セイバーメトリクス
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セイバーメトリクス(SABRmetrics, Sabermetrics)とは、野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法である。
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[編集] 概要
セイバーメトリクスとは、野球関係のライター、ビル・ジェームズによって1970年代に提唱されたもので、アメリカ野球学会の略称SABR(Society for American Baseball Research)と測定基準(metrics)を組み合わせた造語である。
野球には、様々な価値基準・指標が存在するが、セイバーメトリクスではこれらの重要性を数値から客観的に分析した。それによって野球における采配に統計学的根拠を与えようとした。しかし、それは野球を知っているものならば「常識」であるはずのバント・盗塁の効力を否定するなど、しばしば野球の従来の伝統的価値観を覆すものであったため、ジェームズ自身が一介のライターに過ぎなかったこともあって当初は批判的に扱われ、日本でもさほど取り上げられることはなかった。
セイバーメトリクスの大元は、ジェイムズが1977年に自費出版した『野球抄1977-知られざる18種類のデータ情報』という68ページの小冊子であった。この本でジェイムズは「エラーという概念が実情にあってないこと」などいくつかの従来の常識を覆す仮説の提示と分析を行った。この本の購入者はたった75人であったが、同時期のコンピュータの発達とともにデータ分析の自由度が増し、『野球抄』は年を重ねるごとに購読者を増やしていった。読者数の増加とともに野球データの分析を行うファンの数も増えていった。そして、ジェイムズはこのデータ分析を”セイバーメトリクス”と名づけた。『野球抄』はスポーツ専門雑誌「スポーツ・イラストレイテッド」のライターの目に留まり、1982年にニューヨークの出版社から販売されベストセラーとなった。
1980年代に入るとアメリカでは一般にも広く知られた存在となり、統計の専門家も趣味としてデータの分析に当たるようになった。しかし、保守的な勢力が強いメジャーリーグはこのような動きに対して興味を示そうとしなかった。メジャーのデータを管理していたエライアス・スポーツ・ビューロー社もセイバーメトリクス愛好家にはデータを一切提供しようとしなかった。そのため、ジェイムズは知人が設立したデータ分析専門の会社、STATS(スタッツ)社で独自にデータを集計し、メジャー球団に提供しようとしたが、これも相手にされなかった。STATS社は方針転換し、集計したデータを野球ファン向けに販売した。これが当たって会社は急成長し、スポーツ専門テレビ局ESPNや全国紙USAトゥデイが顧客となり、野球ファンの貴重な情報源となっていった(その後、1999年にSTATS社は大手テレビ局FOXニュースに吸収合併された)。
しかし、セイバーメトリクスはジェイムズの本来の目的である実際の球団運営には反映されることはなかった。一部の実業家は実際に球団のオーナーとなりこれを実践しようとしたが、選手・監督・スカウトの理解を得られず挫折していった。ジェイムズは一向に変わらない状況に徐々に熱意を失い、12冊目の『野球抄』を発行した後、執筆活動をやめてしまった(後に再開)。
1983年にオークランド・アスレチックスのGMとなったサンディ・アルダーソンはもともとセイバーメトリクスに興味を持っており、1995年にオーナーの交代によってチームの財政状況が厳しくなると、より効率的に資金を運用するために出塁率・長打率を重視して球団運営を行うようになった。1990年代後半にはメジャーリーグでもチーム戦略の一環として重視されるようになった(セイバーメトリクスを重視するチームは新思考派と呼ばれる)。特にアルダーソンの後任としてアスレチックスのGMとなったビリー・ビーンの球団運営戦略を紹介したノンフィクション『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著)により、日本でも一般的に知られるようになった。しかし、日本の野球界ではまだ伝統的価値観が支配的であり、戦略として積極的にセイバーメトリクスを取り入れるチームは少ない。
アメリカでは、セイバーメトリクス専門のシンクタンクがいくつか誕生しており、特にベースボール・プロスペクタス(Baseball Prospectus、通称BP)が有名である。このBPはセイバーメトリクスを駆使して個々の選手の未来の成績を予想するコンピュータ・システム「PECOTA」を開発。2003年から毎年シーズン前に「活躍予報」なるものを発表している。
ジム・アルバート、ジェイ・ベネットが著した「メジャーリーグの数理科学(原題Curve Ball)」はセイバーメトリクスについてわかりやすく解説している。
[編集] 関連書籍
- J.アルバート、J.ベネット 『メジャーリーグの数理科学(上)』 後藤寿彦監修、加藤貴昭訳、シュプリンガーフェアラーク東京(現・シュプリンガー・ジャパン株式会社)〈シュプリンガー数学リーディングス〉、2004年、ISBN 4-431-71016-7
- J.アルバート、J.ベネット 『メジャーリーグの数理科学(下)』 後藤寿彦監修、加藤貴昭訳、シュプリンガーフェアラーク東京(現・シュプリンガー・ジャパン株式会社)〈シュプリンガー数学リーディングス〉、2004年、ISBN 4-431-71017-5
- Albert, J. Bennett, J. (2001). Curve Ball: Baseball, Statistics, and the Role of Chance in the Game. Springer-Verlag New York, LLC. ISBN 0387988165
- Albert, J. Bennett, J. (2003). Curve Ball: Baseball, Statistics, and the Role of Chance in the Game. Repr. 2003 Edition. Springer-Verlag New York, LLC. ISBN 038700193X
- マイケル・ルーイス 『マネー・ボール―奇跡のチームをつくった男―』 中山宥訳、二宮清純解説、ランダムハウス講談社、2004年、ISBN 4-270-00012-0
- Baseball Prospectus Team of Experts, Keri, J. Click, J. (2006). Baseball Between the Numbers: Why Everything You Know About the Game Is Wrong. The Perseus Books Group. ISBN 0465005969