仲里繁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
仲里 繁(なかざと しげる、1972年6月13日 - )は、沖縄県宜野湾市出身の日本人プロボクサー。右ファイター。身長164cm。元東洋太平洋スーパーバンタム級王者。世界タイトルに3度挑戦するも王座獲得することはできなかった。2005年10月21日に引退。最終学歴は宜野湾高校卒業
[編集] 戦歴
- 1994年12月18日、沖縄ワールドリングボクシングジム所属でプロデビュー。和田英嗣を相手に1RKO勝ちを収める。
- 1996年12月9日、西日本新人王決勝戦で延山丈二に6RKO勝ちし、西日本バンタム級新人王を獲得。
- 1997年2月15日、東西新人王対抗戦で渡辺純一に6R判定勝ちし、全日本バンタム級新人王を獲得。
- 1999年4月24日、日本バンタム級王者西岡利晃に挑戦し8RTKO負け。王座獲得ならず。
- 2000年10月18日、日本バンタム級王者仲宣明に挑戦し10R判定負け。王座獲得ならず。
- 2002年5月18日、OPBF東洋太平洋スーパー・バンタム級王座決定戦で趙龍仁に3RTKO勝ち。30歳で初王座獲得。同王座は1度防衛後に返上。
- 2003年4月26日、オスカー・ラリオスのWBC世界スーパー・バンタム級王座に挑戦。序盤に2度のダウンを奪われたものの、その後は持ち前の馬力で試合を押し返し、9Rにはフックでラリオスの顎を骨折させる。しかし、ダウンによる失点が響いて12R判定負け。世界王座獲得ならず。
- 2004年3月6日、オスカー・ラリオスの世界王座に再挑戦。今回も互角の打ち合いを見せるが、後半はラリオスがポイント収集に徹底し、12R判定負けを喫する。
- 2004年10月30日、当時無敗の世界ランカー木村章二と、世界王座挑戦権をかけて対戦。10R判定の結果、引き分ける。
- 2005年4月29日、フランスでWBA世界スーパー・バンタム級王者のマヤル・モンシプールに挑戦。1Rからモンシプールと壮絶な打撃戦を演じたが、6RTKO負けで敗れ世界王座獲得ならず。しかし、仲里の勇敢なファイトに、敵地フランスの観客からも、敗者仲里に大きな声援が送られた。この試合を最後に引退。
[編集] 戦績と獲得タイトル
- 戦績:33戦24勝(18KO)8敗1分
- 西日本バンタム級新人王戦優勝
- 全日本バンタム級新人王戦優勝
- OPBF東洋太平洋スーパー・バンタム級王座(防衛1=返上)