小田晋
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小田晋(おだすすむ、1933年7月28日 -)は日本の精神科医、精神病理学者。岡山県出身。帝塚山学院大学教授、国際医療福祉大学名誉教授、筑波大学名誉教授。医学博士。
岡山県立岡山朝日高等学校、岡山大学医学部卒、東京医科歯科大学大学院医学研究科修了。
精神科医になった理由として、「たかじんドクターズ~そこまで病んで委員会」において田嶋陽子からカウンセリングを受けるという形式で対談した際、医者であった父親が第二次世界大戦の折に死亡し、母親からの強い勧めがあり家族を養う為に医者になったと述べていた。 また、本人の弁によると、本来は新聞記者・ジャーナリストを目指しており、当時NHKから誘いの声もあったが母親の強い反対により断念したという。
猟奇的な殺人事件が起きる度にマスコミからコメントを求められ、ニュース番組やワイドショーに頻繁に出演している。自ら「反人権派」を公言しており、犯人に対して痛烈な批判を行うため、その評価は賛否両論である。刑罰を厳しくすれば犯罪を防止できるという持論を展開しており、犯罪の原因を社会矛盾よりも犯人の人格に求める。とは言え、こうした考え方は犯罪精神医学に根強いものであるため、小田だけに限ったことではない。映画監督の山際永三が、その人権感覚を批判している。
ニートやひきこもりを同一視し、ただ普通の生活に戻れという保守的、守旧派的な主張もしている。それ故か最近ではテレビのワイドショーからの出演がほぼなくなっている。
[編集] 「人権派」批判について
小田が人権派を批判する時には、「暴走族友の会」「社会解体促進同盟」などの痛烈な造語を用いている。これは人権が強調され過ぎる余り、警察、学校、家族などが犯罪の芽を摘むことができなくなり、社会秩序が崩壊してしまうという考えに基づいている。
[編集] 同性愛を考察
同性愛について造詣が深く、性や犯罪が人間の心理にどんな影響を及ばすかについて『性と犯罪の心理』においても、様々な見地から同性愛を考察している。また、「欧米には以前からユダヤキリスト教の一部の思想とか、19世紀ドイツの衛生思想といったものがあり、同性愛は悪、とする考え方が特に教育者や医者に浸透していました。現在同性愛者の解放運動が盛んなのも、こうした強い抑圧が背景にあってのことなんです。 けれど、明治維新以前の日本は同性愛に寛容だったんです。明治時代の学者や教育者が、旧ドイツのプロイセンを手本として学んで以来、異常なものとしてみるようになっただけなんです。もともと、同性愛を悪だ、と考えていた欧米が容認に向かう中、昔から寛容だった日本人が今までも、同性愛を罪悪のように考えているとしたら、これは一種の東西のすれ違いの現象で、まことに皮肉なことだといわねばなりません。」、「同性愛者が罪悪感を持ったり、同性愛者を異端だと決め付けるのは大して意味のないことだと思います。」と述べている。
[編集] 関連項目
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