サイコロ
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サイコロ(骰子、賽子)、または賽(さい)、ダイス (dice) は主として卓上遊戯や賭博などに用いる小道具で、乱数を発生させるために使う。
多くは正六面体で、転がりやすいように角が少し丸くなっている。各面にその面の数を示す1個から6個の小さな点(目、またはピップ (pip)、スポット (spot)、まれにドット (dot) とも)が記されていて、反対の面との合計が7となるようになっているものが最も一般的である。日本製の場合、1の面の目は赤く着色されていることが多い。ピップではなく算用数字が記されているものもある。各面に表示される数も目と呼ばれ、サイコロを振った結果表示される数を出目と呼ぶ。
複数のダイスを同時に振ってすべて揃った出目を特にゾロ目と表現し、特にすべてが1の目が揃った場合のことをピンゾロと表現する。
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[編集] 歴史
サイコロは、牛や羊などの距骨を用いていたものが原型である。だいたい四角柱に近い形状で、4種の出目を無作為に得るのに用いられていた。複数の言語でその名残が見受けられる。
- 英語では、古くは「astragi(〈動物の〉距骨〈複数形〉)」をサイコロの意でも用いており、また現代英語でも「bones(骨〈複数形〉)」をサイコロの俗語表現として用いている。
- 中国語および日本語では「骰子」と表記するが、この「骰」は「投げる骨」の意の会意兼形声文字である。
アジアでは、古いものではインダス文明のハラッパー遺跡などからも出土しており、中国やインドでも古くから存在していたことが知られる。このため、アジア地域がサイコロの発祥地であると考えられている。
ただし、古い形態のサイコロの中には転がすのではなく4面体の棒状のサイコロや三角錐のサイコロなども存在していた。正六面体のサイコロの発祥地は古代インドとも古代エジプトとも言われ、現在と同じように「1」の裏が「6」であり足すと「7」になるというサイコロの最古のものは紀元前8世紀頃のアッシリアの遺跡から発掘されたものである(現在の形のサイコロを「ローマ式」と呼ぶ場合があるが、ローマ帝国で普及したという事実はあるものの、ローマに由来する訳ではない)。
古代ギリシアでは、3個(時に2個)のサイコロを使った賭博が非常に盛んに行われており、特に上流階級の酒宴(シュンポシオン、ギリシア語:συμποσιον)の席では、欠かせないものとなっていた。またギリシア神話には、パラメデスがサイコロを発明したとの記述がある。
古代ローマ時代には正二十面体のサイコロも作られており、現在イギリスの大英博物館に収蔵されている。
日本へは、奈良時代に中国から伝来した。当初は、棒状のものと正六面体のものの両方が用いられていたようである。
サイコロの目の確率は人智では予想ができないものと考えられていたため、サイコロの動きを神の意志と捉えて宗教儀式などに用いられる事があった。特にサイコロ発祥の地の一つとされているインドの神話を集録した『マハーバーラタ』にはサイコロ賭博の場面が多く登場する。これは、サイコロ賭博そのものが元々物事の吉凶についてサイコロに託して占った結果を他者と比較した事に由来するからであるとも言われている。日本でも平安時代に藤原師輔が親王誕生を祈願してサイコロを振った故事(『大鏡』)や江戸時代には航海の安全を祈ってサイコロを神事に用いた地域があったとされている。
[編集] 目と重心
サイコロの目は、もとの六面体を凹ませることで作るため、目の分だけ各面から質量が取り除かれることになり、重心に偏りを生ませる。特に、最も数の差が大きい1の面と6の面が向かい合っているため、目の大きさが全て同一のサイコロは1の面側に重心が偏り、転がした際に6の面がもっとも上になりやすく、乱数発生に不都合が生じる。そのため、このことを考慮したサイコロでは、各面に刻む目の面積(より厳密には体積)をその数に反比例させ(1の目が最も大きく、2はその半分の面積、3は3分の1の面積、……6は6分の1の面積、という具合に徐々に小さくなる)、各面が失う質量を等しくすることにより、重心の偏りを避ける工夫がなされている。ただし、市販のサイコロの大部分はそこまで行わず、1の面の目だけが大きく他は同じ大きさといった程度である(この場合、最も上になりやすいのは5の面である)。
また、各々の面において目の配置が点対称あるいは左右対称なのも、配置による重心の偏りをなくすための工夫である。
さらに、カジノダイスなどでは少しでも重心の偏りをなくすため、目は凹ませず、表面に印刷で記すのみとしており、また角も丸められてはいない。
[編集] 不正なサイコロ
賭博で八百長が行われる際には、重心の偏りによって特定の数字が出る確率を高くしたサイコロが使われる。これを不正ダイス、またはイカサマサイなどと言う。実際にどの程度使われる手法なのかは定かでないが、博徒が仕掛けを見破ってサイコロを噛み砕くような、映画などにおける道具立てとしてもよく知られている。
不正には、主に次の2種類の手法が良く知られている。
- ローデッド・ダイス (loaded dice)
- 内部にサイコロ自体の素材より比重の高い金属などを仕込み、重心を偏らせたもの。
- シェイヴド・ダイス (shaved dice)
- 本来立方体であるべきものを、高さだけをわずかに短くすることにより、重心を偏らせたもの。
この他にも、蝋や水銀などを内部に仕込み、重心を自由に操作できるようにしたもの(ヴァリアブル・ローデッド・ダイス (variable loaded dice))、サイコロ内部には磁石を仕込み、テーブル内部にはコイル等の電磁石を仕込み、電磁石に通電させることで磁石を反応させ、出目を操作できるようにしたもの(マグネット・ダイス (magnet dice))など、様々なものが考案されてきた。
水晶・ガラス・プラスチックといった透明な材質を用いたサイコロには、このような仕掛けがないことを示す役割もある。特にカジノでは、透明なプラスチック製のサイコロが用いられる。
[編集] 日本製のサイコロ
サイコロの目の振り方は「一天地六東五西二南三北四」と決まっており、方角を示す道具としても使われる。「南三」でなく「北三」になっているサイコロもあり、「南三」を雌サイコロ、「北三」を雄サイコロと呼ぶこともある。また、舟になぞらえて「天一地六表三艫四面舵二取舵五」とも言う。
1の目を「ピン」と呼ぶ場合も多い。
1926年に和歌山県の業者が天を示す「1」の目を赤く塗った。これが広まって日本製のサイコロの1の目は赤く塗られるようになった。他にも、日の丸を元にしたとする説もある。
遊戯用は1の目が赤く、賭博用は1の目が黒いという俗説があるが、まったく事実とは異なる。
[編集] 立方体でないサイコロ
普通のサイコロは乱数の範囲が1~6に限られるため、用途によっては不適当である。そのため、立方体ではない形状のサイコロも存在しており、これを多面ダイス、または多面体ダイスと呼ぶ。ちなみに、これらと併せて用いる場合、通常のサイコロは6面ダイスなどと呼ばれる。
通常これらの多面ダイスでは目は算用数字で記されているため、6と9とを混同しないよう付点(6.と9.)や下線(6と9)が併記されている。
これらの各種多面体ダイスは、多くテーブルトークRPGに代表される卓上ゲームに使用されることから、ホビーショップなどで入手可能な場合が多い。
また、インドやネパールでは古い形態のサイコロである投げ棒(ロット)式のサイコロが現在でも使われている。
[編集] 一般的な多面ダイス
- 4面ダイス - 形状は正四面体。1~4の目を出す。
- 4面ダイスは上を向く面が無いので、他のサイコロのように数字を読むわけにはいかない。上の画像を見ると分かるとおり三角形の頂点の所に、数字が振ってある。手前に見えている面で言えば、1,2,4の3つの数字で、このうち頂点に書いてある4がこのときの目である。後ろに隠れて見えない面でも頂点の所には4と書いてある。また、辺に出目が書いてあるダイスもあり、この場合は「床に接している辺に書かれた出目」を読む。
- 8面ダイス - 形状は正八面体。1~8の目を出す。
- 10面ダイス - 形状は正ねじれ双五角錐(2つの五角錐を半分ずらして底面で貼り合わせたような形状)。1~10の目を出す。ただし、一般的に10は0と表記されている。
- 10進数の乱数を発生させるためのものであるが、正多面体である統計用乱数賽を用いても同じ結果が得られる。しかしゲームの分野においてはこの独特の形状が好まれ、あえて10面ダイスを用いる傾向にある。現在では巷のホビーショップで売られているため、入手は統計用乱数賽より容易である。なお数学的には、同様の形状によって任意の 4n+2面ダイスを作ることが出来る。
- 12面ダイス - 形状は正十二面体。1~12の目を出す。
- 20面ダイス - 形状は正二十面体。1~20の目を出す。
- 統計用乱数賽 - 10進数の乱数を発生させるためのもの。正二十面体に、0~9の数字が2つずつ書かれている。
[編集] 稀な多面ダイス
16面、24面、30面、60面、120面などのダイスも稀に見られるが、いずれもサイコロとして適した形状をしているため、実用に向く。(ただし、ホビー用のサイコロはそれほど精度が高くないため、統計的な用途には用いるべきでないだろう)
24面ダイス(凧形二十四面体) |
24面ダイス(四方六面体) |
30面ダイス(菱形三十面体) |
[編集] 非実用的な多面ダイス
なお、玩具として、各面の面積や形状が異なっていたり、各面が不均等な配置であったりするものも売られているが、出目は統計的に好ましくなく、実用的ではない。ただし、この点を逆手に取り、特定の「出にくい目」などの効果を狙う使用法もある。正角柱で底面も使用するものや、100面ダイス(ゾッキ多面体)などが挙げられる。また、完全に球状のサイコロで、内部にくぼみと鉄球がはいっており、振るとくぼみに鉄球が入って目がでるような物もある。
また、特に球を元に作られたものをゴルフボール形ダイスと言う場合があり、以下に示す画像では、32面、50面、100面のサイコロがこれに相当する。
[編集] 目の異なるサイコロ
普通のサイコロは、各面に1からそのサイコロの面数までの数を示す目を持つ(例:6面体なら1~6、20面体なら1~20)が、それとは異なる目を持つサイコロも存在している。
[編集] 数の範囲が異なるサイコロ
市販の6面ダイスに限っても、以下の目を持つサイコロなどが存在する。
- 0, 1, 2, 3, 4, 5
- 1, 1, 2, 2, 3, 3
- 0, 0, 0, 1, 1, 1
- -1, -2, -3, -4, -5, -6
- 1/6, 2/6, 3/6, 4/6, 5/6, 6/6
- 1/1, 1/2, 1/3, 1/4, 1/5, 1/6
- 5, 6, 7, 8, 9, 10
- 7, 8, 9, 10, 11, 12
- 13, 14, 15, 16, 17, 18
- 2, 4, 8, 16, 32, 64
- I(1), V(5), X(10), L(50), C(100), D(500)
[編集] 数以外を示すサイコロ
数以外を目に持つサイコロも各種存在しており、非常にバリエーションも豊富である。
- When, Where, Who, What, Why, How(5W1H。6面)
- +, -, ×, ÷, =, >(算術記号。6面)
- N, NE, E, SE, S, SW, W, NW(方位。8面)
- Sun, Moon, Mercury, Venus, Mars, Jupiter, Saturne, Uranus, Neptune, Pluto(天体。10面)
- January から December まで(12ヶ月。12面)
- 白羊宮から双魚宮まで(黄道十二宮。12面)
[編集] 占術用サイコロ
易占専用に作られたサイコロも存在する。これは、主に略筮法を模擬するもので、
- 8面ダイス2個(数字の代わりに、乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の8文字が彫られている)
- 6面ダイス1個(同じく、初・二・三・四・五・上の6文字)
以上の組み合わせから成る。中筮法を模擬するため、8面ダイスが6個使われることもある。入れたままでサイコロを振ることができる、専用の箱も市販されている。なお、八卦にはそれぞれ数字が配当されているため、通常の8面体ダイスの数字を適宜読み替えて使用することも可能である。しかし、占術としての利便性や雰囲気作りには若干劣る。
[編集] サイコロに適する図形
[編集] 条件
サイコロとして適している空間図形としては、以下の条件が挙げられる。
- 凸多面体であること。
- 全ての面が合同な凸多角形であること。
- 全ての面が向かい合う平行面を持つこと。
- 正四面体はこの条件に当てはまらない。つまり、転がした際に真上に来る面が無いため、サイコロとしては余り適していないと言えるが、最も単純な四面体であり、数少ない(5種しかない)正多面体の1種であるため、4面ダイスとして広く用いられている。
[編集] 具体例
具体的な図形としては以下のものが挙げられる。
- 正多面体(プラトンの立体)。5種。
図形 | 名称 | 面数 |
---|---|---|
正四面体 | 4 | |
立方体 | 6 | |
正八面体 | 8 | |
正十二面体 | 12 | |
正二十面体 | 20 |
図形 | 名称 | 面数 |
---|---|---|
三方四面体 | 12 | |
三方八面体 | 24 | |
四方六面体 | 24 | |
三方二十面体 | 60 | |
五方十二面体 | 60 | |
菱形十二面体 | 12 | |
菱形三十面体 | 30 | |
凧形二十四面体 | 24 | |
凧形六十面体 | 60 | |
六方八面体 | 48 | |
六方二十面体 | 120 | |
五角二十四面体 | 24 | |
五角六十面体 | 60 |
- 平行六面体。1種。
図形 | 名称 | 面数 |
---|---|---|
平行六面体 | 6 |
- 双角錐(角柱の双対)。無限種。
- 具体的には正双2n+2角錐(正2n+2角柱の双対)であり、4n+4面体。つまり、n=1: 正双四角錐(8面体)、n=2: 正双六角錐(12面体)、n=3: 正双八角錐(16面体)、n=4: 正双十角錐(20面体)、…。
- ねじれ双角錐(反角柱の双対)。無限種。
- 具体的には正ねじれ双2n+1角錐(正反2n+1角柱の双対)であり、4n+2面体。つまり、n=1: 正ねじれ双三角錐(6面体)、n=2: 正ねじれ双五角錐(10面体)、n=3: 正ねじれ双七角錐(14面体)、n=4: 正ねじれ双九角錐(18面体)、…。
双角錐ダイスとねじれ双角錐ダイスとを総称して、そろばん珠形ダイス、または双錐体ダイスと言う。
また、二つの底面間の距離が十分に長いのであれば、正角柱や正反角柱もサイコロとして適している。丁度、鉛筆を転がすようなものと思えば把握しやすい。これらの形状のサイコロも実際に市販されている。
- 正角柱。無限種。
- 正反角柱。無限種。
角柱ダイスと反角柱ダイスとを総称して、麺棒形ダイス、または柱体ダイスと言う。
[編集] 多面化の問題点
そろばん珠形ダイスと麺棒形ダイスの場合、理論上では面数は無限に増やせるが、面数が増えるほど、そろばん珠形は双円錐に、麺棒形は円柱にそれぞれ近付くので、サイコロとして機能しなくなってくる。実際に機能するのは、最大でも双角錐で48面(正双二十四角錐)、ねじれ双角錐で50面(正ねじれ双二十五角錐)、角柱で25面(正二十五角柱)、反角柱で24面(正反十二角柱)程度と考えられる。市販のサイコロでは最大で、そろばん珠形では50面のもの(正ねじれ双二十五角錐)が、麺棒形では20面のもの(正反十角柱)がそれぞれ存在する。
[編集] サイコロと遊戯
遊戯の道具としては将棋の祖であるチャトランガで使われるなど歴史は古い。サイコロは最も一般的な乱数発生器であると言える。
特に、シミュレーションゲームやテーブルトークRPGなどのゲームは様々なパターンの乱数発生を必要とするため、前述の多面ダイスも含めて様々な数と組み合わせのサイコロを使用する。これらのゲームでは、しばしば「nDm」という表記で使用するサイコロを表す。これはm面のサイコロn個を同時に振った合計値という意味である(例:2個の6面体サイコロを振る場合は「2D6」と表記する)。また、修正値を含めた「nDm+x」という表記や、複数の組み合わせを含めた「nDm+qDp」という表記などもある。こういった表記を「ダイスコード(英語では dice code ではなく、dice notation)」と言う。
[編集] サイコロと文化
サイコロは運命をつかさどるものの比喩として引用されることも多い。有名なものでは以下のものなどが挙げられる。
- カエサルがルビコン川を渡るときの科白「賽は投げられた (Jacta alea est)」があり、運命の歯車は既に回ってしまった、といった意味で使われる。
- 『平家物語』によれば、白河天皇が権勢を誇った頃、どうしても自分の思い通りにならないものとして「加茂川の水、双六の賽、山法師」の三つを挙げたという。
- アルベルト・アインシュタインは量子力学の確率による世界観に対し、「神はサイコロを振らない」と表現して批判をした。