒を装着する必要があり、その旨を徹底することが適切である。しかし、現在までの調査結果によると、FAMEの軽油への添加量の上限値等、FAMEに係る燃料許容限度目標値を設定することは困難である。
[編集] 使用事例
- 京都市など一部の自治体は、車両改造や定期的なメンテナンスを行うなどの対策を講じた上で、ゴミ収集車や公営バスなどの燃料としてバイオディーゼル燃料を使用している。
- 2005年から、千葉県のいすみ鉄道で、気動車の燃料に植物油を混ぜて使用する試験が行われている。試験では軽油に5%の植物油を混入して性能試験が行われた。
- 2007年のダカール・ラリーには、元F1レーサーの片山右京がバイオディーゼルを燃料としたトヨタ・ランドクルーザーで参戦した。
- 2007年夏より3年間、宮城県塩釜市の市営渡船の燃料を軽油からバイオディーゼル燃料に切り替える導入試験を行う予定。農林水産省の補助事業で水産工学研究所が行う。
[編集] 新技術について
原料油脂をメチルエステル化してグリセリンを除去し脂肪酸メチルエステル(FAME)を精製する既存の技術とは異なり、原料植物を問わず獣脂も含めた広範な原料油脂を石油精製の水素化処理技術を応用して分解し、合わせて雑物を除去して作る水素化処理油(Bio Hydrofined Diesel;BHD)が、新日本石油株式会社とトヨタ自動車株式会社により研究開発されている。
この技術によれば、油脂を原料としつつ、既存の石油由来の燃料と何ら遜色のない、一般の軽油の規格に適合した燃料を精製することが可能であるとされる。 BHDは油脂に水素を化合させる過程で不純物が除去される。 また、酸化による劣化がしにくく、化学合成軽油(GTL)と同等品であるとされる[10]。
これまでに、減圧軽油留分とパーム油を混合して水素化分解処理を行い、パーム油の水素化分解による軽油留分の収率の向上や、既存の石油精製で得られている軽油に近い性状の軽油留分が得られることが確認されている[11]。
[編集] 脚注
- ^ 総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会燃料政策小委員会(第21回)配付資料4-1「バイオディーゼル燃料混合軽油の規格案について(案)」
- ^ 廃食用油再生処理業者が不適切な性状のバイオディーゼル燃料油を納入していたことが原因で、船舶において航行途中にエンジントラブルが発生し航行不能となった海難事故として平成17年神審第74号平成18年3月28日裁決言渡「研修船うみのこ運航阻害事件」(海難審判庁HP)を参照のこと。
- ^ 総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会燃料政策小委員会(第19回)、規格検討ワーキンググループ(第6回)合同会議配付資料4「BDF混合軽油の品質規制の在り方について」第3頁
- ^ 国土交通省HP「バイオマス燃料対応自動車開発促進事業の開始について(平成16年6月28日)」
- ^ 国土交通省自動車交通局技術安全部環境課長・整備課長「廃食用油燃料の使用に関する注意喚起について(平成16年11月26日)」(社団法人岡山県自動車整備振興会HPより)
- ^ 資源エネルギー庁HP「揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則の一部を改正する省令について(平成19年1月15日)」
- ^ 日本自動車工業会燃料潤滑油部会資料「日本のバイオディーゼル規格(2006年10月20日)」の16ページグラフを参照のこと。なお、当該グラフの出典はU.S. Environmental Protection Agency(米国環境保護局). A Comprehensive Analysis of Biodiesel Impact on Exhaust Emissions. Oct. 2002. Assessment and Standards Division of the Office of Transportation and Air Quality. Apr. 2 2006.である。
- ^ Diana Connett. Fueling Change:A Feasibility Study of Converting the CTA to B100 Biodiesel May 23, 2006. Environmental Studies Program. University of Chicagoを参照のこと。
- ^ 中央環境審議会大気環境部会「今後の自動車排出ガス低減対策のあり方について(2005年4月8日)」(第八次答申)
- ^ 東京都環境局・東京都交通局・新日本石油株式会社・トヨタ自動車株式会社・日野自動車株式会社「第二世代バイオディーゼル燃料実用化共同プロジェクトの実施について(平成19年2月6日)」
- ^ 環境省エコ燃料利用推進会議「輸送用エコ燃料の普及拡大について(平成18年5月)」2-16ページを参照のこと。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 環境省エコ燃料利用推進会議「輸送用エコ燃料の普及拡大について(平成18年5月)」全文
- 独立行政法人交通安全環境研究所HP「バイオマス燃料対応ディーゼルエンジンの研究開発(第1報)-バイオマス燃料が既存のディーゼル機関の排出ガス特性に与える影響-」
- 独立行政法人交通安全環境研究所HP「バイオマス燃料対応ディーゼルエンジンの研究開発(第2報)-高EGR率と強酸化触媒の適用による排出ガス特性の改善-」
- ジャーニートゥーフォーエヴァー
- 廃てんぷら油で車を走らせるガソリンスタンドの青山裕史さんインタビュー(イノベーティブワン)