平徳子
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平 徳子(たいらの のりこ、久寿2年(1155年) - 建保元年12月13日(1214年1月25日))は、平清盛の次女で、高倉天皇の中宮。母は平時子。安徳天皇の国母。院号は建礼門院(けんれいもんいん)。建礼門院德子と呼ばれる。 「とくこ」は重箱読みのため正しくない。正しくは「のりこ」である。
1171年に高倉天皇の元に入内。1178年、言仁(ときひと)親王(安德天皇)を生む。1181年、高倉天皇の退位後、院号宣下により建礼門院と称する。1183年、源氏の進撃により平家一門とともに京を離れ、西国へ逃れる。1185年の壇ノ浦の戦いにおいて、安徳天皇らとともに入水するが、死ぬことができず源氏方に捕らえられた。戦後、捕虜として京に送られやがて出家して直如覚と号する。
その後、大原寂光院に入り、そこで残りの生涯をおくる。その悲劇的生涯から平氏滅亡のヒロイン的存在である。
[編集] 陵墓・霊廟
陵は寂光院内にある(宮内庁管轄)。また安德天皇とともに各地の水天宮で祀られている。
[編集] 演じた人物
- NHK大河ドラマ「源義経」 鳳八千代
- NHK大河ドラマ「新・平家物語」 山添三千代(現・香川三千)→佐久間良子
- NHK大河ドラマ「草燃える」 生田悦子
- NHK大河ドラマ「義経」 中越典子
- 映画「怪談」 村松英子
- 映画「壇の浦夜枕合戦記」 渡辺とく子
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