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下北弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

下北弁しもきたべん)は東北弁の一つで、北奥羽方言に属す。青森県下北半島の大部分の地域(むつ市下北郡上北郡横浜町野辺地町北部)で話される方言である。下北弁のアクセントは南部弁(特に上北方言)に類似する。単語は南部弁と共通するもの、津軽弁と共通するもの、青森県の方言全体に共通するもの、下北弁固有のものがある。南部弁と津軽弁の中間にあたるといっても過言ではなく、そのため下北弁を使う人の大概は南部弁と津軽弁の両方を解しやすい。

目次

[編集] 話される地域 

下北弁と南部弁との境界に関しては、南部弁と津軽弁のような明瞭な境界は無い。下北半島の付け根にある野辺地町市街、東通村と接する六ヶ所村の北部は、下北弁と南部弁の混じる地域とみなしてよい。したがって下北弁の話される地域は、野辺地町北部ならびに六ヶ所村北部より北の下北半島地域となる。

下北弁は北海道道南の方言に影響を与えたため、渡島半島の東部地域では下北弁にかなり似た方言をきくことができる。

[編集] 下北弁形成の歴史的背景 

藩政時代、下北半島は南部藩盛岡藩)に属していた。当時は、青森ヒバや海産物の積み出しで賑わい、南部藩の重要な湊が開かれていた(下北七湊)。これらの産物は北前船によって上方に運ばれ、上方からは珍しい品々がもたらされた。また、物とともに京都祇園祭の流れをくむ祭り(田名部まつり、川内八幡宮例大祭、箭根森八幡宮例大祭など)、歌舞伎(福浦歌舞伎)などの文化がもたらされた。その陰には、上方や北陸地方の商人・船乗り・漁民の往来や移住があった。

また当時、南部藩と津軽藩は激しい対立関係にあったにもかかわらず、下北の人は海を介して津軽の人々と交流していた。これは、下北地方(代表として大湊ネブタがある)で古くからネブタが行われてきたことからもうかがえる。交流は上方や津軽のみならず、北海道松前藩との間でも盛んであった。

近年においては、本州最北端である下北半島は海に囲まれた「陸の孤島」「最果て」と言われるが、下北の人にとって海は物理的に他の地域とを隔てるものではなく、有効に利用できるものであった。陸上交通が発達した昭和に入ってからも、漁民は漁船を使って北海道(主に渡島半島)や津軽方面へ出かけるといったことがあった。

このようにして、下北の言葉は海を介して入ってきた言葉の影響をかなり強く受けて形成されていったのである。


藩政時代、南部藩領の代官所が田名部たなぶ)に置かれ、南部藩の重要な街道の一つである田名部街道国道279号)および北浜(きたはま)街道国道338号)が下北半島に延びていた。加えて、南部藩直轄の牧野である南部九牧(なんぶくまき)の内3つ(大間の牧、奥戸の牧、蟻渡の牧)が下北半島内に置かれ、馬の繁殖、育種に力が注がれていた。さらに、東通村目名には盛岡の七軒丁(しちけんちょう)が神楽を伝え、現在では南部色の薄い下北地方にあって、南部藩領であった面影をとどめている。

江戸後期になると、南部藩は北方警備のために多くの藩士を藩領沿岸部に駐屯させた。下北半島沿岸部にも数百人の南部藩士が領内各地からやってきた。当然それらの人々がもたらした言葉の影響は若干あったと考えられる。しかし、それも大きな影響を及ぼすほどのものではなかった。

戊辰戦争後、会津藩の斗南藩(となみはん)移封に伴い、約1万5千人以上の会津の人々が下北にやってきた。これらの人々の多くは、敗北による精神的疲労、長距離移動による疲労、飢えと寒さ、新天地ので過酷な労働によって下北半島の気候風土になじめず、亡くなったり、数年で斗南の地(むつ市斗南ヶ丘)を離れた。しかしながら、これほど多くの人々がやってきたにもかかわらず、下北弁には会津方言の影響がほとんどみられない。

[編集] 下北弁形成に及ぼした地理的条件 

  • 下北半島は青森県北東部に位置し、「まさかり半島」という別名の通り鉞形をした半島である。
  • 野辺地町からむつ市田名部までの「まさかりの柄」に相当する部分は、南北約50km、東西約15kmと細長い形である。陸奥湾側には田名部街道国道279号)が、太平洋側には北浜街道国道338号)が走り、鉄道では大湊線が野辺地-大湊間を結んでいる。
  • このような「まさかりの柄」部分の南北の長さ、半島方面へのルートの少なさが下北への南部弁の陸上伝播を抑制し、下北弁の南部弁との乖離を促したものと考えられる。
  • 「まさかりの刃」に相当する部分は、むつ市を中心に、津軽海峡に面した「北通り」、陸奥湾に面した「西通り」、太平洋に面した「東通り」の3つの地域に分けられる。また、半島中央部には恐山山地があるため、陸上での往来が容易でなかったことが、地域ごとに異なった下北弁が生まれる原因となったのではないかと考えられる。

[編集] 下北弁は南部弁か?

方言学上の分類によれば、下北の方言は旧南部藩(岩手県中北部、青森県東部、秋田県鹿角地方)の方言を南部方言とした場合には南部方言に含まれる。しかし、青森県の方言として考えた場合は下北方言は独立して扱われる方言である。旧南部藩の方言は分化が著しく、一つの方言とみなすには無理がある。下北の方言もしかりである。さきにも述べたように、下北のことばは南部弁と津軽弁の中間にあたるだけでなく、上方や北陸のことばの影響も受けて発達した方言である。「南部方言であるが、南部方言ではない方言」それが下北方言である。

一方、帰属意識による分類によれば青森県の方言は津軽弁と南部弁に2分されるという。また、これは広く認識されているという見方もある。とはいうものの、それは大多数が住む津軽地方や南部地方の人々からみた認識であり、下北地方の人々からみた認識ではない。下北弁話者からすると南部弁への帰属意識は希薄である。マイノリティである下北地方の人々の認識を無視した分類を持ってして帰属意識による分類とすることはできない。したがって、帰属意識の面からの分類においても青森県の方言は少なくとも3分以上されるといえる。

[編集] 下北弁の特徴

[編集] 音韻

音韻の特徴は北奥方言に共通する。

「シャ、チュ、ジュ」の音が直音化され、「ス、ツ、ズ」と変化し発音されることを拗音の直音化という。南奥方言でみられる現象であり、たとえば「饅頭」が「まんズー」、「注意」が「ツーい」と発音されることを言う。このような現象は、下北弁を含め北奥方言ではほとんど見られない
  • 合拗音の出やすさ
「クヮ、グヮ」の発音がある。南部弁では出にくく、下北弁では出やすい傾向がある。
例)「菓子」が「クヮし」、「西瓜」が「すいグヮ」
  • カ・タ行子音の有声化
子音「k、t、c」が母音に挟まれたとき、濁音化をおこす。
例)「開ける」が「あゲる」、「当たる」が「あダる」、「落ちる」が「おヂる」
  • 通鼻音化とそれに伴う無声化
子音「b、d、z」の前に軽い鼻音「n」を伴って発音されることが多い。
例)「煙草」が「たンバご」(ta-n-ba-go)、「宿」が「やンド」(ya-n-do)、「水」が「みンズ」(mi-n-zu)
ただし、「旗」「はダ」と「肌」「はンダ」のような場合、区別して発音されているため、話者は混同することは無い。
  • サ行の変化
「シャ、シ、シュ、シェ、ショ」と変化し発音されることが多い。
例)「背中」が「シェなが」、「様々」が「しゃまジャま」
「ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ」と変化し発音されることが多い。
例)「膝」が「ひんジャ」、「風邪」が「かんジェ」
  • シ・ス・ツの区別
「乳」と「土」、「土」と「知事」といった区別がつきにくいのが東北方言の特徴と言われる。老年層に区別がつきにくい話者が多く、若年層では少ない。
  • キの口蓋化とチの区別
たとえば、「着る」と「散る」の区別が南奥方言ではつきにくいといわれるが、南奥方言に比べ、口蓋化の度合いは低い
  • ハ行子音の音声
「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」と変化し発音されることが多い。
例)「屁」が「フェ」、「箒」が「フォぎ」
また、「フャ、フュ、フョ」と変化し発音されることが多い。
例)「百」が「フャぐ」、「漂白」が「フョーはぐ」
  • 「ひ」の「ふ」化
例)「人」が「フと」、「ひきずる」が「フぐずる」、「ひろう」が「フらう」

[編集] 文末表現など

特徴としては、待遇表現丁寧な文末表現があること、一人称に「おら」をあまり用いないことなどがある(昭和初期までは使っていたようである)

  • 下北弁の特徴に敬語表現がある。もてなしの表現には三段階あり、敬意の度合いが低い順から「上がれ」「上がっせ上がさい上がさいん」「上がさまい」となっている。かつては四段階あったようである。「さまい」は野辺地町では「さまへ」となる。
  • 丁寧な表現として、「そうですね」など相づちを打つときに使う「ほんだにし」という言葉がある。語尾に使われる「にし」は弘前市周辺で使われる津軽弁の「ねし」に類似している。また、野辺地町でも「にし」を使う。「にし」は疑問形でも用いられ、「どうでしょうか」というときに「どうだべがにし」というように使われる。
  • 「私」を意味する言葉に「わい」「わら」がある。これは下北弁の大きな特徴である。会話の中で頻繁に用いられる一人称が、上北・三八地方の南部弁、津軽弁と異なるということは、特筆すべきことである。「わい」は男女問わず使い、「わら」は女性が使う。東北地方の方言で広域分布する「おら」「おれ(方言としての)」はほとんど用いない。
  • 「私のところの」を意味する言葉に「わいほの」「わほの」「うぇほの」「いの」「えの」がある。南部弁(上北・三八地方)の「おらえの」、津軽弁の「おらほの」のような「おら」を用いた表現はほとんど下北弁ではみられない。

[編集] 下北弁特有の言葉

下北弁には南部弁津軽弁と共通する語も多く存在するが、下北弁特有の言葉もある。

  • わいわら:私 (青森県全域で用いられる「わ」も使う)
  • ~さまい:~してください
あがさまい(お上がり下さい)、ねまさまい(お座り下さい)
  • ~さい:~しなよ (特に北通りで使う)
あがさい(上がりなよ)、ねまさい(すわりなよ)
  • ~にし:~ね、~か
よぐ来たにし(よく来てくださいましたね)、ほんだにし(そうですね)、どんだべにし(どうですか)
  • ~して:~だから
行ってきたして(行ってきたから)、へったして(そうだから)
  • ~たって:~だけれども
へたたって(そういうけれども)、ねむてぇたって(眠たいけれども)
  • ~みんた:~のようだ、~みたいだ
行ってきたみんた(行ってきたようだ)

[編集] 日本の他地域と共通する方言単語

下北弁には日本の他地域と共通する方言単語がある。

  • ~ばって:~だけれども  
九州地方の方言「ばってん」と系統を同じにする。特に西通り横浜町で使われる。津軽弁でも用いるが、南部弁では「~ばって」よりも「~ども」を用いる。また、下北では「~ばって」から派生したと考えられる「~たって」が下北地方広域で用いられている。
へたばって(そういうけれども)、行ってきたばって(行ってきたけれども)
  • ~せ:~ね、~しなよ 新潟県村上市周辺の方言と共通。特に西通りの言葉に多くみられる。
あの、これはお客様のもので。(あのね、これはお客様のものなのね。)
あがっ(上がりなよ)
  • ~して:~だから
「~だから」をあらわすことばとして、「~すけ」というのがある。これは新潟県中越地方下越地方でも用いられているが、山形県秋田県青森県津軽地方の方言にはみられない。「~すけ」は上方の「~さかい」系の言葉である。青森県では南部地方で多く用いられる。下北では「~すけ」から派生したとみられる「~すて」「~して」が多用されている。「~すて」の「す」の音はsisuの中間音であり、曖昧に発音される。少数ではあるが、年配者で「~すけ」を用いる人がいたが、現在ではほとんどなくなりつつある。
行ってきたして(行ってきたから)、へったして(そうだから)
  • おっきに:ありがとう
上方で用いられる「おおきに」に由来する。現在では使用する人も少なくなった。「どもども。おっきに、おっきに」と繰り返し言葉で使われる。とくに、西通り、北通りで使われている。北海道八雲町(旧熊石町)でも「おっきに」使用される(旧熊石町ホームページより)。
  • わい:私
関西地方広島県で用いられる一人称と同様。下北弁において一人称の複数形は「わいど」になる。
  • ~でぇ:~よ
たとえば、「違うよ」は下北弁で「違うでぇ」という。これが大阪弁では「ちゃうでぇ」となる。また、「行くよ」は下北弁で「行ぐでぇ」となり、大阪弁では「行くでぇ」となる。アクセントや「でぇ」の前にくる方言単語の違いこそあれ、「でぇ」の用法は全く同じである。

[編集] 露日辞典の中の下北弁

1744年延享元年)11月14日、千石船多賀丸(1,200石)が佐井湊(下北郡佐井村)を出航した。佐井湊を出たのち、多賀丸は大畑湊(むつ市大畑町)に立ち寄り、大豆・昆布・鰯糟などを積み込んで江戸に向かった。航海の途中、不運なことに多賀丸は暴風に遭って難破した。難破した多賀丸は漂流し、翌1745年延享2年)4月13日、多賀丸は千島列島のオネコタン島に漂着した。

多賀丸の乗組員17名の大部分が下北半島の出身であった。オネコタン島に漂着時には、すでに6名が死亡しており、次いで多賀丸船主の竹内(伊勢屋)徳兵衛も亡くなった。残りの10名はカムチャッカ半島に送られた。10名は厚遇された上にロシア名までもらった。この内の3名は現在の岩手県宮古市の出身であったという。

日本人漂着の報を聞きつけたロシア政府は、この中から優秀な者5人を選び、首都ペテルブルグに招き、日本語学校の教師にした。やがて彼らはこペテルブルグにてロシア人と結婚し、家庭を築いたが、1754年宝暦4年)に日本語学校イルクーツク移転にともない、彼らもまた移動を余儀なくされた。

このとき、イルクーツクでロシアで初の「露日辞典」が編集された。編集にたずさわったのは、日本語教師となった多賀丸の船乗りたちであった。その日本語は、下北や宮古のことばであった。1792年にロシアの通商ラックスマン根室にやってきたが、このとき通事たちが携帯してきた辞書はこの「露日辞典」だったといわれる。

[編集] 映画・ドラマの中の下北弁

下北地方を舞台にしているにもかかわらず、下北弁の方言指導がついた作品は数少ない。どういうわけか津軽弁や南部弁の方言指導が付けられることも多々ある。以下の作品は下北弁の方言指導がつけられた作品である。

[編集] 下北弁ネイティブの芸能人

  • 細川ふみえ タレント むつ市大湊出身
  • 松山ケンイチ 俳優 むつ市田名部出身 ファンの前で自分のことを「わい」というが、自分の方言は南部弁であると言っている。
  • 愚庵亭遊座 俳優 むつ市関根出身 下北弁を用いた一人芝居
  • 柳家蝠丸 落語家 むつ市田名部出身
  • 三遊亭大楽 落語家 大間町奥戸出身

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 平山輝男編 『日本のことば2 青森県のことば』、明治書院、2003年
  • 佐藤亮一監修『標準語引き 日本方言辞典』、小学館

[編集] 外部資料

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