アメリカ帝国
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アメリカ帝国( - ていこく)は、アメリカ合衆国の国際的な軍事的・政治的・経済的・文化的影響力、とりわけ軍事的に支配力や領土を拡張しようとする同国のあり方を象徴的に表現するときに用いられることがある用語。本来、帝国とは、皇帝が統治する国を意味するが、マルクス・レーニン主義における帝国主義の語意から派生し、植民地主義であると主張される国家について「帝国」と呼ぶことがある。現代における用法としては、さらに拡張され、近代の植民地・帝国主義を超え、世界秩序をコントロールする立場にあるとみなされた大国に対して、かつてのローマ帝国に準えるなど、揶揄的な意味を込められて用いられることが多い。
俗語で、一部のアメリカに対して極端に批判的な国を除き公的な場で用いられることはない。日本語で米帝と略称されることもある。
軍事関連の分野では、同国の干渉として著名な1965年のドミニカ侵攻、1983年のグレナダ侵攻、1989年のパナマ侵攻のほか、非軍事的な干渉としてキューバのフィデル・カストロ暗殺計画や1961年のCIAが援助して引き起こしたとされる反革命傭兵軍上陸事件(ピッグズ湾事件)やトンキン湾事件において、同国を批判する際よく用いられてきた用語だが、これらに留まらず、類似した事件や、特に中央アメリカ諸国の政治体制への介入などにも用いられる。
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[編集] アメリカの帝国主義
スペイン・イギリス・フランスなど他の多くの強力な西洋諸国と異なり、アメリカはその歴史の初期では帝国主義的拡張や征服に参加した国ではなかった。アメリカが帝国主義へと変化したのは米西戦争以降で、これは部分的にはヨーロッパ・スタイルの領土拡張主義に興味を持っていたアメリカの政治家およびビジネスマンによって引き起こされたものである。戦争の後に、敗北したスペイン王国は、そのほとんどの植民地をアメリカへ譲ることに合意した。
以下のリストは、ある時期、あるいはそれ以上の期間にわたって「アメリカ帝国」の一部、つまりアメリカに併合され、しかも独立国家の地位や自治は与えられなかった植民地であった地域を並べたものである。
- アラスカ (1867年 - 1959年)(現在は米国の州)
- グアム (1898年 - )(現在は米国の準州)
- フィリピン (1898年 - 1946年)(現在は独立国)
- プエルトリコ (1898年 - 1952年)(現在は米国の自由連合州)
- キューバ (1899年 - 1909年)(現在は独立国)
- ハワイ (1899年 - 1959年)(現在は米国の州)
- アメリカ領サモア (1900年 - )(現在は米国の準州)
- パナマ運河地帯 (1903年 - 1999年)(現在はパナマに返還)
- ドミニカ共和国 (1916年 - 1922年)(現在は独立国)
- アメリカ領ヴァージン諸島(1917 - ) (現在は米国の準州)
- 太平洋の信託統治領諸島 (1944年 - 1990年)(現在は3つの独立国:マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオおよび1つの米国の自由連合州:北マリアナ諸島)
さらにリベリアのような奇妙なケースもある。この国の設立はある程度までアフリカに送還された(帰還した)アメリカの解放奴隷によってなされた。
アメリカの旧植民地の多くはその後、独立した国家、アメリカ合衆国の州あるいは準州、自由連合州になった。
[編集] 現代の用法
今日、多くの考えるアメリカ帝国は帝国主義や植民地主義の歴史的な定義・用法には適合していない。しかし、アメリカの影響は従来と異なった慎重な (discreet) 形を呈している。
アメリカの軍事的勢力はそれだけで息をのむほどであり、影響力のあるものである。「ナショナル・インタレスト」の「アメリカ帝国―現在と将来」 によれば、アメリカは世界中のおよそ130カ国において、アメリカの軍人によって配置された750の軍事基地あるいは施設を保持している。
またアメリカは冷戦期以来現在に至るまで、世界各国の紛争に介入し陰に陽に軍事的・経済的支援による親米政権の樹立を目指してきたと言われる、だとすれば、これは伝統的帝国主義における間接統治形態そのものである。このようなアメリカのやり方はしばしば裏目に出る事もあり、サッダーム・フセインやアルカーイダのような造反者を生むこととなる。
「アメリカ帝国」という用語は、ほとんどの国家の中でのアメリカの軍事的、文化的存在を擬人化するために、軽蔑的な表現として使用される。『アメリカ帝国 (American Empire)』の著者、アンドリュー・J・ベースヴィッチ元陸軍大佐 は、冷戦終結後になってアメリカが帝国のように行動し始めていると述べている。
アメリカ内の多くの愛国主義的な政治家、学者および政府支持者たちは、すべての意味においてアメリカは帝国であり、またあるべきと主張する。これは、保守主義者が作成したレーガンの“アメリカ新世紀プロジェクト”によって例証される(これは2003年のイラク戦争の決定後に影響力をもつようになった)。PNACの原則 (PNAC's principles) の中では以下のように述べられている。
- 我々は、我が国の「安全・繁栄・原則」に役立つ国際的な秩序の保存および拡張における、アメリカのある特定の役割に対して、責任を持つ必要がある。[1]
しかしながら、この見方に反対する者の多くは多様性を尊重していて、世界中のすべての国家の間の「バランス」、「均等」、「相互の尊敬」および「調和」を維持するために、超大国単独支配の考え方を拒絶している。ノーム・チョムスキーは早くから指摘していたが、2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、このような指摘は増えてきている。特に元CIAテロ対策担当者だったマイケル・ショワー (Michael Scheuer) が2004年7月15日に匿名で出版した『帝国の傲慢』は、大きな衝撃を与えた[2]。
ソ連崩壊後、米国に対抗し得る大国は存在していなかったが、近年に於けるBRICsの急成長はアメリカ帝国の地位を脅かしている。また、米国自体もイラク戦争の失敗等によって世界中に反米感情が広まった事で国際的な影響力を低下させてしまい、アメリカ帝国による一極支配の構造は崩れつつある。
[編集] 帝国(ハートとネグリ)
『<帝国>』(マイケル・ハートとアントニオ・ネグリ著)では、アメリカ合衆国は、国際的な権力と主権の新しいグローバル体制の展開および政体=構成にとって中心的な位置を占めるとされ、彼らは<帝国>と名づけた。著書は、ネオマルクス主義、ポストコロニアリズム、ポストモダン思想およびグローバリゼーション研究に基づいている。ハートとネグリの<帝国>は分権的でグローバルであり、一方の主権国家が他方の主権国家を支配しているのではないので、この記事で論じられているアメリカ帝国と区別されるべきである。
[編集] 反米主義者、独裁主義者のレトリックとしてのアメリカ帝国
アメリカは 2002年の対外広報戦略会議において、「“アメリカ帝国”と米国を侮蔑し・または反米的な言動をとる、悪意ある独裁主義の魅惑に取り付かれた自由への反逆者が組織的な広報活動を行っている」と指摘。アメリカ国家の安定は、自由と民主主義の発展であり、反米主義者は自由と民主主義に対して挑戦していると結論を出している。これは反米主義を掲げる国々の殆んどが、社会主義を掲げており反米運動で国民の不満の目を政府からアメリカに逸らしているのではないかと考えるものである。例えば、かつての国家社会主義ドイツ労働者党、ソビエト連邦共産党から現代のバアス党もジンバブエのロバート・ムガベ政権といった古今東西のアメリカの敵の何れも社会主義を掲げている。
米政府は2億ドルもの対外広報予算を確保し、国際情報プログラムUSINFO(旧・合衆国情報庁 1998年の省庁統合により国務省に吸収された)によって対米イメージの改善を行っている。
[編集] 関連項目
- 覇権
- 覇権主義
- 帝国主義
- アメリカ合衆国
- アメリカ帝国主義の歴史
- アメリカの戦争犯罪
- アメリカ新世紀プロジェクト (PNAC)
- 植民地
- 脱植民地化
- 超大国
- ネオコン
- パックス・アメリカーナ
- 列強
- ノーム・チョムスキー
- 副島隆彦
- 広瀬隆
- アップルシード (作品内に実在する国としてのアメリカ帝国)
- 攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG (同上)
[編集] 文献
- 佐伯啓思『新「帝国」アメリカを解剖する』筑摩書房、2003年5月、ISBN 448006110X
- 桜井春彦『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない アメリカによるテロの歴史』三一書房、2005年9月、ISBN 4380052109
- マイケル・ショワー (Michael Scheuer)『帝国の傲慢』(上・下)、日経BP社、2005年3月、上: ISBN 4822244369, 下: ISBN 4822244407
- 原著: Michael Scheuer, Imperial Hubris: Why the West is Losing the War on Terror, Brassey's Inc., 15 July 2004, ISBN 1574888498
- ノーム・チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』現代企画室、1994年6月、ISBN 4773894067
- ノーム・チョムスキー『9・11 ―アメリカに報復する資格はない!―』(文春文庫)文藝春秋、2002年9月、ISBN 4167651289
- ノーム・チョムスキー『テロの帝国アメリカ 海賊と帝王』明石書店、2003年2月、ISBN 4750316881
- ノーム・チョムスキー『チョムスキー 21世紀の帝国アメリカを語る イラク戦争とアメリカの目指す世界新秩序』明石書店、2004年5月、ISBN 4750319023
- Andrew J. Bacevich, American Empire: The Realities and Consequences of U.S. Diplomacy, Harvard University Press, Nov 2002, ISBN 0674009401
- 藤原帰一『デモクラシーの帝国 アメリカ・戦争・現代世界』(岩波新書)岩波書店、2002年9月、ISBN 400430802X
- 副島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社 +α文庫)1999年3月、 ISBN 4062563347
- ジョエル・アンドレアス『戦争中毒―アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由』(合同出版)2002年10月、ISBN 4772602992
- 原著: Joel Andreas, Addicted to War―Why the U.S. can't kick militarism
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