裁判官弾劾裁判所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
裁判官弾劾裁判所(さいばんかんだんがいさいばんしょ)とは、裁判官訴追委員会の訴追を受け、裁判官を罷免するか否かの弾劾裁判を執り行う日本の国家機関である。一度罷免した裁判官は弁護士となる資格を失うが、これに対し再び弁護士等の法曹資格を回復させるべきかも判断する。
目次 |
[編集] 裁判官弾劾裁判制度と裁判官弾劾裁判所
日本国憲法において裁判官の独立を保障する観点からその身分は手厚く保障されており、罷免される場合は以下の3点に限定されている。
- 心身の故障のために職務を行うことができないと決定されたとき(裁判官分限裁判)
- 公の弾劾によるとき
- 国民審査において、投票者の多数が罷免を可とするとき(最高裁判所裁判官のみ)
上記のうち「公の弾劾」を行う機関として国会に設置されているものが、裁判官弾劾裁判所である。制度趣旨としては、公正な判断を確保するために司法裁判所による同輩裁判を避ける必要があること、国民による公務員の選定罷免権を保障するためにその代表である国会議員に任せるべきこと等が挙げられる。
弾劾裁判に関する詳細な事項は、国会法(125条から129条まで)と裁判官弾劾法に規定されている。
裁判官弾劾裁判所による裁判官の罷免事由は以下の2つに限定されている。ただし、曖昧な表現による基準なので、具体的にどのような事案があてはまるのか不明確であると批判されるところである。
- 職務上の義務に著しく違反し、または、職務を甚だしく怠ったとき
- 裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき
- なお、罷免事由に至らない非行は、懲戒処分(裁判官分限法に基づき、裁判により行われる。)の対象となりうる。
[編集] 組織
裁判官弾劾裁判所は、14人の裁判員によって構成される。裁判員は衆議院及び参議院の各議院からそれぞれ7人の議員が選任される。裁判長は、裁判員が互選する。
裁判官弾劾裁判所は、国会に設置されるが、国会から独立して職務を行う常設機関である。そのため、国会閉会中でも活動できる。
なお、この機関の名称は、憲法と国会法では単に「弾劾裁判所」としているが、裁判官弾劾法は「裁判官弾劾裁判所」としており、公にはこの名称が使われている。
裁判官弾劾裁判所の下には、事務局が置かれている。事務局の職員の定数や任命については、裁判官弾劾裁判所の裁判長が衆参両議院の議院運営委員会の承認を得て行う(裁判官弾劾法第18条)。裁判官弾劾裁判所参事は、主に参議院事務局の出向者と最高裁判所からの出向者と裁判官弾劾裁判所の独自採用による。
裁判官弾劾裁判所は小規模な機関であるため、法廷等の施設は参議院の施設に附属して設けられている。現在の所在地は、東京都千代田区永田町1-11-16 参議院第二別館内南棟9階。なお、裁判官訴追委員会は衆議院の施設に附属して設けられている。
[編集] 裁判官弾劾裁判の手続
[編集] 訴追
裁判官弾劾裁判所への訴追は、弾劾裁判所と同様に国会に置かれ、国会議員によって構成される裁判官訴追委員会によって行われる。
訴追委員会は、裁判官について、国民や最高裁判所から訴追の請求があったとき、または、罷免事由があるかもしれないと自ら判断したときは、その事由を調査しなければならない。訴追の請求は、裁判官に罷免事由があるかもしれないと判断した場合は誰でも(国民でなくとも)できる。また、最高裁判所はそのような場合は必ず請求しなければならない。
調査のあと、訴追委員会は非公開の議事を行い、訴追、不訴追、訴追猶予のいずれかを決定する。議決は、出席委員の過半数で決するが、訴追と訴追猶予の決定をするには、出席委員の3分の2以上の多数決が必要である。この訴追委員会の決定に対しては、司法裁判所の裁判権は及ばない。
訴追の決定をした場合は、裁判官弾劾裁判所に対し、書面(訴追状)によって罷免の訴追をする。
[編集] 弾劾裁判
弾劾裁判の審理は、公開の口頭弁論手続によって行われる。罷免の訴追を受けた裁判官は、弁護人を選任できる。訴追委員会の委員長(または委員長が指定した委員)は公判審理に立ち会う。
証拠調べを経て、判決が下される。裁判は、審理に関与した裁判員の過半数で決するが、罷免の裁判をするには3分の2以上の多数決が必要である。理由を記した裁判書の作成が必須だが、それとは関係なく、罷免の裁判の宣告によって直ちに罷免の効果が生ずる。刑事裁判と異なり上訴の制度がないので、即時に裁判が確定するのである。また、この裁判については、当然、司法裁判所に裁判権はない。
[編集] 資格回復の裁判
次の事由がある場合は、本人からの請求により、弾劾裁判所は資格回復の裁判を行う。
- 罷免の裁判の宣告の日から5年を経過し、資格の回復が相当な事由があるとき
- 罷免の事由がないことの明確な証拠をあらたに発見したなど資格の回復が相当な事由があるとき
資格回復の裁判がされると、罷免の裁判によって失った資格を回復する。
[編集] 過去に行われた裁判官弾劾裁判
過去に7例ある。
訴追日 | 判決日 | 氏名 | 当時の役職 | 主な訴追事由 | 判決 |
---|---|---|---|---|---|
1948年7月1日 | 1948年11月27日 | 天野シュン一 | 静岡地裁浜松支部判事 | 1週間無断欠勤 | 不罷免 |
1948年12月9日 | 1950年2月3日 | 寺迫道隆 | 大月簡裁判事 | 知人への家宅捜索示唆 | 不罷免 |
1955年8月30日 | 1956年4月6日 | 高井住男 | 帯広簡裁判事 | 略式命令請求事件失効 | 罷免 |
1957年7月15日 | 1957年9月30日 | 寺迫道隆 | 厚木簡裁判事 | 当事者から酒食の提供 | 罷免※ |
1977年2月2日 | 1977年3月23日 | 鬼頭史郎 | 京都地裁判事補 | 首相への偽電話 | 罷免※ |
1981年5月27日 | 1981年11月6日 | 谷合克行 | 東京地裁判事補 | 破産管財人からの物品供与 | 罷免※ |
2001年8月9日 | 2001年11月28日 | 村木保裕 | 東京地裁判事 | 児童買春 | 罷免 |
- ※ 後に資格回復の裁判によって法曹資格を回復