アニメバブル
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アニメバブルとは1990年代後半から始まった日本のテレビアニメの本数急増をバブル景気になぞらえた俗称のこと。
あくまでも俗称であり、まだアニメの歴史での正式な名称は定まっていない。
目次 |
[編集] 概要
アニメバブルは、アニメファンの高年齢化によるマニア向け作品の需要増、放送メディアの拡大、製作委員会方式による製作資金調達手段の多様化、デジタルアニメによる大量生産によるところが大きい。
1990年代半ばまでは、テレビアニメは人気漫画原作や玩具の販売促進が中心で週当たりの放送本数は数えるほどだった。マニア向けの作品はOVAで発売されるのが普通だった。
[編集] 初期
1990年代半ば、従来はOVAとして発売されることが普通だったマニア向けのアニメ作品をテレビアニメとして放送する動きが出てきた。代表的な作品として『メタルファイター・MIKU』『BLUE SEED』『天地無用!』が挙げられる。
従来のテレビアニメはスポンサーがつかないと制作費が集まらず、そのため人気漫画原作や玩具の販売促進でないと難しかった。しかし、これらのマニア向けテレビアニメは後でビデオソフト化してその収益で制作費を回収するいわばOVAを先にテレビで放送するという手法を採った。製作(制作)会社からするとOVAよりも宣伝効果が高く、アニメファンからするとマニアックな作品をテレビで手軽に見られるという利点があった。
[編集] エヴァンゲリオンの成功
1995年に放送された『新世紀エヴァンゲリオン』は社会現象になるほどの大人気を博し、マニア向けのテレビアニメが十分ビジネスになることを証明した。
『エヴァンゲリオン』の成功により同作品のプロデューサー大月俊倫が所属するキングレコード、パイオニアLDC(現ジェネオンエンタテインメント)、バンダイビジュアルといった映像ソフト会社が出版社、玩具メーカーに代わってアニメ製作の主導権を握り始めた。
1996年になるとテレビ東京の夕方のアニメ枠にはマニア向けの作品が目立つようになった。
[編集] デジタル制作と深夜枠の開拓
1997年になるとデジタルアニメが実用化されるようになった。デジタルアニメは従来のセルアニメと比べて色塗りの間違いの訂正が簡単で、塗料の乾燥を待つ必要が無いという大量制作に適した特性を持っていた。このことがテレビアニメの本数増加に寄与することとなった。
1998年に入るとテレビ東京を中心に深夜アニメの放送が増えるようになった。深夜枠は放送枠の値段が安くかつ表現規制が緩いためマニア向け作品の放送に適していた。
[編集] テレビ東京の表現規制と新たなメディアの登場
しかし、テレビ東京は1997年の『ポケットモンスター』において多数の失神者を出す放送事故を起こして以降、テレビアニメの過激な表現に対し規制を強めるようになった。このため『カウボーイビバップ』など満足な形で放送されない作品もあらわれた。
この頃になると制作本数急増の歪みが、作品細部のみならず1エピソード全般に渉っても表れるようになり、殊に『ロスト・ユニバース』第4話「ヤシガニ屠る」での作画崩壊は、後に作画崩壊全般やそれを模し揶揄する表現さえをも指して「ヤシガニ」と蔑称するまでの衝撃を与えた。
同時期、BS民放局のWOWOWは無料放送枠でのテレビアニメに力を入れるようになった。衛星放送なので全国で見られ、売り込めるという視聴者、製作者双方にメリットがあった。表現規制が比較的緩かったため先述の『カウボーイビバップ』は後に同局で完全放送を実現した。
CSのアニメ専門チャンネルで、旧作のみならず近作の再放送も当たり前になったのもこの頃からである。
[編集] UHFアニメの登場
1999年以降テレビ東京は以前ほどマニアックなテレビアニメを放送しなくなった。
WOWOWも無料枠のアニメを減らす傾向が出てきた。
代わって登場したのが独立UHF放送局での放送枠である。関東・近畿・東海という限られた地域でしか視聴できないというデメリットがあったものの、放送枠の値段の安さと表現規制の緩さで意欲的な作品が大量に放送され、「UHFアニメ」というジャンルにまで成長した。
[編集] 現状
2007年現在、テレビアニメの本数増加は止まる兆しを見せていない。「萌え」ブームによりアニメへの投資が増えていることも大きい。
一方で、1~2クールの放送期間の短い作品が主流となり、ゆとりを持った制作ができなくなったことや、声優がキャラクターの特徴を掴む期間が短いために若手声優の演技力が向上しないことが指摘されている。制作現場の負担の大きさ、原作の不足から、本数を減らして質を上げるべきだとする意見も多い。また、ほとんどの作品はビデオソフトが売れておらず赤字だという指摘もある[1]。
[編集] 資料
年 | テレビアニメ | OVA |
---|---|---|
1992 | 47 | 4 |
1993 | 32 | 2 |
1994 | 41 | 2 |
1995 | 44 | 1 |
1996 | 49 | 3 |
1997 | 48 | 1 |
1998 | 81 | 2 |
1999 | 86 | 4 |
2000 | 65 | 6 |
2001 | 87 | 80 |
2002 | 73 | 4 |
2003 | 32 | 3 |
2004 | 82 | 8 |
2005 | 98 | 5 |
出典は1992年~2001年のテレビアニメ、2001年のOVAが「アニメデータブック2002」『アニメディア』2002年1月号付録、学習研究社、2002年。それ以外はアニメ年表 .lain。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 小黒祐一郎 『「DVDが売れない」という話』 2005年5月25日。
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