オクターヴ
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オクターヴとは、大きく分けて2つの概念を併せ持つ。1つには、西洋音楽における「8度音程」のことを単純に意味する。2つには、聴覚現象としてヒトに共通して感知されうるものとして広く認められている「高さの異なる同じ音(同度の複音程)」のことを意味する。
旧来から「オクターブ」とも表記されてきたが、外来語が氾濫する昨今では、より正確な外来語のカタカナ表記を目指す傾向が進みつつあるため、特に音楽の業界ではより原語に近く「オクターヴ」と表記されることの方が好まれる。
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[編集] 言語学的な側面から
オクターヴはそもそも、フランス語や英語における「8度音程」のことである。西洋音楽において音程を示す時、片方の音から数えて何番目の音かという意味で、「~番目」を意味する序数詞を用いる。「8番目=8度音程」を意味するラテン語“octavus”が語源であり、そこからフランス語“octave”、そして英語“octave”、また他の各言語へと派生・定着していった。
[編集] 音響学的な側面から
音響学において、少なくともヒトの聴覚は、同じ音とみなされる音が螺旋状に感知されることが認められている。光の連続スペクトルのように、低い音から高い音へ、または高い音から低い音へと順に音を聴いていくと、ある程度の間隔ごとに同じ音と認識される音が規則的に何度も廻ってくる。高さが違うが同じ音として認識されるという音の不思議は、様々な推論が古来から試みられてきたが、いまだにそれを結論づけることのできる決定的な理論は見つかってはいない。
物理学的な側面から、ある音の2n倍や2n分の1の周波数の音は、元の音と同じ音と認識されることが、ヒトに共通する感覚として絶対性を持っている。高さは違うものの、本質的に同じ音として感覚に捉えられる理由として一つに、自然界に存在している多くの音に含まれる倍音の中では、この関係の周波数の音が基礎となって響く点が考えられており、また、オクターヴ違いの2音間の振動数比の単純さが考えられている。
[編集] 音楽理論学的な側面から
西洋音楽においては、先述の「周波数の異なった同じ音」ごとの間隔を12の等間隔な半音に分割される調律が一般的なものとして定着してきた。この半音は現在、十二平均律によって、完全に均等な間隔で分割される。しかしながら、音程を半音階の数で数える伝統は一般に普及しておらず、12の半音で構成される1オクターヴを、全音間隔5箇所と半音間隔2箇所とを組み合わせた7音音階、すなわち教会旋法の中において、音程はその距離を数えられる(教会旋法の中において、旋律的進行への配慮の下、半音が2間隔連続することはない)。実際的には、世界的に普及している鍵盤の白鍵、すなわち幹音の数で音程を数えるため、オクターヴ内は7音で構成されていることとなる。
但し伝統的に、西洋音楽では同度を0度からとして数える方式は普及しておらず、同度を1度音程と見なして数え始めるため、2音の差が1音分の場合には、1度ではなく2度と数える。そのため、7音音階の中で、高さの異なる同じ音に辿り着く音程が、7度ではなくて8度と数えられることとなる。また、旋法が異なれば1オクターヴに含まれる音の数は変化するため、広義に、高さの異なる同じ音(=オクターヴ)を7音で構成しない旋法においても、更に西洋音楽以外においてさえも、そもそも8度音程を意味するオクターヴという用語が広く適用されることもある。
特異な例として、インドにおいては、高さの違う同じ音(=オクターヴ)を意味する用語として、7を意味する“sapta”(サプタカ)という語が使われている。これは、1サプタカに7個の音(Sa, Ri, Ga, Ma, Pa, Dha, Ni)が含まれているためであるが、これは西洋音楽とは異なり、同度を0度と数えて始める方式によっているため、西洋の教会旋法のように7音音階であっても、高さの違う同じ音(=オクターヴ)が7度音程というふうに数えられていることになる。
オクターヴが単に8度音程という意味であるため、厳密には「重減8度」・「減8度」・「完全8度」・「増8度」・「重増8度」のどれもがオクターヴであるといえる。但しオクターヴが、「高さの異なる同じ音」を暗に意味することのほうが実際には多いため、8度音程という意味よりも後者の意味で使われる場合においては、明らかに「完全1度の複音程」を意味することとなる。また、単にオクターヴと称しても、8度音程としての1オクターヴだけでなく、2オクターヴや3オクターヴなど、数オクターヴのことをも簡易的に意味することが中にはある。但し、厳密さを求める場合や、特殊な一部の業界以外においては、オクターヴと単純に表現する際は、厳密な8度音程(単音程)やその音程を隔てた音のことを意味すると理解しておくことが望ましい。
オクターヴが、高さの異なる同じ音として聴こえるその性質から、多くの文化では、それが同じ音名として表現されてきた。例えば西洋音楽において、A(ラ)音の1オクターヴ上もA音とされる。インド古典音楽でも同様で、Sa(サ)音の1オクターヴ上はやはりSa音となる。別の場合として、オスマン古典音楽(トルコ)においては、1オクターヴ上の音に同じ名称を与えずに呼び示す。例えば、イェギャハと呼ばれる音の1オクターヴ上の音はネヴァーと呼ばれる。これは古代ギリシャからの音楽理論の伝統を引き継いでいる事と関連している。(トルコおよびギリシャの音楽理論を参照)
[編集] 単音程と複音程との境界線における謎
西洋音楽において、オクターヴ以上の音程を、その関係を解りやすく認識するために、オクターヴ未満の音程として省略して呼び示すことが多く存在する。「8度以上の音程」のことを複音程と呼び、「8度未満の音程」のことを単音程と呼ぶ。例えば、17度音程は、単音程で3度音程となる。
但し、「同度の複音程」は1度と呼ぶことも8度と呼ぶこともあるが、そもそも単音程に8度音程を含めること自体に必要性のないことではありながら、実際には8度も単音程に含められるのが通例とされる。
[編集] 記譜上の移高記号
西洋音楽の楽譜において、5線譜で標準的に使用される音部記号にとって非常に高い音や低い音を記したい時、加線が多くて見にくくならないよう、オクターヴ移高させる省略記号が使用されてきた。
音楽用語はイタリア語が公用語として普及していたが、 記譜音をオクターヴ移高させて奏する指示もイタリア語で表記される。8va という記号は、「(記譜よりも)1オクターヴ高く(演奏せよ)」という意味であるが、正式には8va altaとなる。8va とは ottava の略記であるが、イタリア語におけるottavoの女性型ottavaに、「高い」altoの女性型altaが適用されている。逆に、「(記譜よりも)1オクターヴ低く(演奏せよ)」という指示には、 8va が用いられることがあるが、ロマン派頃から誤解を防ぐためその表記は敬遠されるようになり、その後は8vbまたは8va bassaと表記され、これらはottavo bassoの女性型でottava bassaとなっている。
ちなみに、2オクターヴは16度(diciasettesimo)ではなく15度(quindecimo)となる。2オクターヴ移高させる指示の場合には、15ma altaまたは15ma、15ma bまたは15ma bassaと表記される。但しメシアンをはじめとして、同世代の作曲家たちは、8の2倍の数字として見やすさを尊重し、あえてこれを16度と表記する方式も流行していたが、現代の殆どの作曲家たちは15度として記入する流れと軌道修正されている。16度として書き込む場合には、16ma altaまたは16ma、16ma bまたは16ma bassaとなる。
その他、デカートという単位もあり、1デカートは10オクターヴのことを意味する。