分子標的治療
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分子標的治療(ぶんしひょうてきちりょう)は、体内の特定の分子を狙い撃ちしてその機能を抑えることにより病気を治療する治療法である。正常な体と病気の体の違い、あるいは癌細胞と正常細胞の違いをゲノムレベル・分子レベルで解明し、がんの増殖や転移に必要な分子を特異的に抑えたり、関節リウマチなどの炎症性疾患で炎症に関わる分子を特異的に抑えたりすることで治療する。従来の多くの薬剤も、その作用機序を探ると何らかの標的分子を持つが、分子標的治療は創薬や治療法設計の段階から分子レベルの標的を定めている点で異なる。また、この分子標的治療に使用する薬を分子標的治療薬と呼ぶ。
分子標的治療という言葉は、主にがんに対する治療を指して用いられることが多い。この言葉はモノクローナル抗体の開発が始まった1980年代初頭より使用され始め、メシル酸イマチニブやゲフィチニブなどの小分子化合物(後述)が臨床使用され始めた1990年代末から一般的に使われるようになった。
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[編集] がん治療における従来の抗癌剤との違い
従来の抗癌剤(殺細胞性抗癌剤)が細胞傷害を狙うのに対し、分子標的治療薬は多くが細胞増殖に関わる分子を阻害する(そのため臨床応用される以前は、分子標的治療は腫瘍を縮小させず、増大を抑えるのみであると考えられていた)。またがん細胞特異的に効果を示す(ことが期待できる)ため、至適投与量は最大耐用量ではなく、最小有効量であり、また最大耐容量と最小有効量の差が大きい可能性があり、そのため毒性のプロファイルが異なることが期待される。
しかし実際に分子標的治療が広く行われるようになると、分子標的治療薬は腫瘍縮小効果を示し、それもゲフィチニブの標的分子である変異EGFRのように、当初想定していなかった未知の分子が標的となり臨床効果を示す可能性がでてきた。毒性に関しても間質性肺炎のように想定していなかった致死的毒性が出る可能性があり、一概に毒性が少ないとは言えないことが判明した。
[編集] 種類
分子標的治療薬には小分子化合物 (small molecule) とモノクローナル抗体がある。
[編集] 小分子化合物
[編集] チロシンキナーゼ阻害剤
- メシル酸イマチニブ(グリベック®)
- Bcr-AblチロシンキナーゼおよびKITチロシンキナーゼ阻害剤であり、慢性骨髄性白血病、フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)、消化管間質腫瘍 (GIST) の治療に使用される。
- ゲフィチニブ(イレッサ®)
- エルロチニブ(タルセバ®)
- ゲフィチニブと同様EGFR-TKIであり、非小細胞肺癌の治療に使用される。
- バンデタニブ(ZD6474、ザクティマ®)
- スニチニブ(SU11248、スーテント®)
- 血小板由来増殖因子受容体 (PDGFR) キナーゼ、血管内皮細胞増殖因子受容体 (VEGFR) キナーゼ、KITキナーゼを阻害する。GISTや腎癌の治療に使用される。
[編集] Rafキナーゼ阻害薬
- ソラフェニブ(BAY 43-9006、ネクサバール®)
- Rafキナーゼ、血小板由来増殖因子受容体 (PDGFR) キナーゼ、血管内皮細胞増殖因子受容体 (VEGFR) キナーゼ、KITキナーゼを阻害する。腎癌の治療に使用される。
[編集] TNF-α阻害剤
- エタネルセプト(エンブレル®)
[編集] モノクローナル抗体
免疫グロブリン製剤で、抗原抗体反応を利用して特定の分子の機能を阻害する。また、ADCC(抗体依存性細胞介在性障害作用)やCDC(補体依存性細胞障害作用)が治療効果に関与しているものもある。
[編集] マウス抗体(語尾が〜omab)
1980年代に臨床試験が行われたが、Fc部分がマウス由来であるため効果が不十分であり、また免疫原性があるためショック症状を引き起こすなどの副作用があるため使用されなくなった。
[編集] キメラ抗体(語尾が〜ximab)
可変領域はマウス由来であるが、その他の定常領域をヒト由来の免疫グロブリンに置換したもの。
- リツキシマブ(リツキサン®)
- セツキシマブ(エルビタックス®)
- インフリキシマブ(レミケード®)
[編集] ヒト化抗体(語尾が〜zumab)
可変領域のうち、相補性決定領域 (complementarity-determining region: CDR) がマウス由来で、その他のフレームワーク領域 (framework region: FR) をヒト由来としたもの。免疫原性はキメラ抗体よりもさらに低減する。
- トラスツズマブ (ハーセプチン®)
- ベバシツマブ(アバスチン®)
- 抗血管内皮細胞増殖因子 (VEGF) 抗体であり、大腸癌、非小細胞肺癌の治療に使用される。
[編集] ヒト抗体(語尾が〜umab)
ヒト抗体遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを用いて、完全なヒト型抗体の産生が試みられている。