外国語の日本語表記
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本項目では、外国語を日本語の表記システムである漢字および仮名に転写する際の一般的な方法を述べ、また、代表的な表記の揺れについて解説する。本項の目的はそれぞれの外国語の解説ではない。また、日本語表記に関する啓蒙・規範作りを目的とするものでもない。過去および現在日本語の両方を話す人たちの間で通用してきた日本語表記を整理して示すことにある。
なお、本項によってウィキペディアにおけるそれぞれの外国語を起源とする単語の表記方法を規定するものではない。ウィキペディアにおける外来語の表記基準についてはWikipedia:外来語表記法を参照されたい。
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[編集] 総論
日本語は元来文字を持たない言語であった。百済から漢字が伝わると表音的に用いられるようになり、漢字音を日本語および中国語以外の外国語にあて表記することが行われた。上代日本語の転写に漢字を用いた代表的な例として万葉仮名が挙げられる。またインドから伝来した語(ほとんどは仏教用語である)は、中国で漢字により音訳されたものが日本でもそのまま踏襲された。そのような語の例として、仏陀、阿羅漢、また仏教関係の人名などがある。
日本が交渉をもった国はながらく漢字文化圏の民族にのみ限られていたため、全般に中国語での漢字表記を踏襲する事が行われ、外国語の日本語表記は日本語の問題としてほぼ注目されずに来た。状況が変わるのは、16世紀にポルトガル人が来航し、ヨーロッパ文明と接触することが始まってからである。すでに表音文字として確立した仮名をもっていた日本では、ヨーロッパ起源の言葉を仮名で転写することが行われた。そのような語の例として、タバコ、ジャガタラ(ジャカルタ)、デウス、ハライソ(paraiso、天国)などがある。これは完全な転写ではなく、当時日本語で使われなかった P 音をは行音(当時は唇音を表した)に当てるなどの現象が行われた。この時代の文献をみると、外国語の転写には必ずしも現在のようにカタカナが使われたわけではなく、むしろ平仮名が多く使われる傾向があった。また漢字の音を借りた当てはめがあまりなかったことも特筆される。とはいえオランダに対する和蘭などの例もあり、またタバコに対する煙草などのように完全に意味のみに着目した、転写以外の表記法の適応も行われた。
その後鎖国が行われ外国語文化の流入は少なくなったが、蘭学などを通じて主にオランダ語を中心として外国語の単語の流入は続いた。しかし外国語の日本語表記が大きな関心を呼ぶのは幕末に開国して以後のことである。現在の外国語の日本語表記の慣習は、ほぼこの幕末の開国時から明治初期に確立している。このときの転写法は、外国語の固有音に配慮しつつ日本語の固有な音に置き換えることを主流とした。
その後、特に第二次世界大戦以後、英語文化の大きな影響を受け、また英語をはじめとする外国語学習が一部知識人だけでなく一般に普及した事により、原語音に忠実な表記が次第に広く浸透しつつある。しかし教科書や新聞など多くの人が読むことを前提とするものでは、現在も日本語に固有な音を重視する転写法が行われている。
[編集] 母音
5母音からなる日本語に、それより多い母音をもつ言語を転写するとき、どのような転写方法を取るかという問題が生じる。これには主に明治期にいろいろな試行錯誤が行われた。川柳「ギョエテとはおれのことかとゲーテいひ」はそのような日本語表記の混乱を題材にしたものである。
現在は次のような傾向が見られる。
- [a] 日本語のア行音へ転写。これは日本語のア音とは異なるが、日本人にとってあまり聞き分けられない音でもある。
- [æ]: 英語からの場合、/ja/とこれを聞いて「イ段音」+「ャ」と転写する場合が多い(英語 cat →「キャット」)。また、ア行音に転写する場合と、エ行音に転写する場合がある。ここから表記のゆれが生じることがある。
- [œ, ø] エ音に転写する(例:Göthe ゲーテ)場合(ドイツ語など)とウ段音に転写する(例:œuf ウフ)場合(主にフランス語)が多い。またヨに転写することがある。
- [y] 「イ段音」+「ュ」と転写する場合が多い。例:purée ピュレ
- t に連続する場合には「チュ」と「テュ」の両方の転写法がある。後者のほうが比較的新しい表記である。例:Tuebingen チュービンゲン/テュービンゲン
- 広口の e と狭口の e、どちらも「エ段音」で転写し、区別を設けない。
- [u] 日本語のウ音とは異なるが、ウ段音で転写する。ただし前の子音によって、特に /ju/ の場合、 [y] と同様に「イ段音」+「ュ」と転写される場合もある。短母音であるが、前後の音や母音へのアクセントによって長母音のように表記される事がある。例:wool ウール。music ミュージック
シュワーの転写には一元的な規則はない。原語の表記に引きずられた転写が行われる事が多い。ドイツ語の場合はエ、フランス語はウとするのが一般的である。
長短の対立がない言語の転写の場合でも、長音記号「ー」を用いることがある。これはアクセントなどにより長くなった母音を示すことが多い。しばしば表記ゆれの原因となる。
また二重母音の表記にはゆれがあり、表記ゆれの原因となる。例えば
- [eI] 多くエ段音に長音符号を付して転写する。エ段音+イで転写する場合もある。例:mail メール/メイル James ジェームズ/ジェイムズ
[編集] 子音
以下は日本語との際に着目したもので包括的な記述ではない。
- 一般に子音が後続母音を伴わず出現するときは、[n] [m] などンで転写される場合を除き、ウ段音に転写される。例:desk デスク、web ウェブ、frip フリップ
- ただし [t] および [d] はそれぞれオ段音であるト・ドで表記される。例:light ライト、drive ドライブ。
- [v] 明治期にワ行で転写された事があったが、現在新たに語を転写する場合には行われない(V あるいはヴを参照のこと)。バ行で転写される場合と、ウに濁音点をつけた、ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォを用いる場合がある。バ行で転写すると [b] との対立が失われるため、原音に忠実な表記を好むものはウに濁音点をつけた表記を好む傾向がある。
- とくにドイツ語からの転写で、[va]を「ワ」および「ウィ」「ウェ」「ウォ」に転写することは、古く入った語では定着している。例:ワイマール、ウィーン、ワーグナー ただし最近は特に人名で「ヴ」を用いた転写が行われる傾向にある。ヴァイマル、ヴァーグナー
- [f] フで転写される(日本語のフ音との違いはほとんど意識されない)。母音が連続する場合は、ウ行音で転写される母音を除き、母音を小さな字で書いて用いる。例:fancy ファンシー
- [m] 母音が後続する場合にはマ行で転写される。子音が単独で使われるときには多く「ン」で転写されるが、「ム」で転写されることもある。
- [s] 日本語の「シ」の子音は [s] ではないが、[si] の転写には一般にシが多く使われる。
- /ng/ 日本語の /N/ にも出現するが、転写においては「ング」とすることが好まれる。
- /ñ/ ニャ、ニ、ニュ、ニェ、ニョと表記されることがある。
- [θ]/[ð] サ行音およびザ行音で転写されることが多い。例:thank you サンキュー。子音が後続する場合には ス/ズ で転写されることが多い。例:through スルー。
- [r][l] ともにラ行音で表記される。つまった音を表現するために、イタリア語の転写などではルを小さく書いたもので転写することがある。例:ボッティチェルリ。
- [t] タ行音で転写されるが、[ti] の転写には表記ゆれが見られる。一般に古く入ったものは「チ」で、第二次大戦後に定着したものは「ティ」で転記される傾向にある。例:チーム (team)・ティーチャー (teacher)。
帯気音は通常帯気しない音との差異を転写では示さない。まれに前後に「ッ」などをつけて帯気を表すことがある。