商標問題
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商標問題(しょうひょうもんだい)とは、商標の登録の可否、もしくは登録された商標の有効性や侵害の有無等を巡って、商標の出願人や権利者と、商標の使用者や公衆等との間で生じる種々の問題を言う。
特に近年、一般に広く使われている名称等が、商標登録出願されたり、商標登録される例がしばしば見られ、問題となっている。このような商標が登録された場合には、それまで普通名称であると認識し、登録することなく商標として使用してきた者が、突然、その商標を使用できなくなるという事態が起こり得る。
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[編集] 商標問題の背景
このような問題が起こる背景には、
- 出願人による不適切な商標登録出願
- 特許庁での審査の誤り
- 商標使用者・公衆の商標制度についての理解不足
等があると考えられる。
[編集] 商標問題を招く商標法の誤解
中でも、商標問題が生じるのは、商標権を保護する商標法の内容が一般に浸透しておらず、商標権が万能であるという誤解によることが多い。実際には、商標法における商標権者の権利行使には、以下のような限界がある。
- 商標権は、商品やその包装に商標を付すことや、付したものを売買したりすること(商標の使用)を独占的に行うことができる権利なので、新聞・雑誌やウェブサイト等の文章中に登録商標を使用すること等は通常は商標権侵害にはならない。(商標法2条、25条)
- 商標登録出願には、商品区分と指定商品の記載が必要で、商標権は登録された商標の商品区分と指定商品についてのみ生じるので、その他の商品について商標を使用しても商標権侵害にはならない。(商標法25条)
- 商標登録されても、既存の特許権、実用新案権、著作権に触れるものは、これらの権利者に許諾することなく使用できない。(商標法29条)
- 商標登録がされても、商標登録される以前に該当する商標を使用していた企業団体等は、先使用権が認められ、引き続き無償で使用できる。(商標法33条)
[編集] 商標問題を招く他の原因
社会で広く浸透した名称や標章は、「公共の共有財」であるという意識が強く、法律上認められるとしても、特定の企業が権利を独占することに嫌悪感を感じるため、強い批判が起きる(後述する「水まんじゅう」、「NPO」、「のまネコ問題」はこの意識のもとで問題が顕在化したものと考えられる。)。
内容を理解するのに専門的な知識が必要な特許等とは異なり、商標は日常生活でなじみがあるものが多く、法律上の当否はともかく、似ているか否かについてだれもが意見を持つことができる。また、このような直感的判断と商標法に基づく判断に齟齬がある場合には、違和感を抱きやすい。
アメリカ合衆国の商標法は使用主義を取っており、実際の商品への使用が証明されないと商標の権利の効力が生じないが、日本の商標法では登録主義を取っており、登録時の使用証明が求められないため、実際には商標を使用していない者が、投機的に商標登録出願を行い、権利を取得することが可能である。
[編集] 主な商標問題
[編集] 国内
- ひよ子
- ひよ子#商標をめぐる争いを参照
- 水まんじゅう
- 1994年に、水まんじゅうを名物とする大垣市に所在する業者が、山崎製パンによって「水まんじゅう」が商標登録出願されたことを発見し、山崎製パンに抗議をした。山崎製パンは無償の使用権供与を提案したものの、大垣市の業者は納得せず、普通名称であるとして異議の申し立て等を行った結果、山崎製パンは出願を取り下げた。[1]
- ビジュアルノベル
- コナミが「プレイノベル・サイレントヒル」のジャンル名として商標登録しようとするも、折からのコナミの商標問題でのユーザーによる抗議や不買運動が起きた。最終的に出願は特許庁により拒絶査定された。細部はビジュアルノベルの項を参照。
- NPO・ボランティア
- 2003年に角川書店が雑誌について出願した「NPO」および「ボランティア」の商標登録が認められた。これに対し、NPO(非営利組織)などから反発が起こり、この問題は国会でも取り上げられた。結局、あるNPOが異議を申し立て、特許庁はこれを認めて登録は取り消された。なお、角川書店は特許庁の決定に対して不服を申し立てなかった。[2]
- 阪神優勝
- 2003年に、千葉県内の男性が被服等について「阪神優勝」の商標を登録していたことが判明した。男性は当初「阪神地区の優勝の意味」と主張したが、阪神タイガースは無効審判を請求し、特許庁が請求を認め登録は無効とされた。[3]
- フルブラウザ
- 2005年にNTTドコモが「フルブラウザ」を商標登録出願したが、「フルブラウザ」は携帯端末単体でPC向けWebサイトを見ることができるブラウザをさす普通名称として用いられており、仮に登録された場合には他社が商標として使用することができなくなるため問題となった。この商標は結局登録されなかった。なお、NTTドコモは2000年にも「ブラウザ」を出願したが、登録されなかった。[4][5]
- ホットスポット
- 2002年にNTTコミュニケーションズによる「ホットスポット」の商標登録(商標登録第4539387号)が認められ、同社はこの名称のもとで無線LANによるインターネット接続サービスを開始した。「ホットスポット」は従来から普通名称的に用いられていたため、一企業が商標登録することに批判が集まった。[6]
- かわいいコックさん
- オムテモワンが1997年以降「かわいいコックさん」のイラストとローマ字の「Kawaii Cook San」からなる商標を登録していたこと(商標登録第4048253号等)が、古くからある絵描き歌を私物化するものとして問題となった。なお、絵描き歌そのものは商標登録の対象ではない。
- 二十四の瞳
- 従来、奈良県の男性が「二十四の瞳」を商標登録していたが更新手続きを行わなかったため、2005年3月に小豆島の化粧品製造販売会社に化粧品等についての商標登録が認められた。これを契機に、「二十四の瞳」が一企業によって商標登録されたことが問題となり、財団法人岬の分教場保存会が無効審判を請求した。同年7月に化粧品会社が登録商標を財団法人に無償で譲渡することで和解した。[7]
- 赤毛のアン
- カナダの映画会社がスロットマシーン等を指定商品として小説「赤毛のアン」の原題「Anne of Green Gables」を商標登録したが、小説の舞台となったカナダのプリンス・エドワード・アイランド州政府が無効審判を請求し、登録は無効とされた。映画会社は、無効審決の取消しを求めて訴訟を起こしたが、2006年9月に知財高裁は「原作は世界的に著名な文化遺産で」「原作と関係ない一企業に商標登録を認め独占させることは妥当でな」く、公序良俗を害するおそれがある商標にあたるとして、映画会社の請求を棄却した。また、判決中では、「ハムレット」「ピノキオ」等の多数の著名作品の題名や登場人物が商標登録されている現状についても、著作物と無関係の出願人に独占的に商標を使用することを認めるのは相当でないと指摘された。[8]
- タイガー魔法瓶と阪神タイガース
- タイガー魔法瓶は登録商標「TIGERS」を保有していたが、2003年に、阪神が特許庁にこの商標登録の無効を申し立て認められた。これに対して、タイガー魔法瓶は特許庁の判断の取消を求める訴えを東京高裁に起こしたが、タイガー魔法瓶は「TIGER」、阪神タイガースは「TIGERS」を使用することで和解が成立した。[9]
- がんばれ日本
- ドクター中松が1994年に印刷物を指定商品として「がんばれ日本」の商標登録を受けたのに対して、日本オリンピック委員会が商標が使用されていないことを理由に特許庁に登録の無効を申し立て、2000年に登録が取り消された。ドクター中松は特許庁の判断を不服として東京高裁に訴訟を起こし、2003年に商標が有効であると認められた。[10]
- ホリエモン
- 2005年に、ライブドアやイオンド大学等の4社が「ホリエモン」「ほりえもん」のロゴ等を商標登録出願した。これに対して、特許庁は、他人の氏名や著名な略称を商標登録するには本人の承諾が必要である(商標法4条8号)ことを理由に、2006年にライブドアのみに登録を認めた。[11][12]
- ギコ猫・のまネコ
- 「ギコ猫」についてはギコ猫#ギコ猫商標問題(ギコ事件)、「のまネコ」についてはのまネコ問題参照。
- 餃子の王将と大阪王将
- 餃子の王将#のれん問題参照。
- ワールドとワールドファイナンス
- ワールド (企業)#その他参照。
- NHKでの商標の使用
- NHKではニュース番組での不祥事などでの報道を除き原則として放送中で商品に言及する際に商標は用いない。典型的な例では歌番組で歌詞を改めさせたことがある(一部の民間放送でもある)。これは、商標権の侵害等と関連づけられがちであるが、実際は、NHKが番組基準において、営業広告に当たる場合には商号及び商品名を放送することを原則的に禁じているためである。[13]
- 漫画での商標の使用
- 最近の漫画ではセリフ中などに商標が出現する際、その一部を伏せ字にしている例が多々見受けられる。特に普通名称と誤認されやすい登録商標(タバスコなど)の場合に顕著である。このような伏せ字の意図は明らかではないが、登録商標の普通名称化を促進する可能性はあるものの、漫画のセリフ等においての使用であれば通常は商標権を侵害することはないと考えられる。
[編集] 海外
- アップル
- アメリカのアップル・コンピュータとビートルズのアップル・レコードとは、1991年にアップル・コンピュータが商標の使用をコンピュータ事業に限定することで合意していた。しかし、2003年にアップル・コンピュータが音楽配信サービス(iTMS)を開始したため、アップル・レコードはこの合意に違反するとして商標の使用差止と損害賠償を求め英高等法院に提訴。英高等法院は2006年5月にiTMSは音楽事業にあたらないとして、アップル・レコードの請求を棄却した。[14] Apple Corps v. Apple Computer (英語版)も参照。
- バドワイザー
- アメリカアンホイザー・ブッシュ社のビール「バドワイザー」は、チェコのバドワイスという町に因むものであるが、バドワイスでは同じく町の名に因む「ブドヴァル」というビールが歴史的に生産されており、その生産者のひとつがチェコ醸造合資会社となった。20世紀に入ると両社がともにアメリカにおいて「Budweiser」の商標を付したビールを販売したため、紛争が生じた。その後、1911年及び1939年の合意により、チェコ醸造合資会社は、北米大陸等で「Budweiser」の名称を使用する権利を放棄したが、それ以外の地域においては権利を放棄しておらず、現在も世界各地で商標をめぐる争いが続いている。
- バーガーキング
- アメリカのハンバーガーチェーンバーガーキングが1971年にオーストラリアに出店した際、既に他者により「バーガーキング」が商標登録されていたため、「ハングリージャックス」の名で進出した。後にバーガーキングの米国本社がオーストラリアの商標権者から権利譲渡を受け、名称の変更を試みたが、ハングリージャックスが滲透していたため、オーストラリアのフランチャイズが名称変更に反対。米国本社との裁判の末、ハングリージャックスの名称が維持された。[15]
- Lindows
- MicrosoftがLinuxディストリビュータの「Lindows」に対して、Windowsと似ていることを理由に使用の差し止めの訴訟を起こした。2004年7月20日、Lindowsが社名及び製品名をLinspireに変更することで合意した。[16]
- Shock and Awe
- 2003年にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の米国子会社Sony Computer Entertainment Americaがアメリカでイラク戦争の作戦名である「Shock and Awe」を商標登録出願したところ、戦争をビジネスに利用するもので不謹慎との批判を受けた。このため、SCEIはこの出願を取り下げた。[17]
- Xbox
- 米国フロリダ州のXBOX Technologies社は、「xbox」の商標登録出願をマイクロソフトより3か月前の1999年3月に行っており、裁判等になった場合には「Xbox」の発売が遅れる懸念があったが、2001年6月に、マイクロソフトが「xbox」の商標権を所有し、XBOX Technologiesは社名を変更することで和解に達した。[18]
- YKK
- 「YKK」が韓国UNGWOO社の「YPP」が商標権を侵害しているとし、米国、中国、韓国で裁判を提起。米国や中国では2002年にYKK側の訴えが認められたが、韓国では一審で敗訴し、2005年にはソウル高等裁判所でも両者は紛らわしくないので商標権の侵害に当たらないとの判断がなされた。[19][20][21]
- スターバックス
- 韓国において、2005年にスターバックスコーヒーが、韓国企業スタープレヤの女神の図形商標がスターバックスのセイレーンの商標に類似しており無効であるとして、特許法院に取消を求めたが、類似していないと判断され訴えは棄却された。また、2006年には同様にスタープレヤの登録商標STARPREYAがSTAR BUCKSに類似しているとして、特許法院に訴えたが、これも棄却された。[22]
- ガンダム
- 角川歴彦が知的財産戦略本部関連の会合において、バンダイから聞いたこととして、韓国での「ガンダム」の商標登録出願が、当初、ガンダムはロボットの普通名詞であるという理由で拒絶され、その後、商標登録されたと発言している。[24][25]しかし、このような事実があるかどうかは確認されていない。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 岐阜県産品情報 H15.6.20
- ^ SIC 市民活動情報センターのNPO商標問題に関する事業
- ^ 理解を深めよう!特集 身近な商標問題と解説-1
- ^ NTTドコモ、「フルブラウザ」を独占へ--3月に商標登録出願 - CNET Japan
- ^ ITmediaモバイル:「フルブラウザ」商標登録が呼んだ波紋
- ^ 「ホットスポット」商標登録の理由
- ^ ■ 「二十四の瞳」商標問題、両者が和解 ── 香川・小豆島
- ^ 「赤毛のアン」原題の商標登録は公序良俗に反し無効、知財高裁 2006/09/24(日) 15:31:50
- ^ 田附行政書士事務所 「阪神優勝」問題って何だったの? ~続編~
- ^ 「がんばれ日本」について
- ^ 「ホリエモン」の商標登録出願「ライブドア以外は拒否」特許庁が見解
- ^ 商標「ホリエモン」イヤイヤ?保有…今さらの承認にライブドア困惑:社会:スポーツ報知
- ^ 日本放送協会番組基準第1章第12項
- ^ 産経新聞 ENAK ビートルズ敗訴! 「アップル」商標訴訟
- ^ en:Burger King#Hungry Jack's
- ^ 米Lindowsの商標問題、全世界で「Linspire」に変更でMicrosoftと和解
- ^ ゲーム関連会社による米国での商標登録申請について
- ^ Microsoftが「Xbox」の商標問題を解決 - 発売延期の不安を一掃 (MYCOMジャーナル)
- ^ YPPマークはYKK商標権を侵害:YKKグループ
- ^ YKK、「YPP」商標をめぐる争いに中国・米国で勝利:YKKグループ
- ^ 韓国の裁判所「YKKとYPP、まぎらわしくない」
- ^ スターバックスの商標紛争…地元業社に敗訴
- ^ 「マイチュウ」の商標権紛争、地裁が森永の請求を棄却
- ^ コンテンツ専門調査会デジタルコンテンツ・ワーキンググループ(第1回)議事録
- ^ 韓国ガンダム裁判