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ノロウイルス - Wikipedia

ノロウイルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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ノロウイルスの透過型電子顕微鏡写真 (スケールバー50nm)
ノロウイルスの透過型電子顕微鏡写真 (スケールバー50nm)

ノロウイルス(Norovirus)は、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種。カキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や嘔吐物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。ノロウイルスによる集団感染は世界各地の学校や養護施設などで散発的に発生している。「NV」と略されることもある。

目次

[編集] 分類と歴史

1968年、米国オハイオ州ノーウォーク小学校において集団発生した胃腸炎の患者から発見された。1972年に電子顕微鏡による観察でその形態が明らかになり、「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」と呼ばれるようになった。その後、これと似た形態のウイルスによる胃腸炎や食中毒が世界各地で報告され、それぞれの地名を冠した名称で呼ばれるようなった。これらはウイルス粒子の形から英語で、Small Round-Structured Virus (SRSV; 小型球形ウイルス) とも呼ばれた。また、ウイルス粒子の表面に32個のカップ状の窪みが見られることから、ラテン語で「杯」を意味するcalixにちなみ、カリシウイルス科(Caliciviridae)に分類された。

1977年、札幌で幼児に集団発生した胃腸炎から、ノーウォークウイルスとよく似た小型球形ウイルスが病原体として発見され、サッポロウイルス(Sapporo virus)と名付けられた。しかし、サッポロウイルスには電子顕微鏡下で「ダビデの星(Star of David)」と形容される特徴的な構造が見られ、その他の特徴からも、カリシウイルス科の中でもノーウォークウイルスとの違いが大きいものと考えられた。そこで、それまで見つかっていたものを「ノーウォーク様ウイルス(“Norwalk-like virus”, NLV)」、ダビデの星型の構造を持つものを「サッポロ様ウイルス(“Sapporo-like virus”)」という仮称を用いて分類するようになった。

2002年、第12回国際ウイルス学会(パリ)において、それまで「ノーウォーク様ウイルス」と呼ばれていたものを「ノロウイルス属(Norovirus)」、「サッポロ様ウイルス」と呼ばれたものを「サポウイルス属(Sapovirus)」と定めた[1]。2005年現在、カリシウイルス科には4属のウイルスが含まれるが、そのうちヒトの疾患に関係するものは、このノロウイルス属とサポウイルス属の2属である。他のカリシウイルス科にはラゴウイルス属(Lagovirus)とベシウイルス属(Vesivirus)が認定されている。

  • エンベロープを持たないプラス一本鎖RNAウイルス
    • カリシウイルス科(Family:Caliciviridae
      • ノロウイルス属(Genus:Norovirus, “Norwalk-like virus”)(SRSV: Small Round-Structured Virus)
        • ノーウォークウイルス(Species: Norwalk virus
      • サポウイルス属(Genus: Sapovirus, “Sapporo-like virus”)
        • サッポロウイルス(Species: Sapporo virus
      • ラゴウイルス属(Genus Lagovirus
        • RHDVRabbit hemorrhagic disease virus
      • ベシウイルス属(Genus Vesivirus
        • VESVVesicular exanthema of swine virus

[編集] ウイルスの特徴

ノロウイルスは、ウイルスの分類上、プラス鎖の一本鎖RNAウイルスに分類される、エンベロープを持たないウイルスである。ウイルス粒子は直径30-38 nmの正二十面体であり、ウイルスの中では小さい部類に属する。電子顕微鏡下では、32個のコップ状のくぼみのある球形の粒子として観察される。小型球形ウイルスという名称はこの形態的特徴に由来し、ウイルス学上での正式なものではないが、食品衛生学分野では用いられることがある。

通常、ウイルスについての詳細な研究を行うには、適切な動物培養細胞を探して感染させ、ウイルスを増殖させることが必要だが、ノロウイルスについては実験室的に増殖させる方法がまだ見つかっていない。このため、検査や治療方法に対する研究が他のウイルスと比べて格段に遅れているのが現状である。

[編集] ノロウイルス感染症

ノロウイルスはヒトに経口感染して、伝染性の消化器感染症感染性胃腸炎)を起こす。死に至る重篤な例はまれであるが、治療法は確立されていない。

[編集] 症状

症状の始まりは突発的に起こることが多く、夜に床につくと突然腹の底からこみ上げてくるような感触と吐き気を催し、吐いてしまうことが多い。それも一度で終わらず何度も激しい吐き気が起り、吐くためにトイレのそばを離れられないほどである。無理に横になろうとしても気持ち悪くて横になれず、吐き気が治まった後は、急激且つ激しい悪寒が続き、さらに発熱を伴うこともある。これらの症状は通常、1、2日で治癒し、後遺症が残ることもない。ただし、免疫力の低下した老人では、死亡した例(吐いたものを喉に詰まらせることによる窒息、誤嚥性肺炎による死亡転帰)も報告されている。

また感染しても発症しないまま終わる場合(不顕性感染)や、風邪と同様の症状が現れるのみの場合もある。よく、「嘔吐、下痢、腹痛を伴う風邪」という表現があるが、それはノロウイルスなどによる感染症である可能性も低くなく(エンテロウイルス等の他の原因もある)、単なる風邪ではない場合がある。ただし、これらの人でもウイルスによる感染は成立しており、糞便中にはウイルス粒子が排出されている。

[編集] 感染経路

ノロウイルスによる感染症は、その感染経路から

  1. 食中毒:ウイルスを蓄積した食材およびウイルスで汚染された食品を喫食して経口感染するもの
  2. 患者からの伝染:1によって感染した患者(あるいは1から2を経て感染した患者)の糞便や嘔吐物に排出されたウイルスから経口感染するもの

の二つに分けられることがある。販売あるいは調理提供する食品そのものの衛生管理の(食品衛生学的な)立場からは1のケースが特に問題とされるが、医学上は1と2のケースに明確な違いはない。

[編集] 感染型食中毒

ノロウイルスによる食中毒は、カキやアサリ、シジミなどの二枚貝によるものが最も多いと言われてきた。日本では主として秋から冬場に発症する例が多いが、これは、カキを生食する機会が冬場が多いからではないかと考えられている。

ノロウイルスは貝類自体には感染しないと考えられている。すなわち、これらの貝の体内でノロウイルスが直接に増殖することはないとされる。しかしこれらの貝では消化器官、特に食物の細胞内消化を行う中腸腺に、生物濃縮によって海水中から濾過摂食されたノロウイルスが蓄積することが知られており、このことが食中毒の原因だと考えられている。

しかし、ノロウイルスの原因食材がカキと特定される割合は年々低下しており、2006年後半にはカキが食材と特定された集団食中毒は発生しなかった。原因不明、カキ以外の食材、あるいは感染性胃腸炎であることが圧倒的である。二枚貝に蓄積したウイルスの知識が浸透し、その対策もとられたことによると考えられる。

[編集] 伝染

2のケースの感染は糞口感染とも呼ばれる。ノロウイルスはヒトの腸壁細胞に感染して増殖し、新しく複製したウイルス粒子が腸管内に放出される。ウイルス粒子は感染者の糞便と共に排出されるほか、嘔吐がある場合は胃にわずかに逆流した腸管内容物とともに、嘔吐物にも排出される。糞便や嘔吐物がごくわずかに混入した飲食物を摂取したり、汚物を処理したときに少数のウイルス粒子が手指や衣服、器物などに付着し、そこから食品などを介して再び経口的に感染する。

またノロウイルスの場合、少数のウイルスが侵入しただけでも感染・発病が成立すると考えられており、わずかな糞便や嘔吐物が乾燥した中に含まれているウイルス粒子が空気を介して(空気感染で)経口感染することもあると考えられている。

発病した人はもちろん、不顕性感染に終わったり胃腸症状が現れなかった人でも、無症候性キャリアとして感染源になる場合があり、食品取り扱い時には十分な注意が必要である。

ノロウイルスによる胃腸炎は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年十月二日法律第百十四号)」第六条第6項の委任を受けた、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則(平成十年十二月二十八日厚生省令第九十九号)」第一条に定める「感染性胃腸炎」に該当する。

それゆえ、旅館・ホテルなどは「旅館業法(昭和二十三年七月十二日法律第百三十八号)」第五条の「営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。 一 宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき。」という条文に基づき、「ノロウイルスに感染していると明らかに認められる場合」は宿泊を拒否することができる。


[編集] 診断

ノロウイルスは、その培養(増殖)方法がまだ見つかっていないため、糞便中のウイルス粒子を直接(増やさずに)検査する必要がある。従来は、電子顕微鏡下で糞便中に小型球形のウイルス粒子が見られるかどうかを、感染の指標としていた。更にELISA法や、ノーウォークウイルスの遺伝子配列を元にしたRT-PCR法も開発され、診断に用いられている。

[編集] 治療

2007年現在、ノロウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しない。下痢がひどい場合には水分の損失を防ぐために輸液などを対症療法的に用いる場合がある。また止瀉薬(下痢止め)の使用については、ウイルスを体内にとどめることになるので用いるべきでないと言う専門家もいる。医師の指示がなく、仕事等の生活上でも特に必要でない場合は下痢止めの服用は避けるのが賢明だという説もある。日本国厚生労働省は止瀉薬使用を望ましくないと記載しているが、ここまでに明言しているのは米国FDAとは対称的である。 [2]

しかし、臨床の現場ではコンプロマイズドホストの死因は重症下痢に起因する症例も散見され、重症例においては患者の電解質データなどを含め、総合的に判断すべきである。 止瀉薬は主に大腸に作用する。ノロウイルスは主に小腸で増殖することはわかっている。実験室レベルではまだノロウイルスの大腸細胞での増殖は成功していない。このため、止瀉薬が本当に大腸でのウイルスの生存を促すか、また、ウイルスの大腸での寿命に関するデータは得られていない。

家庭においては、スポーツドリンクを電子レンジなどで人肌に暖めてから飲むことが推奨される。スポーツドリンクが無い場合は、0.9%の食塩水(100 mlに食塩0.9gを溶かしたもので、いわゆる生理食塩水である)を調製し、人肌に暖めて飲むことが推奨される(甘味のあるスポーツドリンク等は、弱った胃腸に良くないという意見もある。)。 電解質を含まない湯冷まし、お茶などは水分の吸収が遅いので推奨できない。

[編集] 感染予防

上述した感染経路を考慮すると、特に飲食物を扱う人が十分に注意を払うことによって効果的な感染予防につながる。

特に調理者が十分に手洗いすること、そして調理器具を衛生的に保つことが重要である。ノロウイルスはエンベロープを持たないウイルスであるため、逆性石けん(塩化ベンザルコニウム)、消毒用エタノールには抵抗性が強いが、手洗いによって物理的に洗い流すことが感染予防につながる。

また、ノロウイルスは85℃以上1分間以上の加熱によって感染性を失うため、特にカキなどの食品は中心部まで充分加熱することが食中毒予防に重要である。生のカキを扱った包丁やまな板、食器などを、そのまま生野菜など生食するものに用いないよう、調理器具をよく洗浄・塩素系漂白剤による消毒をすることも大事である。

洗浄と消毒の順番については、第一に洗浄(と充分なすすぎ)、第二に消毒である。この順番を逆にすると効果が弱くなってしまう。

塩素系漂白剤については、至適濃度に関するデータは無い。「濃い原液を使えばより効果があるだろう」という考えもあるし反対意見もある。原液の濃度にもよるが、濃度の高い液はアルカリ性であるため、アルカリに強い菌種では消毒力は薄めたものよりもかなり低くなってしまうケースもある。しかし、ノロウイルスについては細胞内培養法が確立していないため、最も不活化されるpHに関するエビデンスがなく、この結果、消毒薬の至適濃度に関するエビデンスもない。現状では説明書通りの使用がよいと考えられる。


生食用カキの食品衛生法の規格基準において、ノロウイルスに関する基準は設定されていないので、「生食用」と表示された場合でも「ノロウイルスがいない」という保証があるわけではない。消費期限内であるか否かにかかわらず感染源となる場合もありうる。ただし、自主的に検査を行っている水産加工業者などもかなり増え、カキの生食が一律に危険、というわけではない。過剰な反応に対しては風評被害という指摘もされている[3]。もちろん、検査義務が法制化されているわけでも、全ての業者が自主検査を行っているわけでもない。そして、自主検査におけるサンプリングの妥当性および出荷見合わせの有効性は確認されていない。よって、一律に安全なわけでもない。厚生労働省保健所もカキの生食用販売を積極的には禁じていないがカキ等の二枚貝については充分加熱した後に食べるよう呼びかけている。

乾燥した糞便や嘔吐物から飛散したウイルスを吸い込んだり、または接触することにより感染するため、感染者の糞便や嘔吐物を処理する場合は、手袋・マスクを使用し直接手で触れないよう注意し、作業後は手をよく洗うよう心掛ける。汚染物は飛散せぬよう袋に密閉し処分する。汚染された場所を消毒する際、前出のようにノロウイルスは逆性石けんや消毒用エタノールに対する抵抗力が強いため、これらによる消毒はほとんど効果がない。現在細胞をもちいても培養方法が存在しないため消毒つまりウイルス不活化に対する確証は得られていないが、次亜塩素酸ナトリウムに対する抵抗力は比較的弱いのではないかと想像されている。感染者のいる場合、トイレ・ドアノブ・蛇口・手すりなどは汚染しやすい箇所であるため、汚れを落とした後に消毒する。ノロウイルスは、症状が消失した後も48時間はウイルスが排出されることに留意しなくてはならない。消毒対象が布などの耐熱性のあるものの場合、スチームアイロンの活用も有効である。

なお、2006年現在ノロウイルスに対する有効なワクチンは開発されていない。また、このウイルスに対する免疫は感染者でも1-2年で失われるといわれている。原因は免疫抗体価低下説やウイルスが変化するため抗原性が変化するなどの説があるが、まだ確証は得られていない。このためワクチンの開発には困難が予想される。


[編集] 流行

2006年に日本で大流行した。過去最悪の患者数を出し、国立感染症研究所によると、2006年は感染者数が1000万人を超えると予想されている。[1]

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献・脚注

  • 丸山務他 『ノロウイルス現場対策—その感染症と食中毒 つけない・うつさない・持ち込まない』 幸書房、2006年3月 ISBN 4782102623
  1. ^ それぞれ"Norwalk"および"Sapporo"の最初の3文字("Nor"および"Sap")と、ウイルスの種名の接尾語である"virus"を、ラテン語文法に従って、連結形"o"で連結したものが学名として採用された。
  2. ^ ノロウイルスに関するQ&A(日本国厚生労働省、PDF) Q10においては、「止しゃ薬(いわゆる下痢止め薬)は、病気の回復を遅らせることがあるので使用しないことが望ましいでしょう」と記載されている。
  3. ^カキ「風評被害」に悲鳴 今季の感染例ゼロ ノロウイルス食中毒」、北海道新聞、2006年12月17日。

[編集] 外部リンク

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