フィチン酸
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フィチン酸 | |
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IUPAC名 | myo-イノシトール-1,2,3,4,5,6-ヘキサキス(リン酸二水素) |
別名 | IP6 |
分子式 | C6H18O24P6 |
分子量 | 660.08 g/mol |
CAS登録番号 | [83-86-3] |
形状 | 淡褐色油状 |
SMILES | C1(OP(=O)(O)(O))C(OP(=O)(O)(O)) C(OP(=O)(O)(O))C(OP(=O)(O)(O)) C(OP(=O)(O)(O))C1(OP(=O)(O)(O)) |
フィチン酸(フィチンさん、phytic acid)は生体物質の一種で、myo-イノシトールの六リン酸エステル。myo-イノシトール-1,2,3,4,5,6-六リン酸(myo-イノシトール-1,2,3,4,5,6-ヘキサホスファートまたはヘキサキスホスファートまたはヘキサキス(リン酸二水素))ともいう。略称は IP6。組成式は C6H18O24P6 、分子量は 660.08、CAS登録番号は [83-86-3]。種子など多くの植物組織に存在する主要なリンの貯蔵形態であり、特にフィチン(Phytin: フィチン酸のカルシウム・マグネシウム混合塩で、水不溶性)の形が多く存在する。キレート作用が強く、多くの金属イオンに強く結合する。
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[編集] 消化吸収
非反芻動物ではフィチン酸消化酵素であるフィターゼ(フィチン酸を加水分解しリン酸を遊離する)がないため、フィチン酸の形のリンは一般に吸収されにくい。一方反芻動物はルーメン(反芻胃)内の微生物によって作られるフィターゼがこれを分解するため、ごく少量のフィチンならば利用できるとされている。現在非反芻動物(ブタ、ニワトリなど)は主にダイズ、トウモロコシなどの穀物で肥育されているが、これらに含まれるフィチンは動物に吸収されずに腸管を通過するため、自然界のリン濃度を上昇させ、富栄養化などの環境問題につながる恐れがある。飼料の中のフィチン酸が多いと、カルシウム、鉄、銅、亜鉛などの必須ミネラルの吸収を阻害し、飼料の価値を著しく減じることが知られている。麹菌などが作るフィターゼを飼料に添加してフィチン酸を分解させることで、フィチン由来のリンの吸収を増すだけでなく、フィチンが抱え込んで消化吸収出来ない状態になっていたミネラルやたんぱく質を利用できるようになる。またいくつかの穀物で、種子のフィチン酸含量を大幅に低下させ無機リン含量を上昇させた品種が作出されている。しかし生育に問題があることからこれらの品種は広く利用されるに至っていない。
[編集] 用途
フィチン酸は鉄、亜鉛など重要なミネラルに対して強いキレート作用を示すため、缶詰、発酵食品、油脂などの食品に広く用いられている。マグロ缶のストラバイト防止、かに缶のブルーミート防止、アサリ水煮缶の黒変防止、発酵食品の発酵時間の短縮、風味増強、練り製品や麺類の保存料、油脂の酸化防止剤、肉、魚介類を中心とした食品の旨味向上、などの効果が得られる。
金属用塗料、メッキにおける洗浄剤、金属表面 防蝕・防錆剤、平版印刷など、工業用としても幅広く使用されている。最近、この物質を用いた陽イオン交換樹脂が従来のスルホン酸系樹脂と同等のイオン交換性能を持つことが示され、現在のリン酸系イオン交換樹脂に代わるものとして注目されている。その他に注目すべきものとして、体臭・口臭・尿臭などの消臭・防臭、アルコール分解促進による急性アルコール中毒の防止などの効果が知られている。
[編集] 問題点
フィチン酸の強いキレート作用は、食品中のミネラルやたんぱく質との強い結合となって現れ、これらの消化吸収を著しく妨げる方向に働くため、食品の栄養価値を大幅に減じて、現代人特有のミネラルが不足した不自然な体質を招く原因となっている可能性が指摘されている。たとえば、クロムなどの摂取が難しいミネラルの吸収を妨げた場合には、これを材料とするGTF(グルコース・トレランス・ファクター)「耐糖因子」という、インスリンとインスリン受容体(レセプター)が結合する糖代謝の過程で働く重要な物質の体内での欠乏を招くことになる。この40年間で糖尿病の患者数が230倍にも異常急増した背景には、必須ミネラルの吸収を妨げる働きが顕著なこの種の物質の広範囲にわたる大量使用による、食品の栄養価値の著しい低減が招いた栄養失調の問題があるのではないかとの指摘がなされている。
[編集] 生理活性
生体内におけるフィチン酸の様々な生理活性作用が報告されている。尿路結石や腎結石の予防、歯垢形成抑制等が知られているだけでなく、腸管での酸化ダメージを減らすことで大腸がんの予防に役立つ可能性がある。詳しい機序は明らかでないが、抗がん作用が指摘され、がん治療への利用が期待されて研究が進められている。