駅馬車
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駅馬車 Stagecoach |
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監督 | ジョン・フォード |
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製作総指揮 | ウォルター・ウェンジャー |
製作 | ジョン・フォード |
脚本 | ダドリー・ニコルズ |
出演者 | ジョン・ウェイン |
音楽 | ボリス・モロース |
撮影 | バート・グレノン レイ・ビンガー |
編集 | オソー・ラヴァリング ドロシー・スペンサー |
公開 | 1939年2月15日 ![]() 1940年6月19日 ![]() |
上映時間 | 96分 |
製作国 | アメリカ |
言語 | 英語 |
制作費 | $531,300 |
allcinema | |
IMDb | |
『駅馬車』(Stagecoach)は、1939年のアメリカ映画。アメリカの西部劇映画として歴史に残る作品である。
原作はアーネスト・ヘイコックスの短編小説『ローズバーグ行き駅馬車』(ハヤカワ文庫「駅馬車」/井上一夫訳)。それをジョン・フォード監督が、ジョン・ウェインを主役に据えて、スクリーンの中に観客を魅了するために何が必要かということを考えて、そのほぼすべてを盛り込んだ、典型的なウェスタン。
西部劇のバイブルと言われる、アメリカ映画史に燦然と今も輝く金字塔。ジャンルとしては西部劇だが実際には駅馬車に乗り合わせた人々の人間模様を描きつつ、終盤にはアパッチ襲撃と決闘という二つのクライマックスが待ち構えるという風に、99分という短い時間の中に映画の全てが込められている。
映画評論家淀川長治が、東宝映画の宣伝部勤務になって最初に担当した作品でもある。
アルコール依存症気味の医者を演じたトーマス・ミッチェルが「風と共に去りぬ」が多くの主要部門で受賞した1939年のアカデミー賞で、助演男優賞を獲得した(ミッチェルはその「風と共に去りぬ」ではスカーレット・オハラの父の役を演じていた)。
なお、原住民(インディアン)に対する差別的な描写から、近年ではアメリカ国内での上映・放送は難しくなっている。「風と共に去りぬ」も(黒人への)差別的な描写ゆえに公共の場所での上映・放送は禁止されている。
目次 |
[編集] ストーリー
[編集] キャスト
- ジョン・ウェイン・・・・・・リンゴ・キッド
- クレア・トレヴァー・・・・・・ダラス
- トーマス・ミッチェル・・・・ブーン医師
- ジョージ・バンクロフト・・・カーリー保安官
- アンディ・ディバイン・・・・バック
- ルイーズ・プラット・・・・・ルーシー・マロリー
- ジョン・キャラダイン・・・・ハットフィールド
- ドナルド・ミーク・・・・・・ピーコック
- バートン・チャーチル・・・・ゲートウッド
- トム・タイラー・・・・・・・ルーク・プラマー
- ティム・ホルト・・・・・・・騎兵隊中尉
[編集] 駅馬車定跡
この映画のイメージからとって、駅馬車定跡と呼ばれる将棋の定跡がある。1948年に、塚田正夫名人(当時)と升田幸三八段(当時)の五番勝負・第4局で指されたのが最初とされる。 その定跡は、相掛かり相腰掛け銀から、先手が▲2六飛と手待ちをしたのをとがめ、角交換から一直線の攻め合いになるものである。駒が次々中央に集まってくる様子が、当時人気があった「駅馬車」のラストシーンを思い出させるということで、この名前がついた。
[編集] 関連項目
- インディアン
- 西部開拓史
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