丸山忠久
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丸山 忠久(まるやま ただひさ、1970年9月5日 - )は、日本の将棋棋士。棋士番号194。千葉県木更津市出身。佐瀬勇次名誉九段門下。
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[編集] 人物
- 「羽生世代」の強豪の一人。居飛車党で、序中盤でリードして逃げ切る戦い方を得意とする。横歩取り△8五飛車戦法と角換わり戦法を得意とし、名人位奪取の原動力になった。しかし、戦術がパターン化していたため、名人位に就いたことに対して周りから賛否両論があった。
- 優勢になってからも勝ちを急がず、相手の反撃の芽を残さず潰しにいく棋風は「友達を無くす戦い方」と言われるほどに冷徹で、「激辛流」の異名を取る。
- 近藤が開発したゴキゲン中飛車戦法に対して早々と角交換する指し方は丸山ワクチンと呼ばれるが、これは丸山千里が開発した薬剤の名前に因んでいる。
- 第28期棋王戦で羽生善治をフルセットの末に破り、羽生の棋王戦連覇を12で止めた。
- 普段から愛想は良いものの、口数が少なく、対局時も殆ど駒音を立てずに指すため「音無し流」とも呼ばれる。丸山の高校の同級生の話によると、とても静かな感じの人で、いつも教室の片隅で友達と将棋を指していたそうだ。
- 体力作りの一環として始めたウエイトトレーニングに熱中し、屈強な肉体を持つに至った。もともと体力面では、徹夜将棋を全く苦にしないなど屈指のものを持っている。
- 加藤一二三同様、対局の際の食べ物が固定しているという特徴を持つ(寿司、カロリーメイトチョコ味、そば茶など)。2001年の谷川浩司との名人戦では、夕食休憩時にステーキを注文し谷川を驚かせる。
- 志学館高等学校(現:志学館高等部)、早稲田大学社会科学部卒業。早大には、一芸推薦で入学した。
- 2000年11月、木更津市名誉市民章受章。
- 2005年4月、2001年度ミス日本フォトジェニックの村川浩子と結婚。
- 現在は軽井沢に在住している。
[編集] 昇段履歴
- 1985年1月 6級
- 1986年 初段
- 1990年4月1日 四段
- 1992年4月1日 五段
- 1995年4月1日 六段
- 1997年4月1日 七段
- 1998年4月1日 八段
- 2000年6月28日 九段
[編集] 主な成績
(2007年4月1日現在)
- 竜王戦 - 1組(1組 - 9期)
- 順位戦 - A級(A級以上 - 9期)
[編集] 獲得タイトル
[編集] 一般棋戦の優勝歴
- 全日本プロトーナメント 1回(第17回)
- NHK杯 1回(2005年度)
- 早指し選手権戦 2回(第34回・35回)
- 日本シリーズ 2回(第20回・22回)
- 新人王戦 2回(第25回・26回)
- 勝ち抜き戦(5勝以上) 4回(第14回-・15回・20回・21回)
合計12回
[編集] 将棋大賞
- 第22回(1994年度) 連勝賞・新人賞
- 第23回(1995年度) 最多勝利賞・連勝賞
- 第27回(1999年度) 最多勝利賞・最多対局賞・連勝賞・技能賞
- 第28回(2000年度) 殊勲賞
- 第30回(2002年度) 殊勲賞
名人戦(名人・森内俊之) |
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