肺癌
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肺癌(はいがん、Lung cancer)とは肺に発生する、上皮細胞由来の悪性腫瘍。90%以上が気管支原性癌 (bronchogenic carcinoma) 、つまり気管・気管支、細気管支あるいは末梢肺由来の癌である。WHOの試算[1]では、肺癌による死亡者数は全がん死の17%を占め最も多く、世界中で年間130万人ほどがこの疾患で死亡している。日本では2005年の統計で、全がん死の19%を占め、男性では全がん死の中で最も多く、女性では大腸癌(結腸がんおよび直腸がん)・胃癌に次いで3番めを占めている[2]。
肺癌のデータ | |
ICD-10 | C33-C34 |
統計 | 出典: |
世界の患者数 | |
世界の死亡者数 | 1,300,000人 (2005年)[1] |
日本の患者数 | 67,890人 男性48,184人 女性19,706人 (2000年)[3] |
日本の死亡者数 | 62,063人 男性45,189人 女性16,874人 (2005年)[2] |
学会 | |
日本 | 日本肺癌学会 |
世界 | 世界肺癌学会 |
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肺内の気道粘膜の上皮は、たばこの成分などの、発癌性物質に曝露されると速やかに、小さいながらも変異を生じる。このような曝露が長期間繰り返し起こると、小さな変異が積み重なって大きな傷害となり、遂には組織ががん化するに至る。腫瘍が気管支腔内へ向かって成長すれば気道は閉塞・狭窄し、場所と程度によってはそれだけで呼吸困難を起こす。気道が完全に閉塞すれば、そこより末梢が無気肺となり、細菌の排出が阻害されることにより肺炎を生じやすくなる(閉塞性肺炎)。また、腫瘍の血管はもろく出血しやすいため、血痰を喀出するようになる。一方、気管支の外側への腫瘍の成長は、他の臓器に転移するまでは、それ自体による身体的症状を起こしにくい。
肺癌の一般的な症状は、血痰、慢性的な激しい咳、喘鳴、胸痛、体重減少、食欲不振、息切れなどであるが、進行するまでは無症状であることが多い。
目次 |
[編集] 組織型
肺癌の確定診断には、病理医の手で顕微鏡標本による細胞病理組織診断が行われる。ほとんどの肺癌は、小細胞癌(Small cell lung cancer; SCLC ―― 肺癌の約20%)か非小細胞癌(Non-small cell lung cancer; NSCLC ―― 肺癌の約80%)の、主な2つの型に属する。この分類は、腫瘍細胞の大きさという、実に単純な病理形態学的診断基準によるものでありながら、疾患の治療法や予後に大きく関わってくる。
[編集] 小細胞癌
小細胞肺癌は肺癌の20%程度を占める。喫煙との関連性が大きいとされ、中枢側の気管支から生ずることが多い。悪性度が高く,急速に増大・進展し、またリンパ行性にも血行性にも早いうちから他の臓器に転移しやすいため、発見時すでに進行がんである事が多い。がん遺伝子としては L-myc が関わっている。免疫染色によるマーカーの同定や電子顕微鏡撮影により、カルチノイドなどど同じく神経内分泌上皮由来であることがつきとめられている。転移が見られることが多いため、化学療法、放射線療法が行われることが多い。放射線療法、化学療法に対して比較的感受性があるものの、多くは再発するため予後はあまり良くない。しばしばランバート・イートン症候群(Lambert-Eaton syndrome; LEMS)などの傍腫瘍症候群を合併する。 血液検査では、ProGRPや神経特異的エノラーゼ (NSE) が腫瘍マーカーとなる。
[編集] 非小細胞癌
[編集] 肺扁平上皮癌
肺扁平上皮癌(はいへんぺいじょうひがん、Squamous cell carcinoma)は、気管支の扁平上皮(厳密には扁平上皮化生した細胞。生理的には、正常な肺のどこにも扁平上皮は存在しない)から発生する癌。喫煙との関係が大きく、中枢側の気管支から生ずることが多い。喀痰細胞診では、パパニコロウ染色にて扁平上皮細胞から分泌されたケラチンがオレンジに染まることが特徴的である。病理組織学的検査では、扁平上皮細胞の球から内側に分泌されたケラチンが纏まり真珠のように見られることがあり、癌真珠とよばれる。 血液検査ではSCC、 シフラ (Cyfra) が腫瘍マーカーとなる。
[編集] 肺腺癌
肺腺癌(はいせんがん、Adenocarcinoma)は、肺の腺細胞(気管支の線毛円柱上皮、肺胞上皮、気管支の外分泌腺など)から発生する癌。発生部位は肺末梢側に多い。喫煙とも関連するが、非喫煙者の女性に発生する肺癌は主にこの型である。 病理組織学的検査では、がん組織が腺腔構造(管腔構造)を作っていることが特徴的である。血液検査ではCEA(癌胎児性抗原)、SLX(シアリルルイスX抗原)などが腫瘍マーカーとなる。
- 細気管支肺胞上皮癌
- 細気管支肺胞上皮癌(さいきかんしはいほうじょうひがん、Bronchioloalveolar carcinoma; BAC)は肺腺癌の亜型で、形態学的に細気管支上皮・肺胞上皮に類似した高分化腺癌である。全肺癌の3-4%を占める[4]。他の非小細胞肺癌と比較すると若年者、女性に多く、進行は比較的緩徐で喫煙との関連が薄い[5][6]。
[編集] 肺大細胞癌
肺大細胞癌(はいだいさいぼうがん、Large cell carcinoma)は、扁平上皮癌にも腺癌にも分化が証明されない、未分化な非小細胞癌のことである。発育が早く、多くは末梢気道から発生する。
[編集] その他の肺原発上皮性悪性腫瘍
カルチノイド (carcinoid tumor) 、円柱腫 (cylindroma) 、粘表皮癌 (mucoepidermoid carcinoma) など。
[編集] 転移性肺がん
全身から右心系に集まってきた血液が肺へ送られるため、血行性転移の好発部位となる。ただし、通常、「肺癌」といった場合、転移性肺癌は含まない。
[編集] 原因
人々が癌に罹患する四大原因を示す。
喫煙は、多くは紙巻タバコであるが、癌の最も大きな原因と考えられている。また、予防が容易な疾患であると、近年の学説では考えられている。80%の肺癌が喫煙に由来すると見積もられており、紙巻タバコの煙には、ベンゼンなど百以上もの発癌性物質が含まれている。1日の喫煙量が多いほど、また喫煙期間が長いほど肺癌に罹患する可能性は増大する。喫煙を停止すれば、肺の損傷は修復されて着実に発癌の可能性は減少する。
受動喫煙は、他の人の喫煙の副流煙を吸引することで、非喫煙者の肺癌原因の多くの部分を占めると確認されている。1993年に米国環境省 (US Environmental Protection Agency; EPA) は毎年約3000人が受動喫煙により肺癌で死亡していると結論づけているが、その真偽については科学者の間の論争となっている。
アスベストは中皮腫の主たる原因であるが、肺癌の原因でもある。石綿工場に従事、船舶の建造に従事(壁材としてアスベストが用いられていた)、もしくはその近隣に居住歴がある場合は高危険群である。
ラドンは無味無臭のガスで、ラジウムが壊変すると発生する。ラジウム自身はウランの壊変生成物であり、地殻中で発見される。ラドンは喫煙に次ぐ二番目に大きい原因と考えられており、その放射は遺伝子を電離させ、場合によっては癌に至る突然変異を引き起こす。ラドンガスの濃度レベルは生活している場所によって異なり、坑道や地下室では高濃度で残留する。英国のコーンウエルのような地方では、ラドンガスは肺癌の主原因である。(坑道内の)ガスはファンを装備することで追い出すことが出来る。米国環境省の見積もりでは、(地下室などのある住居の)15軒の内1軒は受容基準レベルを超える濃度になっているといわれている。
癌遺伝子はがんに感受性の高い人々がもっていると考えられている遺伝子である。前がん遺伝子は、発がん性物質にさらされると、癌遺伝子になると考えられている。ウイルスもヒトの癌の発生に関与している。同様な連携は動物を使って、証明されている。
[編集] 検査
肺癌は、検診等で偶然撮影した、あるいは何か症状があって撮影した胸部レントゲン写真・CTで異常影が認められ、疑われることが多い。肺癌の検査には、胸部異常影が肺癌であるかどうかの確定診断のための検査と、肺癌の病期(広がり)を決定し治療方針を決めるための検査がある。
- 血液検査
- 腫瘍マーカー (CEA, SCC, CYFRA, ProGRP, NSEなど) の高値は癌が存在する可能性を示唆する。また、治療後の効果を推定する補助となり得る。
- 喀痰検査
- 喀痰細胞診で癌細胞が検出されれば、肺癌の可能性が非常に高い。
- 胸部CT
- 肺腫瘤がスピクラ (spicula) 、胸膜陥入像、ノッチを伴う場合、肺癌の可能性が高い。また肺門・縦隔リンパ節転移の有無、胸水の有無は肺癌の病期確定に関与する。
- ポジトロン断層法(PET)
- 核種で標識したブドウ糖を点滴静注し (18FDG-PET)、その集積をみることで肺腫瘤が癌かどうか、リンパ節および全身に転移がないかどうか推定できる。
- 脳MRI、骨シンチグラフィー
- それぞれ脳転移、骨転移の有無をみる。
- 気管支鏡検査 (bronchoscopy)
- 気管支鏡にて中枢気管支を観察し、生検を行う。ただし、気管支鏡は太さが4-6 mm 程度あるため挿入できる範囲が限られ、肺癌が肺末梢に存在する場合異常を観察できないことが多い。その場合、経気管支生検 (Transbronchial biopsy; TBB)、経気管支擦過細胞診、気管支洗浄などで肺末梢から検体を採取し、肺癌の確定診断を行う。
- 経皮肺針生検
- CTを撮影しながら針を直接経皮的に肺腫瘤に突き刺し生検を行い、病理学的に確定診断を行う。
[編集] 治療
肺癌の治療はその癌の増殖状態と患者の状況(年齢など)に依存する。普通実施される治療は、外科手術、化学療法そして放射線療法である。
小細胞癌と非小細胞癌では、治療方針が大きく異なる。
小細胞肺癌では、stage I期(リンパ節、周囲臓器への浸潤及び転移が認められない)に限っては手術療法が検討されるが、基本的には化学療法、放射線療法が主体である。
非小細胞肺癌では、stageIIIa期までは手術療法が検討される。一方、それ以上の臨床病期では手術の適応となることは乏しく、化学療法、放射線療法が治療の主体となる。
高齢、内科的合併症などにより手術不能非小細胞癌に対しては、放射線治療が標準治療として行われてきた。
合併症による手術不能I期非小細胞肺癌に対し、先端医療技術としてラジオ波焼灼術 (Radiofrequency Ablation) や定位手術的放射線治療 (Stereotactic Radiotherapy)、粒子線治療 (Ion Beam Therapy) を施行する施設もある。一部の報告では、低侵襲で、手術療法に匹敵する成績が報告されている。しかし、長期成績や、臨床試験の成績報告は乏しく、今後の手術療法との比較の臨床試験の結果が待たれる。
[編集] 傾向
肺癌は喫煙歴がある、50才代のグループにもっとも多く見られる。西側諸国では、肺癌は癌患者数の第二位に位置し、男性でも女性でもがん死のトップである。2001年にはおおよそ169,500名の新規肺癌患者が発見され、その内訳は男性が 90,700名、女性が 78,000名である。 西側諸国では男性の肺癌死亡率は低下傾向であるが、女性の喫煙者グループの増大とともに肺がん死も増加している。
[編集] 予防
対費用効果の高い肺癌対処法として、予防計画が地域単位更には地球規模で策定されている。少なからぬ国家において、喫煙が許される場所を制限しているが、それでもなお様々な場所で喫煙が行われているのが実情である。喫煙の除去は肺癌予防のための闘いの第一目標であり、おそらく分煙はこのプロセスにおいて最も重要な予防策である。
検診は重要であり且つ実施も容易なことから、肺癌予防の2番目の目標として検診の種々の試みがなされている。単純胸部X線撮影と喀痰検査は肺癌の早期発見には効果がなく、癌死を減らす結果につながらない。
しかし、2003年9月にLancet誌には期待される検診が掲載された。スパイラルCT(ヘリカルCTの項に詳しい)はヘビースモーカーなど高リスク群の早期肺癌発見に効果がある。[7]
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ^ a b WHO Fact sheet N°297
- ^ a b 平成17年人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課)
- ^ 厚生労働省科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研究事業「がん罹患・死亡動向の実態把握の研究」班
- ^ Read WL, Page NC, Tierney RM, et al. "The epidemiology of bronchioloalveolar carcinoma over the past two decades: analysis of the SEER database." Lung cancer, 45, 2006, p.p. 137-142. PMID 15246183.
- ^ Barkley JE, Green MR. "Bronchioloalveolar carcinoma." Journal of Clinical Oncology, 14, 1996, p.p. 2377-1286. PMID 8708731.
- ^ Liu YY, Chen YM, Huang MH, et al. "Prognosis and recurrent patterns in bronchioloalveolar carcinoma." Chest, 118, 2000, p.p. 940—947. PMID 11035660.
- ^ Early lung-cancer detection with spiral CT and positron emission tomography in heavy smokers: 2-year results.Lancet 2003; 362: 593-97.