ダナン
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![]() ベトナムの地方行政区画 |
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行政 | |
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人民評議会議長 | Nguyễn Bá Thanh |
行政委員会委員長 | Trần Văn Minh |
地理 | |
省都 | - |
地方 | 中南沿海 |
面積 | 1,256 km² |
統計 | |
人口 人口密度 |
752,493 (2004年) 599/km² |
民族 | キン族, ホア族, カトゥ族, タイ族 |
電話番号 | 511 |
ISO 3166-2 | VN-60 |
公式サイト | [1] |
ダナン(ベトナム語:Đà Nẵng、漢字:沱灢)はベトナム中部の中央直轄市。ベトナムの主要な港湾都市である。行政的には7区に分かれる。仏領インドシナ時代にはトゥーラン(Tourane)と呼ばれ、中国語では峴港と呼ばれる。
目次 |
[編集] 歴史
16世紀には広南政権の首府フエの外港はホイアンであり、ダナンは小漁村に過ぎなかった。 しかし、18世紀になると河口にあるホイアン港が砂の堆積によって次第に使用できなくなったため、ダナンが港として成長し始めた。
1835年、阮朝の明命帝は全ての欧州船にダナンに入港するよう勅令を発したため、ダナンがベトナム中部最大の港となった。
1889年、フランスのインドシナ総督府はダナンをクアンナム省から切り離し、トゥーランと命名して、総督直轄地とした。
20世紀始めのトゥーランはインフラストラクチャーが整備されて、食品加工業や造船業が発達し、ハイフォンやサイゴンと並んでベトナムの主要貿易港となった。
1965年3月、アメリカ海兵隊が上陸して、大規模な米軍基地を建設し、1967年には中央直轄市となった。
1968年の旧正月に南ベトナム解放民族戦線がダナン駐留米軍に大攻勢をかけたテト攻勢はベトナム戦争の激戦の一つである。ダナンには空港、港湾、倉庫、銀行、工場などが次々に建設され、大規模な産業都市に発展する。ベトナム戦争後、ダナンはクアンナム省と合併して「クアンナム=ダナン省」となったが、1996年7月6日には再びクアンナム省から分離して中央直轄市となり、現在に至る。
[編集] 教育
- チャンパ博物館 チャンパ王国時代の遺物を展示する世界的に良く知られた博物館。
- ダナン大学
[編集] 交通
- ダナン国際空港
[編集] 友好都市
[編集] 友好港

- ベトナムの地方行政区画
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