萩原美樹子
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萩原美樹子(はぎわら みきこ、1970年4月17日-)は福島県福島市出身の元プロバスケットボール選手、バスケットボール指導者である。ニックネームは王様の「オー」。
[編集] 経歴
蓬莱小学校4年生の時に、バスケット選手だった父の影響でミニバスケットボールを始める。福島女子高校時代には、インターハイ、国体ともに2回出場した。
卒業後の1989年に共同石油に入社。1993年から4年連続で得点王に輝いた。また、入社と同時に全日本入りを果たし、1996年のアトランタオリンピックに出場した。
1997年には、日本人では初めてWNBAドラフトで2巡目全体14位指名を受けサクラメント・モナークスに入団、日本人初のWNBA選手としてプレーした。シーズン途中にフェニックス・マーキュリーに移籍。もちろん、日本人で初めてWNBAでの移籍を経験した選手である。2年目のシーズン途中に再び故障者リストに入り退団を決意、帰国後はジャパンエナジーに復帰し1999年1月に全日本総合選手権で優勝した後、選手生活を終えた。
2004年のアテネオリンピックではバスケットボール女子チームのアシスタントコーチを務める。2005年、女性初の全日本監督に白羽の矢が立ったが辞退。
現在はジャパンエナジーCSR推進部に所属する一方、早稲田大学大学院で学び、早稲田大学女子バスケットボール部ヘッドコーチも務める。