毒ガス
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毒ガスとは動物に対して有害なガスのうち、兵器として使用されるもの。兵器として使用されないものや自然発生するもの等は有毒ガスなどと呼ばれ区別されるのが普通である。対象は人間に限らず、軍馬・軍用犬・伝書鳩などに対しても使用されることがある。一般に毒『ガス』と総称されるが実際には常温・常圧では液体や固体の物も多く、これらの物は霧状や微粉末にして散布したり、砲弾や爆弾に充填して爆発の衝撃で飛散させることによって兵器としての効果を発揮させる。ミサイルやロケット弾の弾頭、さらには地雷や手榴弾に充填させる方法で使用されることもある。
兵器として人類史上初めて使用された毒ガスは、ペロポネソス戦争でスパルタ軍が使用した亜硫酸ガスであるといわれている。
近代以降では、1915年4月22日、第一次世界大戦のイープル戦線でドイツ軍が使用した塩素ガスが最初である。
第二次世界大戦では、中国大陸で嘔吐剤が日本軍によって多く使用された。
検知手段としてはカナリアなどの毒物に敏感な小鳥を使う方法が用いられる。オウム真理教のサリン散布事件が示す様に、ある程度の化学的知識と市販の試薬とで合成可能である事から、人口密集地におけるテロの発生が危惧されており、対策が急がれている。
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[編集] 日本軍の毒ガス使用
日中戦争中、旧日本軍では嘔吐性のくしゃみ剤ジフェニルシアノアルシンが多く用いられた。このガスは被毒により咽喉、粘膜に激しい刺激を覚え、20分から30分の間完全に戦闘不能の状態にする。その後は回復するが、1942年5月27日に行われた定県北垣村の例のように地下道など密封され濃度の高い状態では、多くの致死者がでる可能性もある。毒ガス攻撃後すぐの突撃で無抵抗な敵軍兵を容易に殺傷することができ、大きな戦果を上げることができた。城砦・陣地など攻略が困難な場合や撤退戦、圧倒的に不利な戦闘などで多用され、効果を挙げた。
マスタードガス(イペリット)・ルイサイト・青酸などの致死性の毒ガスは、1939年華北で実験的に使用されたもの、後に実戦で使用されたものなど少数例の資料が残る。
太平洋戦争勃発後の太平洋戦線では、報復を恐れ毒ガス戦は抑制された。窮地に立たされた日本軍将兵が小規模で青酸を使用するなど数例が知られている(そのうちのいくらかはアメリカ軍資料にも見られ、散発的な使用で司令部の命令による組織的な使用ではなく、報復するに十分な国際法的正当性が得られないとされた。アメリカは当時毒ガス使用を禁止する条約などに参加しておらず、自由に毒ガスを使用できる立場にいたが、ドイツ戦線での毒ガス戦誘発を恐れて慎重であった)。
毒ガスの使用禁止を決めたジュネーブ議定書ののち、イギリスが各国に催涙性のガスも毒ガスに含まれるのか各国の見解を問い合わせた際、日本の外務大臣は「戦闘員を無力化して容易に殺傷できる催涙ガスは残虐であり、議定書の趣旨の毒ガスの範囲に含まれる」という回答を送っている。催涙性のガスであっても、戦闘に用いられた場合、非人間的である。
[編集] 毒ガスの種類
- ()内はアメリカ陸軍での記号
- 窒息剤
- ホスゲン(CG)
- 神経剤
- 血液剤
- びらん剤
- 催吐剤
- アダムサイト(DM)
- くしゃみ剤
- ジフェニルシアノアルシン(DC)
- ジフェニルクロロアルシン(DA)
- 催涙剤
- ブロモベンジルシアニド(CA)
- クロロアセトフェノン(CN)
- 2-クロロベンジリデンマロノニトリル(CS)
- ジベンゾ-1,4-オキサゼピン(CR)
- (上記の物以外にも多くの種類が存在しており、また新しい毒ガスの研究開発は今日も行なわれている。)
- (催吐剤、くしゃみ剤、催涙剤は「無能力化剤」とも呼ばれ、兵器(軍用)として以外にも警察の機動隊が暴徒鎮圧に使用すること等がある。また、特に催涙剤は護身用・防犯用の催涙スプレーとして一般人に対しても市販されていることがある。)
[編集] 関連項目
[編集] 参考資料
- アンソニー・トゥ『中毒学概論ー毒の科学ー』(じほう、平成11年)
- アンソニー・トゥ『化学・生物兵器概論 基礎知識、生体作用、治療と政策』(じほう、平成13年)
- (財)日本中毒情報センター『改訂版 症例で学ぶ中毒事故とその対策』(じほう)
- 内藤裕史『中毒百科 改訂第2版』(南江堂、2001年)