ゲシュタルト心理学
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ゲシュタルト心理学とは心理学の一学派。人間の精神は部分や要素の集合ではなく、全体性や構造こそ重要視されるべきとした。この全体性を持ったまとまりのある構造をドイツ語でゲシュタルト(Gestalt 形態)と呼ぶ。
ゲシュタルト心理学は、ヴントを中心とした要素主義・構成主義の心理学に対する反論として、20世紀初頭にドイツにて提起された経緯を持つ。しかし、精神分析学や行動主義心理学に比べると、元々の心理学に近いとも言える。ユダヤ系の学者が多かった事などもあって、ナチスが台頭してきた時代に、同学派の主要な心理学者がアメリカに亡命した。その後、同学派の考え方は知覚心理学、社会心理学、認知心理学などに受け継がれた。その自然科学的・実験主義的アプローチや、全体性の考察に力学の概念を取り入れた事など、現代の心理学に与えた影響は大きい。
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[編集] 概要
構成主義・要素主義の立場では、人間の心理現象は要素の総和によるものであり、視覚・聴覚などの刺激には、個々にその感覚や認識などが対応していると考える。例えば既知のメロディーを認識する過程では、一つ一つの音に対して記憶と対照した認知があり、その総和がメロディーの認識を構成すると考える。
これに対する反論としては、移調した既知の旋律であっても、同じ旋律であると認識出来る事の説明にならないというものがある。一つ一つの音は既知の旋律とは違っていても、移調しただけであれば、実際は同じものであると人は認識できる。
この事を説明するために提唱されたのが、ゲシュタルト性質という概念である。
ゲシュタルト心理学の最も基本的な考え方は、知覚は単に対象となる物事に由来する個別的な感覚刺激によって形成されるのではなく、それら個別的な刺激には還元出来ない全体的な枠組みによって大きく規定される、というものである。ここで、全体的な枠組みにあたるものはゲシュタルト(形態)と呼ばれる。
例えば絵を見てそれが線や点の集合ではなく「りんご」であるように見える事や、映画を見て複数のコマが映写されているのではなく動きがあるように見える事は、このようなゲシュタルトの働きの重要性を考えさせられる例である。
ベルリン学派に属する M. ウェルトハイマー、W. ケーラー、K. コフカ、K. レヴィンらが中心的存在である。
[編集] ゲシュタルトの法則
ヴェルトハイマーはゲシュタルトを知覚するときの法則について考察し、以下に挙げるような法則を示した。これらは視知覚によるものだが、後の研究で記憶や学習、思考などにも当てはめられる事が判明している。
[編集] 近接の要因
近接しているもの同士はひとまとまりになりやすい。例えば以下の図では、近接している2つの縦線がグループとして知覚される。離れた縦線同士はグループには成りにくい。空間的なものだけでなく、時間的にも近いものは、まとまって認識されやすい。
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[編集] 類同の要因
いくつかの刺激がある時、同種のもの同士がひとまとまりになりやすい。以下の図では、黒い四角と白い四角のグループが交互に並んでいるように知覚される。黒白、白黒のグループが交互に並んでいるようには知覚されにくい。
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[編集] 閉合の要因
互いに閉じあっているもの同士(閉じた領域)はひとまとまりになりやすい。例えば以下の図では、閉じた括弧同士がグループを成すように認識される。〕と〔 同士では、グループとして認識されにくい。
〕〔 〕〔 〕〔 〕〔
[編集] よい連続の要因
いくつかの曲線になり得る刺激がある時、よい曲線(なめらかな曲線)として連続しているものは1つとして見られる。例えば、「ベン図」(2つの円の一部分が重なった図。数学の教科書などで、集合の解説によく用いられる)では、「円が2つある」と認識され、「欠けた円が2つと、ラグビーボールのような形が1つある」とは認識されにくい。 なお、「よい連続の要因」と似た法則として「よい形の要因」(よい形とは規則的な形を表す)もある。
[編集] ゲシュタルト崩壊
全体性を失って、個別のみを認識するようになる事。例えば、同じ漢字を長時間注視していると、その漢字がバラバラに見えたりする現象である。ただしこの際、静止網膜像のように、消失は起きないとされる。 また、「借」と言う字を見たときに起きやすいようである。
[編集] 歴史的経緯と主要人物
- フォン・エーレンフェルス(Christian von Ehrenfels 1859年 - 1932年)
- クルト・ゴルトシュタイン(Kurt Goldstein 1878 - 1965)
- マックス・ヴェルトハイマー(Max Wertheimer 1880年 - 1943年)
:『運動視の実験的研究』(1912)、『生産的思考』(1945) - クルト・コフカ(Kurt Koffka 1886年 - 1941年)
:『発達心理学』(1921) - ヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Kohler 1887年 - 1967年)
:図形残効、『類人猿の知恵試験』(1917)、『物理的ゲシュタルト』(1920) - クルト・レヴィン(Kurt Lewin 1890年 - 1947年)
:グループダイナミックス、感受性訓練、トポロジー心理学 - フリッツ・ハイダー(Fritz Heider 1896年 - 1988年)
- ヴォルフガンク・メッツガー(Wolfgang Metzger 1899年 - 1979年)
- ルドルフ・アルンハイム(Rudolf Arnheim 1904年 - )
- ソロモン・アッシュ(Solomon Asch 1907年 - 1996年)
- ガエタノ・カニッツァ(Gaetano Kanizsa 1913年 - 1993年)
[編集] ゲシュタルト心理学の展開
ゲシュタルトの基本的な概念として、対象を全体として捉えるという事が言える。
例えば音楽は、個々の音を聞いた時よりも大きな効果を与える。図形もまた、中途半端な線や点であっても、丸や三角などそれを見た人間がパターンを補って理解する(逆に錯覚・誤解を引き起こす原因とも言える)。
ゲシュタルト心理学は被験者の人間が感じることを整理分類して、人間の感覚構造を研究した。そのため、図形による印象などの研究が中心であった。
[編集] 関連項目