本成寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
本成寺(ほんじょうじ)は、新潟県三条市西本成寺にある法華宗陣門流の総本山。山号は長久山。初祖は日朗、開山は日印。
目次 |
[編集] 概要
主に東日本・東海地方に寺院・檀信徒を持つ法華宗陣門流を統括する。総本山の他別院として本禅寺(京都府京都市上京区)、本妙寺(東京都豊島区)、本興寺(静岡県湖西市)、本法寺(富山県富山市)また霊跡別院として蓮着寺(静岡県伊東市)を擁する。
毎年2月3日に本堂で行われる鬼踊りは有名で、日本三大鬼踊りの一つとされる。これは節分大祈願会の行事で、戦国時代、本成寺の僧兵と農民が協力して戦乱を収めた故事にちなんだもので、 赤鬼、青鬼、黄鬼、緑鬼、黒鬼、三途川婆(そうずかば)が登場し鋸、斧等を振りかざすも、年男・年女が豆を投げて退散させ、一年の平安を祈願するという行事である。
[編集] 沿革
- 1297年(永仁5年)に日朗(初祖)(六老僧)の弟子日印(鎌倉殿中問答の勝者)により建立される。
- 南北朝時代、上杉氏(藤原北家の流れ)から出家した日静が越後国三条本成寺の主となったが、鎌倉上洛の折、本成寺を弟子の日陣(門祖)に本成寺(越後国三条)を、日伝に京本圀寺を譲った。日陣は日伝(六条門流)と別れ、京での法華経信仰布教のため、京別院として本禅寺(洛中法華21ヶ寺)を別に創建。以後、越後国三条本成寺は日陣門流の中心となった。
- 1872年(明治5年)明治政府の指導により、日蓮門下の諸門流は日蓮宗を形成したが、教義の違いから1874年(明治7年)日蓮宗一致派と日蓮宗勝劣派に分裂。本成寺は勝劣派に属するが1876年(明治9年)勝劣派は各門流に分裂し、日陣門流は本成寺派を公称した。
- 1898年(明治31年)に本成寺派は法華宗と改称。
- 1951年(昭和26年)法華宗陣門流と公称し現在に至る。
[編集] 所在地
[編集] 交通アクセス
[編集] 外部リンク
カテゴリ: 仏教関連のスタブ項目 | 法華系仏教 | 新潟県の寺