名古屋弁
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名古屋弁(なごやべん)とは、日本の愛知県西部(尾張国)で話される日本語の方言である。狭義には名古屋市中心部で話される方言を指すが、広義には周辺地域で話される尾張弁・知多弁を含む。本項では広義の名古屋弁(尾張弁)を中心に扱う。
同じ愛知県であっても東部(旧三河国ないしは旧額田県)で話される方言は三河弁であり、名古屋弁とは発音やイントネーションが異なり、別の方言である。
名古屋弁は、江戸時代に当時の新興都市である名古屋なり江戸なりで全国から流入した住民の方言が混交して成立したという、東京弁と共通した歴史をもつ[1]。文法の根幹は共通語と同一で、共通語を対象とした一般的な文法用語・分類をそのまま適応可能である。本項でも適応する。
また、京言葉、すなわち、「みやこことば」の影響が多大であり、上流階級の流れを汲む名古屋弁(上町言葉)は、関八州の標準語に比べ、とても柔らかくゆるやかな言葉遣いである。ただし上町言葉の使われる地域は狭い。一般に知られる名古屋弁は下町言葉であり、上町言葉より荒々しいものである。本項で扱うのは、主に下町言葉である。
アクセントは基本的に関東式だが、語によっては関西式になっているものもある。文法は多分に関西的である。共通語も周りの関東方言に比べればかなり関西的だが、それよりもさらに幾分か関西的である。
以下、名古屋弁と共通語との差異を中心に述べる。
目次 |
[編集] はじめに
[編集] 表記について
名古屋弁では「アイ」または「アエ」という母音の連なりがアとエの中間に当る母音を伸ばしたもので置き換えられることがある。よく「にゃあ」のように表記されるが、共通語の拗音とは異なる音であり、例えば「ひゃっぽんひゃあっとる(100本入っている)」という文では一つ目と二つ目の「ひゃ」は区別して発音される。前者は共通語の「ひゃ」と同じであり、後者は「へえ」と「はあ」の中間である。本項では後者の音を「エ段のかな+ぁ」で表記することとする。すなわち先の例は「ひゃっぽんへぁっとる」と表記する。
[編集] 用語について
- 終止形において起伏型になるもの
- 終止形において平板型になるもの
の2つに分類できる。この区別には標準的な用語が確立していないが、本項では前者を1類、後者を2類と呼ぶこととする。「平板動詞」のように呼ばないのは後者も活用形によっては起伏型になるためである。この命名はあくまでも本項だけのものであることに注意されたい。
なお、共通語では形容詞もアクセントの点で同様に分類できるのに対し名古屋弁ではこの区別がないが、比較のため共通語の形容詞について同様の分類で1類・2類と呼ぶこととする。
[編集] 文法
[編集] 終助詞
名古屋弁には共通語にあるものに加えて様々な終助詞がある。文法的には複数の終助詞の合成が多いが、ここでは一語として扱う。疑問・反語をあらわす古典的係助詞である「か」や「や」の合成が多いのが特徴的である。
- がや,げぁ
- 「や」がついているため、基本的に驚きを伴う。
- (1)驚きを表す。独り言に近い。(1a)眼前の状況に対する驚きを表す。〔例〕雪が降っとるがや(雪が降っていることに対する驚きの表現) (1b)何かをひらめいたり思い出したりしたときに言う。〔例〕いかんいかん、忘れとったがや。
- (2)聞き手の行動・能力・知識に対する驚きを表す。相手に聞かす意図があり、独り言ではない。 (2a)聞き手の有能さに感心したときに言う。〔例〕すごいがや(すごいね、そんなこともできるんだ)(2b)聞き手の無知・無能に対する驚き。こんなことも知らない(または分からない、できない、しようとしない)のかという驚きとともに物を言うときに使う。言外に認識・行動を改めろと命令する含意がある。〔例〕ほんなもんいかんに決まっとるがや(駄目であることを相手が知らない様子なのに驚くと同時に常識だから覚えておけと命令する含意がある)
- (3)〔誤用〕メディアでは単に名古屋弁ぽくするために使われることがある。〔例〕名古屋だがや。
- がね
- 「がや(2)(3)」と用法は近いが、響きが柔らかい。「がや(1)」の意味では使われない。元は女性語だったが、近年は男性でも使う者がある。〔例〕そんなとこ、入ったらいかんがね。やめやあ。
- が、があ、げ、げえ、がん
- いずれも「がや」または「がね」の転で、比較的新しい語。後ろへ行くほど新しい。「がん」は特に新しく、若者の間で使われる。伝統的な名古屋弁ではない。「げ、げえ」は「がや(1)」の意味に限定して使われる傾向がある。
- がんねぇ
- 標準語の「よねぇ」とほぼ等しく、相手に同意を求める言い方。若者言葉。〔例〕(指摘されたとき、友達に同意を求めて)うちんたぁ、別に何にもなぶっとれせんがんねぇ。
- かや、けゃあ、けゃあも
- 「かいもし」の転訛。「かい」は疑問、「もし」は相手への呼びかけであるため、確認のニュアンスが込められる。
- (1)疑いを持った驚きを表す。〔例〕ほんとかや。(2)朗報に接した場合の驚きを表す場合には「きゃあ」に変化する。〔例〕(孫が大学受験に合格した報せを聞いて)そうけゃあ。よかったなも。
- ぎゃあ
- マスメディアでは名古屋弁であることを分かりやすく表現するために「がや(3)」と同様に用いられるが、地元ではふざけて「変な名古屋弁」を使うとき以外には使わない。ただし知多半島の一部ではこれとは別に「ぎゃあ」という語がある。
- て、てえ
- (1)強調表現。共通語の「って」と違い、「っ」は入らない。また、強調のみで伝聞の意味はない。(1a)自分の意見を強調する。相手が自分と違う意見を持っているのを承知しながら「君は違う意見かしらんが、俺はこう思う」と主張する感じ。〔例〕ウィキペディアはほんな風に使うもんだないて。(1b)相手の気づいていない、または忘れている事実を指摘する。〔例〕プレビューを忘れてかんてえ。(1c)相手がこちらの話を聞き取れず聞き返されたとき、また理解していない様子のとき、言い直しや言い換えに付す。優しく言うときは上昇調、苛立ちを込めるときは下降調。
- (2)〔誤用〕メディアでは単に名古屋弁ぽくするために使われることがある。
- と
- 伝聞を表す。〔例〕それは違うと(それは違うそうだ)
- げな
- 伝聞を表す。「と」よりも確度が低い、または伝聞の伝聞である場合に使われる。〔例〕今から行くげなよ。
- に
- 聞き手の知らないであろうことを伝える際に使われる。知識をひけらかす際に使われることが多いので時に自慢げに響く。「て」が意見の対立を承知しつつもあえて自分の意見を言うときに使われるのに対し、こちらは聞き手がそのことを知らない前提なので意見の対立など予想していない。常に疑問文のようなイントネーションを伴う。〔例〕ウィキペディアはフリーなんだに(ウィキペディアはフリーなんだよ、知らなかったでしょ)
- まい、まいか、めぁ、めぁか
- 「~しよう」の後について勧誘表現であることを表す。その際「う」は脱落する。一緒に何かをしようと他人を誘うときに使う表現であり、一人で行う行動について決意表明をするような際には使わない。
五段活用 | 上一段活用 | 下一段活用 | サ行変格活用 | カ行変格活用 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
未然形+まい(か) | 行こまいか | 見よまいか | 食べよまいか | しよまいか | 来よまいか(こよまいか) |
- (か)しゃん、(か)しらん
- (1)~だろうか。共通語の「~かしら」と同じ起源と思われるが、女性語ではない。〔例〕これでええかしゃん(これでいいだろうか)
- (2)自信のない部分をぼかす表現。〔例〕何だしゃん言っとった(よく聞こえなかったけど何か言っていた) ※「か」を略するかどうかは単に話者の癖による。前の語が動詞・形容詞ならばそのまま「か」が抜けるだけだが、前が名詞・形容動詞ならば「か」の代わりに「だ」を入れなければならない。すなわち、「行くかしらん」「行くしらん」「ウィキペディアかしらん」「ウィキペディアだしらん」とは言えるが、「×ウィキペディアしらん」とは言えない。
- でかん
- 「~だからいけない」の意から、接続助詞の「で」(「だから」の意)に「いかん(「いけない」の意)」→「かん」がついたものと思われる。語尾に「わ」をつけて「でかんわ」とも。
- (1)先行する命題に対する不満を表す。〔例〕また風邪ひいてまったでかん(また風邪をひいてしまったので参った)
- (2)不満でなく喜びと考えられる命題に続いて表現を強める。元々はわざと逆の表現をする言葉遊びだったのだろうが、現在ではそういう意識は残っていない。〔例〕嬉しいでかん(とても嬉しい)
- で
- 接続助詞の「で」が文末で終助詞的に使われる。「~だからよろしくね」の後半部分が略されたような意味合いであり、関西弁の強調の「で」とは形は同じでも意味が異なるので注意が必要である。形骸化して意味が薄まっている場合もある。「よ/よう」か「ね」が後ろにつくことが多い。〔例〕編集しといたでね。
- わ
- 共通語では女性語だが、名古屋弁では性別に関係なく使う。共通語では女性語であるために常に上がり調子だが、名古屋弁では女性語でないため普通に発音される。
- みよ
- 動詞「見る」の命令形「見よ」の終助詞化したもの。眼前の状況に相手の注意を向けるために語尾につける。多く大人から子供、上司から部下のように上から下に向けて人を叱責する際に用いる。ミにアクセント。〔例〕壊けてまったみよ(ほら見ろ、壊れてしまったじゃないか)
- みやあ、みい
- 上記「みよ」を柔らかくした表現。こちらは対等な関係で用いられ、用法も叱責に限らない。〔例〕変ったもんが飾ったるみやあ(見なよ、変ったものが飾ってあるよ)
- よ
- 共通語にもある「よ」も使われるが、「がや」「て」「に」と意味が重なるので、意味の範囲が共通語より狭い。共通語で「よ」一語で表している意味を「よ」「がや」「て」「に」の4つに細分化して表現しているとも言える。
- ね
- 共通語の「ね」と同様である。
- なも
- 名古屋弁特有の敬語表現。上町言葉では頻繁に使用されていたが、近年ではあまり聞かれない。〔例〕よういりゃあたなも(よくいらっしゃいましたねえ)
[編集] 「か」の省略
疑問の終助詞「か」は共通語でも名古屋弁でも一定の条件の下で省略可能だが、省略が可能になる条件が多少異なる。以下条件別に述べる。
- 疑問詞を伴う疑問文の文末
- 共通語でも名古屋弁でも省略可能。〔例〕何をする/何をするか
- 疑問詞を伴わない疑問文の文末
- 外国人に教えるような「正しい日本語」では省略不可能だが、くだけた共通語や名古屋弁では省略されることがある。〔例〕君は日本人か?/君は日本人?
- 疑問詞と「思う」「分かる」などの間
- 共通語では省略不可だが、名古屋弁では疑問詞を受けていれば可能。〔例〕何をするか分からない/何する分からん。
- 「しらん」の前
- 話者によっては疑問詞のあるなしに関わらず省略するが、「知らん」という動詞としてよりも、「(か)しらん」という終助詞と捉えたほうがよい。〔例〕省略できるかしらん/省略できるしらん
- 上記以外
- 共通語でも名古屋弁でも省略不可。〔例〕行けるかどうか分からない/行けるかどうか分からん
共通語 | 名古屋弁 | |
---|---|---|
文末・疑問詞あり | ○ | ○ |
文末・疑問詞なし | △ | ○ |
「思う」などの直前・疑問詞あり | × | ○ |
上記以外 | × | × |
[編集] 助動詞・補助動詞
- やあ、やあせ
- ワ行五段活用以外の動詞の連用形およびワ行五段動詞の語幹について柔らかい命令形を作る。命令というより許可・推奨・後押しのニュアンスである。ワ行以外の五段動詞に接続した際は動詞の活用語尾と融合して拗音化する。拗音化する傾向があるのではなく必ず拗音化する。対して一段動詞およびワ行五段動詞に接続した際は拗音化しない。拗音化しない傾向があるのではなく決して拗音化しない。例えば「置き(五段)+やあ」は「置きゃあ」、「起き(一段)+やあ」は「起きやあ」となる。「する」は「しやあ」、「来る」は「こやあ」となる。活用はしない。元々は尊敬の助動詞「やあす」の命令形「やあせ」の「せ」が落ちたものであり、今日でも「せ」のついた形で使う話者もいる。通用範囲は広く「やあす」の使われない地域でも使われる。〔アクセント〕「や」に置かれる。拗音化したときはその拗音化した音節。
- やあ・す
- ワ行五段以外の動詞の連用形およびワ行五段動詞の語幹について軽い尊敬語を作る。ワ行以外の五段動詞と接続した際は動詞の活用語尾と融合して拗音化する。例えば「書く+やあす」は「書きゃあす」となり、「×書きやあす」とは言わない。通用範囲は「っせる/やっせる」より狭い。二人称に対しては「やあす」、三人称に対しては「っせる/やっせる」のように使い分ける地域もある。〔活用〕未然:-せ、連用:-し/-※、終止:-す、連体:-す、仮定:-せ、命令:-せ 〔アクセント〕 「やあす」がついた全体が1類動詞として扱われる。
※例えば「書きゃあす」に完了の助動詞「た」が接続した場合、「書きゃあした」と「書きゃあた」の両形が聞かれる。 - (や)っせる
- 軽い尊敬語を作る。「っせる」は五段動詞の未然形に、「やっせる」※は五段動詞以外の連用形につく。ただし、ワ行五段活用動詞については未然形に「っせる」がつく他に、語幹に「やっせる」がつくこともある。補助動詞がある場合は補助動詞のほうに付く。例えば、「走っとる」+「っせる」は「走っとらっせる」であって「×走らしとる」とはならない。敬意の度合いは低く、時に「ご苦労様なことだ」とか「知ったことではないが」とかいうニュアンスを伴う。このようなニュアンスは共通語の敬語でも伴うことがあるが、(や)っせるにおいてはその頻度が高い。敬意の度合いが低いとはいっても尊敬語という意識は残っており、自分自身や無生物の動作に付けることは通常無い。聞き手の動作について使うよりも、その場にいない第三者について言及する際に使うことが多い。〔活用〕未然:(や)っせ、連用:(や)し(連用形のみ「っ」が入らない)、終止:(や)っせる、連体:(や)っせる、仮定:(や)っせれ、命令:(なし) 〔アクセント〕 「(や)っせる」がついた全体が1類動詞として扱われる。
※かつては「やっせる」でなく「さっせる」が使われた[2]が、今日では「やっせる」が普通である。
やあ | やあす | っせる | やっせる | |
---|---|---|---|---|
ワ行以外の五段動詞 | 連用形→拗音化 | 未然形 | - | |
ワ行五段動詞 | 語幹 | 未然形 | 語幹 | |
上一段・下一段動詞 | 連用形 | - | 連用形 | |
する | しやあ | しやあす | さっせる/せらっせる | せやっせる |
来る | こやあ | こやあす | - | こやっせる/ござる |
使用域 | 全域 | 北部? | 南部? | |
人称で使い分ける地域もある |
- ちょう・す
- 「くれる」の尊敬語。下さる。漢字で書けば「寵す」か? 動詞には接続助詞「て」を介して接続する。〔活用〕未然:-せ、連用:-し、終止:-す、連体:-す、仮定:-せ、命令:-せ。〔例〕買ってちょうした(買ってくださった)〔アクセント〕 「ちょうす」のついた全体が1類動詞として扱われる。
- ちょう
- 「~してちょう」の形で「~して下さい」の意。上記「ちょうす」の命令形「ちょうせ」の「せ」の抜けたもの。活用しない。さらに縮めて「~してちょ」とも。〔アクセント〕 「ちょ」に置かれる。「~して」の部分は1類動詞であっても平板化する。
- ~してまう1
- ~してもらう。ワ行五段。〔アクセント〕全体が2類動詞として扱われる。
- ~してまう2
- ~してしまう。ワ行五段。〔アクセント〕「~して」と「まう」の二つに分けて発音される。「~して」の部分は1類動詞ならばそのアクセントが残る。2類動詞ならば「て」にアクセントを置く。「まう」は2類。
- ~してか・ん
- ~してはいけない。〔活用〕未然:(なし)、連用:-なん(で/だ)・-んかっ(て/た)、終止:-ん、連体-ん、仮定:-な、命令:(なし)。
- ~してい・らん
- ~してもらわなくてよい、~してほしくない。
- ~しとる
- ~している。ラ行五段。 〔アクセント〕 全体が1類動詞として扱われる。
- ~したる1
- ~してある。ラ行五段。〔アクセント〕 全体が1類動詞として扱われる。
- ~したる2
- ~してやる。ラ行五段。〔アクセント〕 全体が2類動詞として扱われる。
- 未然形+すか
- 決して~しない。活用しない。 〔例〕ほんなことせすか(そんなことは絶対にしない)〔アクセント〕 「す」の直前。
- 連用形+よった
- 回想表現を作る。常に過去形で活用しない。〔例〕よう行きよったわ(昔はよく行ったものだ) 〔アクセント〕 「よ」の直前。かつては全体が1類動詞として扱われていたのが共通語の「~よる」と区別するためこのように変化したのかもしれない。
- 未然形+なか・ん
- ~なければいけない。活用は上記「~してかん」と同じ。
- 未然形+な1
- 動詞の否定の仮定形。見た目上は「~しなければ」の「ければ」が抜けたようにも見えるが、否定の助動詞「ない」は名古屋弁では使われないので、「~せねば」が語源と思われる。〔例〕晴れな止めだでね(晴れなければ止めだからね)
- 未然形+な2
- 「~なかん」の「かん」を略したもの。多く命令表現として用いる。〔例〕早よやらな(早くやれ)〔アクセント〕「な」の直前。
- 未然形+んなら・ん
- ~なければならない。活用は上記「~してかん」と同じ。
- ~だない
- ではない、じゃない。
- ~でぁ
- ~だ。断定の助動詞。「である」から「だ」へ変化する過渡的な形。
- 連用形+いい
- ~するのが容易である。~しやすい。「~やすい」と違って主体的行為を表す動詞にしか接続できない。すなわち、「壊しいい」とは言えるが「×壊れいい」とは言えない。
[編集] 動詞
- いわゆる「ら抜き言葉」が、年配の話者を含めて普通に使われている。
- 「さ入れ言葉」もある年代から下ではよく使われる。
- 一段動詞の命令形は、共通語では書き言葉である「~よ」の形が好まれる。「する」についても「せよ」と言う。「来る」について「こよ」とは言わない。〔例〕そこへ掛けよ(そこに掛けろ)
- 五段動詞以外の仮定形+「ば」が、共通語では「りゃ(あ)」と縮約されるのに対し、「や(あ)」と縮約される。五段動詞については共通語と同様。〔例〕掛ければ→掛けや、すれば→せや(あ)、くれば→こや(あ)
- 動詞の否定は「~ない」でなく「~ん」または「~せん(へん)」の形をとる。否定の過去形は年配の話者は「~なんだ/~せなんだ(~へなんだ)」、若い世代は「~んかった/~せんかった(~へんかった)」を使う。江戸時代末期までは「~なんだ/~せなんだ(~へなんだ)」がもっぱら使われていた[3]。
- 「する」の仮定形は縮約した「せや」が使われることが多い。縮約しない形は「せれば」のはずだが、実際には共通語式の「すれば」が多い。
- 「来る」の仮定形は縮約した「こや」が使われることが多い。「する」と違って縮約しない「これば」も聞かれる。助動詞に接続する際連用形に「こ」が立つことがある。「こやあ(来なさい)」「こよった(来たものだ)」「こやがった(きやがった)」など。
[編集] サ行五段動詞イ音便
遠州弁#サ行五段活用イ音便を参照。
[編集] 動詞の否定形
動詞の否定形には、通常の否定を表す「~ん」の他に、強い否定あるいは迷惑感のある否定を表す「~せん(へん)」の形がある。すべて「~せん」と言うわけではなく、「~ん」と使い分けられている。
これは「~はせん」から変化したものであり、東京弁における「~やしない」に対応するものである。この表現は関西弁ではさらに「~へん」の形に変化したが、名古屋弁においては近年まで「~せん」の形が保たれた[4]。ただし現在では「~へん」の形も聞かれる。
この強い否定形は、地域や話者によって様々な形が聞かれる。動詞の活用別に記す。
この他、さらに強い否定を表すものとして「未然形+すか」もあるが、これはこの形以外に活用せず、用法も狭い。
[編集] 五段活用
「書く」を例とすると、
- 書かせん
- 書けせん
- 書きゃせん
- 書かへん
などの形が聞かれる。「書けせん」は「書くことができない」という意味ではないのに注意。この意味では「書けえせん」と言う。また、「書かっせん」のように「っ」が入るのは「書かっせる」(「書く」に対する軽い尊敬語)の否定なので、これも注意が必要。
[編集] ラ行・ワ行五段活用
ラ行・ワ行五段活用動詞では、他の五段活用動詞よりもバリエーションが増える。上で挙げた例から推測される形の他に、「ある」に対して、
- ああせん
- ああへん
「思う」に対して、
- おもうせん
- おもうへん
のように「語幹+長音+せん(へん)」の形がある。
ただし、2音節の動詞の場合、「買う」「刈る」「沿う」「剃る」「言う」など、この形をとらないものが相当数ある。
またワ行五段活用では、
- おもやせん
- おもやへん
のように「語幹+やせん」の形もある。
[編集] 上一段活用
「起きる」を例とすると、
- 起きいせん
- 起きせん
- 起きやせん
- 起きいへん
などである。
ただし、「見る」など2音節の動詞では2番目の形がない。
[編集] 下一段活用
「負ける」を例とすると、
- 負けえせん
- 負けせん
- 負けやせん
- 負けえへん
などである。
ただし、「書ける」のような可能動詞では「×書けせん」の形がない。関西弁のように「×書かれへん」と言うことはない。
「寝る」など2音節の動詞でも同様に「×寝せん」の形がない。
[編集] 来る
- こおせん
- こおへん
- きやせん
などである。「連用形+やせん」という起源から考えると「こおせん」という形はおかしいが、年配の話者も含めてこの形が広く使われている。
[編集] する
- せえせん
- せやせん
- しやせん
- せえへん
などである。
[編集] 形容詞
- 語幹が2音節以上の形容詞で連用形の「く」が落ちる。嬉しなる、嬉して、など。
- 語幹が1音節の場合は「く」は落ちずウ音便化する。〔例〕良く→よう、無く→のう
- 「~ければ」が「~けや」と略されることがある。アクセントは常に「け」にある。東京弁の「~きゃ」と音自体は似ているが、アクセントが異なる。
[編集] 格助詞
- 「に」よりも「へ」が好まれる傾向がある。「お先へ」などとも言う。
- 直後に「思う」「言う」などが来る場合、引用の「と」が省略されることがある。反面、断定の助動詞「だ」は共通語では「と」の前でしばしば省略されるが、名古屋弁ではあまり省略されない。すなわち「11時だと言っていた」は「11時だ言っとった」となる。
- 「~と言って」の「と」の略された「~いって」が慣用化して、引用の格助詞のように用いられることがある。〔例〕どうしよういって悩んどった(どうしようかと悩んでいた)
[編集] 副助詞
- みたい
- など、なんか。〔例〕俺みたいほんなとこ何度も行っとるに。(俺なんかそんなところは何度も行ってるよ)
- て
- 共通語の「って」と同義だが、「っ」が入らない。
[編集] 間投助詞
- よ、よう
- 多用される。リズムを整えるだけで特に意味はない。〔例〕昨日よう、パチンコ行ったらよう、どえらい出てまってよう……
- や、やあ
- これも話者によってはよく使う。軽い疑問の意味の他、語調を整えるために使われる。副助詞「て」の後ろには習慣的に付けることが多く、むしろ「てや」という一つの副助詞と捉えたほうがよいかもしれない。〔例〕ウィキペディアてや何だったかいやあ(ウィキペディアって何だったっけねえ)
[編集] 形式名詞
- ぎし
- だけ。〔例〕あと2つぎしだよ。(あと2つだけだよ)
[編集] 接続助詞
「で」「もんで」は、共通語の「ので」「もので」が連体形接続なのと異なって終止形接続なので注意。具体的には断定の助動詞「だ」と形容動詞に接続するときに「だで」「だもんで」となる。
- で
- 順接の接続助詞。終止形接続。もっとも広く使われる。
- もんで
- 順接の接続助詞。終止形接続。言い訳をするときなど、結論より理由に重点があるときに使われる他、「で」に比べて長いため考える時間を稼ぐために使われることもある。
- に
- 順接の接続助詞。終止形接続。聞き手に対する命令・指示・勧誘・アドバイスに理由を付する場合に限って使われる。
- けどが
- 逆接の接続助詞。終止形接続。共通語と同じ「けど」が使われることも多い。単独の「が」は「がや」の略された「が」と紛れるので使用されない。
- ~んで(も)
- 「~なくて(も)」の意味。未然形接続。若い世代では共通語の「~なくて(も)」と交じり合った新方言「~んくて(も)」を使う者もいる。
例:「眼鏡をかけんでええよ」
用法 | 例 | 「+」の位置に入れることが可能か | |||
---|---|---|---|---|---|
で | もんで | に | |||
言い訳※1 | 寝坊した+遅刻した | × | ○ | × | |
指示の理由 | いま行く+待っとって | ○ | ×※2 | ○ | |
指示の理由(倒置) | 待っとって、いま行く+ | ○ | ×※2 | ○ | |
論理的推量※3 | 閏年だ+29日がある | ○ | ○ | × | |
文末※4 | 時間ない+「ね」などの終助詞 | ○ | ○ | ×※5 |
※1 遅刻したことはすでに明らかであり、話者の訴えたいことは遅刻の理由が寝坊であることなので、「もんで」が使われる。「で」を使うと言い訳というより開き直った感じになる。
※2 不可能ではないがあまり言わない。
※3 「29日のあるのは閏年だからだ」のような感じで理由に重点があるときは「もんで」が、「29日がある」という結論に重点があるときは「で」が使われる。
※4 呼びかけのときには「で」を使い、応答のときには「もんで」を使う。
※5 文末に付く「に」は接続助詞ではなく終助詞の「に」であり、別の語である。
[編集] 接尾辞
複数を表す接尾辞「達」は、名古屋弁ではたあ、んたあ、んたらあなどの形をとる。また、同じく「ら」はらあのように伸ばす。
[編集] 発音
[編集] 四つ仮名
四つ仮名については共通語と同様である。すなわち、「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の区別がそれぞれ無い。
[編集] 鼻濁音
鼻濁音については、用いる地域と用いない地域が入り乱れてる。
[編集] 連母音の変化
アイまたはアエという連母音がアとエの中間の母音を伸ばしたものに転じることがある。例えば、「…じゃない」という表現は「…だねぁ」または「…じゃねぁ」となる。よく便宜的に「にゃあ」と表記されるが、共通語の拗音とは異なる音である。また、変化するのは母音だけで子音は変化しない。例えば「とろくさい」が「とろくせぁ」となった場合、子音はshにはならずsのままである。
この発音は愛知県西部全域で行われているわけではなく、共通語と同じく「アイ」と発音する地域もあれば、江戸言葉と同様に「エー」として発音する地域や、「アー」とする地域も古くからある。近年では共通語式の「アイ」という発音が広まりつつある。
この項目では伝統的な名古屋弁を描写する観点から記述しているが、実際にはこの母音の変化は若年層の自然な会話からはほぼ失われている。高齢層においても日常的な語彙に限られ、耳慣れない語は共通語式に発音される。したがって、メディアにおけるイメージのように「カベライト」を「カベレァト」のように商品名を名古屋弁式に発音することは現実にはほとんど無い。エビフライは日常的な語彙だが、名古屋弁のステレオタイプとして有名になりすぎたためエビフレァとの発音は避ける傾向にある。
その他、オイおよびウイという連母音がそれぞれオとエおよびウとエの中間の母音を伸ばしたものに転じることがかつてはあったが、現在ではほとんど失われている。
[編集] 拗音
拗音の発音は共通語と同様である[5]。上記の連母音の変化したものが便宜的に拗音のように表記されることがあるが、表記上だけのことである。共通語と共通する語彙にも名古屋弁独自の語彙にも拗音を持つ語はあり、それらは名古屋弁でも拗音で発音される。例えば蒟蒻はあくまでコンニャクであり、×コンネァクと発音されることはない。
[編集] 音便
- サ行五段動詞がイ音便を起こすことがある。〔例〕話して→話いて(はないて)
- 上記の連母音の変化と複合して起こることもある。〔例〕話して→話ぁて(はねぁて)
- 上でもすこし触れたように「…ではない」などの「では」が一部の地域・話者で「だ」と略されることがあるが、これは「…ではない」などの「では」に限られたものであり、他の「では」またが「じゃ」が「だ」に転じることはない。
[編集] アクセント
名古屋弁のアクセントの特徴を短く表せば、「共通語より遅れてピッチが上がり、共通語と同じ位置で下がる(ことが多い)」である。以下、共通語のアクセントについての知識があることを前提に詳述する。
名古屋弁と共通語とのアクセントの違いは次の2つに分けられる。
- ピッチの上がり目
- ピッチの下がり目
「名古屋弁らしさ」の正体は、2よりも1である。名古屋弁話者は2には自覚的でも1には無自覚なことが多いので、本人は共通語を話しているつもりでもこの特徴によって名古屋弁話者であることが分かる。俗に「イントネーションが違う」と言われるが、正確にはイントネーションではない。
共通語の語は、アクセントの核の位置によって、
- 頭高型
- 中高型
- 尾高型
- 平板型
の4つに分類されるが、この分類は名古屋弁でも成り立つので、以下の説明にも用いる。
[編集] ピッチの上がり目
共通語ではピッチの上がり目は語頭か第2音節に来るが、名古屋弁では語頭、アクセントの核の直前、または第3音節の直前に来る。
型別に述べれば下記のとおりである。
- 頭高型では共通語と同様に第1音節のみが高く、以降が低く発音される。
- 中高型ではアクセントの核のある音節の前までが低く、核のある音節のみ高く、以降再び低く発音される。この違いは複合語――アクセントの上では一語として発音される――で顕著になる。例えば「ウィキメディア財団」は、共通語では「うぃきめでぃあざいだん」と第2音節から第6音節までが高くなるが、名古屋弁では「うぃきめでぃあざいだん」と第6音節のみが高く発音される。
- 尾高型も中高型と同様に語頭からアクセントの核のある音節の前までが低く、核のある音節が高く、後ろに続く助詞が低く発音される。例えば「男が」は共通語では低高高低だが、名古屋弁では低低高低である。
- 平板型では第1音節から第2音節までが低く、以降が高く発音される。例えば「名古屋弁」は共通語では低高高高高だが、名古屋弁では低低高高高である。
[編集] ピッチの下がり目
共通語でも名古屋弁でも同音異義語を区別するのはピッチの下がり目である。ピッチの下がり目をアクセントの核と言う。一般にアクセントと言った場合、これを指す。
アクセントの核の位置は共通語と同じ場合が多いが、下記のような違いがある。下の例で太字になっているのはアクセントの核である。
- 「何」「いくつ」「どれ」などの疑問詞は平板に発音される。共通語の疑問詞がそろって頭高型なのと良い対照を見せている。
- 「これ・それ・あれ」などの「こそあ言葉」(ドを除く)は尾高型である。
- 「何もない」などと言うときの疑問詞は、尾高型である。
名古屋弁 | 共通語 | |
---|---|---|
疑問詞 | 平板 | 頭高 |
こそあ言葉 | 尾高 | 平板 |
疑問詞+も | 尾高 | 平板 |
- 位置関係を表す名詞で平板型が嫌われる傾向がある。北、東、南、西、右、左、手前、こちら、そちら、あちら、間(あいだ)、向かい。以上は共通語では平板だが名古屋弁では尾高型である。
- 地元の地名は平板型が好まれる傾向がある。
- 共通語の形容詞はアクセントの点で1類と2類に分けられるが、名古屋弁ではこの区別がない。終止・連体・連用形では結局のところ共通語の1類形容詞と同じだが、以下の形では異なる。
- 「~かった」という形では「か」にの核が来る。
- 「~ければ」という形では「け」に核が来る。「~けや」と略された場合もおなじく「け」にアクセントの核が来る。
- 「~かった」「~ければ」は元々「~くあった」「~くあれば」の縮まったものである。この「あった」「あれば」の核が保存されていると考えると分かりやすい。実際にそういう経緯でこのアクセントが成立したかはともかく、結果的には「あった」「あれば」の核が保存されたような形になっている。
- 形容詞の連用形の「く」が落ちた場合のアクセントの核は、最後から2つ目の音節に来る。ただし、直後に「なる」が来た場合は「なる」と繋がってひとつの1類動詞のように発音されることがある。
- 「よろしく」「ありがとう」など形容詞の連用形を起源とする挨拶言葉は、元の形容詞と同じアクセントで発音される。すなわち「よろしく」「ありがとう」。
- 動詞がアクセントの点で1類(終止形が起伏型になるもの)と2類(終止形が平板型になるもの)に分けられるのは共通語と同様だが、名古屋弁では共通語に比べて1類動詞が多くその分2類が少ない。複合動詞(走り込む・申し入れるの類)はほとんどが1類である。ただし、複合動詞のアクセントは共通語でも近年1類に移行しつつある。
- 1類動詞のアクセントは活用による変化を含めて共通語とほぼ同じである。
- 2類動詞では下記のような違いがある。
- 2類動詞に「て/た」がついた場合、「て/た」の直前へ核が置かれる。ただし「て/た」の直前が (1)語頭にあたる場合 (2)アクセントの置けない「ん」「っ」および無声の「し」である場合は平板のままである。五段動詞の多くは(2)の条件にかかるので、結局この現象が起こるのは上一・下一段およびカ行五段活用の動詞である。サ行五段活用動詞で「し」を有声化して核を置く話者もいる。〔例〕入れる(いれる)→いれて
- 2類動詞の連用形に「に」がついた場合、「に」の直前へアクセントが置かれる。「て/た」の場合と違ってこちらは活用の種類や行を問わない。〔例〕DVD-Rを買いに行った。
- 「て」の後ろに補助動詞がついた場合は、上記に関わらず平板になる。
- 命令形では後ろから2番目の音節に核が置かれる。
- 動詞に補助動詞が付いた場合、動詞部分が平板化する。
- 動詞が1類であった場合――例えば「書いてある」の場合、共通語では「書いて」「ある」双方の核が残るが、名古屋弁では「書いて」の核が失われる。
- 動詞が2類であった場合、共通語では「~て」の形が元々平板である。名古屋弁では「~て」の形は平板とは限らないが、補助動詞がつくと平板化する。結果的には同じになる。
- 「~してくれ」という意味の「~して」は、「~してくれ」の「くれ」が略されて成立した経緯から常に平板に発音される。
- ただし、補助動詞「まう2」の前では平板化しない。
以上をまとめると下表のとおりである。見やすくするため補助動詞「まう2」や2類で2音節で音便を起こす動詞のような例外は省いてある。赤字は共通語との相違点。共通語と異なる場合のある形のみ挙げた。終止形は共通語と同じだが参考のために挙げた。
名古屋弁 | 共通語 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アクセント類別 | 音便 | 終止形 | +て/た | +に | +て+補助動詞 | 命令形 | 終止形 | +て/た | +に | +て+補助動詞 | 命令形 |
1類 | (問わない) | 後ろから2番目 | 「て」の2つ前 | 「に」の2つ前 | 平板 | 後ろから2番目 | 後ろから2番目 | 「て」の2つ前 | 「に」の2つ前 | 「て」の2つ前 | 後ろから2番目 |
2類 | 起こすもの | 平板 | 平板 | 「に」の直前 | 平板 | 後ろから2番目 | 平板 | ||||
起こさないもの | 平板 | て/たの直前 | 「に」の直前 | 平板 | 後ろから2番目 |
- 複合動詞の前半部分の動詞の核が保たれることがある。ただしこれは東京弁(共通語ではない)でも同様である。
- 名詞に複数を表す接尾辞がついた場合、核は後ろから2つ目に来る。おまえたち/おまえたあ/おまえんたあ/おまえんたらあ/おまえらあ
- 受身・可能・尊敬の助動詞「れる/られる」がついた動詞は、共通語では全体が元の動詞と同じ型で発音されるが、名古屋弁では元の型と関係なく1類動詞として発音されることがある。特に尊敬の意味では「っせる/やっせる」からの類推かその傾向が強い。
- その他使用頻度の高い語で核の位置の違うものを挙げる。ハイフンの後は共通語での核の位置。
- いつも - いつも
- くつ - くつ
- さきに - 平板
- ~だけ - ~だけ
- まいにち - まいにち
- わざと - わざと
[編集] イントネーション
共通語より強い。
疑問文の最後の音節が伸ばされ、その伸ばされた音節の前半が高く、後半が低く発音されることがある。
- なにい (何?)
- どこええ (どこへ?)
[編集] 語彙
- 古語が生き残っている場合も多い。
- 見出しの後の数字はアクセント。2とあれば頭から2音節目にアクセントの核がある。0は平板。
- 形容詞のアクセントは全て最後から2つ目なので省略してある。
- 前述の連母音の変化により共通語の語彙と規則的に対応するものは挙げない。例えば愛知県(えぁちけん)は共通語の愛知県(あいちけん)と規則的に対応するので挙げない。
- あすんどる
- 【連語】休んでいる。使われないまま放置されている。
- あふらかす 4 溢らかす
- 【動五】溢れさせる。
- あぶる
- 【動】扇ぐ
- あやすい
- 【形】簡単。容易。
- あらけない
- 【形】乱暴な。
- あんき(になる)
- 【連語】安心になる。安気からか?
- あんばよう 4 塩梅よう
- 【副】上手に。具合よく。〔読み方注意〕「あんばよう」と読む。「い」は入らない。
- いごく 2
- 【動五】うごく。
- いざらかす 4
- 【動五】(1)「いざる」の使役形。(2)物を持ち上げずに引きずって移動させる。
- いざる 移去る 0
- 【動五】(1)人が立たないまま膝を引きずって移動する。(2)人や物が水平方向に短距離移動する。
- いっか 1 幾日
- 【名】(1)何日。(2)日付が思い出せないときに代わりに使う言葉。〔例〕2月のいっかに行った(2月の何日だったかに行った) ※江戸落語でも(1)の意味で聞かれる。名古屋弁では(2)の意味が主流。
- いっつか 3
- 【副】とっくに。
- うしなえる 0 失える
- 紛失する。
- うでる 2
- 【動下一】ゆでる。
- えらい
- 【形】(1)疲労や病気で体に倦怠感がある。(2)疲労が予想されるほどの重労働である。 主に体調の悪化の表現、自他へのねぎらいとして(例:えらかったねぇ)(山口弁でも同様の意味で使用される。)
- おいでる
- 【動上一】おいでになる。
- おうじょうこく 5 往生こく
- 【動五】苦労する。大変な目に会う。
- おうちゃく 0 横着
- 【形動】雑であること。なまけること。
- おくれる 3
- 【動下一】「くれる」の尊敬語。敬意の度合いは「下さる」より低い。
- おそがい
- 【形】恐ろしい。怖い。
- おっさま 1、おっさん 1
- 【名】お坊さん。「おじさん」の意の「おっさん」とはアクセントが異なる。
- おぶう 2
- 【名】お茶。茶葉でなく茶碗に注がれた状態を言う。
- おぼわる 3 覚わる
- 【動五】身につく、習得する
- かいもん 3
- 【名】(1)「かう(1)」のに使う木切れや段ボール片など。(2)「かう(3)」のに使う養生材。
- かう 1 支う
- 【動五】(1)物を動かないようにするために隙間に物を押し込む。引き戸につっかい棒、駐車車両に輪止め、ガタつく家具の下に木片など。(2)施錠する。(3)ジャッキと工作物の間に養生材を挟む。
- かずする 1 数する
- 【動サ変】数える
- かわす 2
- 【動五】しっかりと、または強引に「かう(1)」
- かん 0
- 【連語】「いかん」の「い」の抜けたもの。いけない。駄目である。
- かんこう 0 勘考
- 【動サ変】計画する。考える。工夫する。
- きいない、きない 黄ない
- 【形】黄色い。
- きさる 0 着さる
- 【動五】(1)すっぽりとかぶせることができる。(2)(中身が多すぎたりせず)容器の蓋を閉めることができる。(3)帽子やヘルメットのサイズが合う。
- きせる 0 着せる
- 【動下一】標準語の「着せる」の意味の他に、蓋を被せる、キャップを締めるの意味がある。
- きっとなら 3
- 【接】理由を述べる前に「なぜなら」というのと同様の、「きっと」と思う推測を述べる前の前置き。〔例〕きっとなら持って帰ってまったんだよ。(これは推測だけど持って帰ってしまったんだよ)
- きもい
- 【形】きつい、小さくて窮屈。「気持ち悪い」の意の共通語の 若者言葉と同音衝突を起こしたため、聞かれなくなった言葉のひとつ。
- きんとき 1
- 【名】イラガの幼虫。
- くすがる 0
- 【動五】刺さる。
- くすげる 0
- 【動下二】刺す。予め穴のあいているところや柔らかいものに突き刺すことを言い、固いものに打ち込むことや、刃物で刺すことは言わない。
- くわれる 3
- (蚊、ブヨなどに)刺される。
- ケッタ 0
- 【名】自転車。新方言。
- ケッタマシーン 5
- 【名】(1)「ケッタ」を大げさにいう語。(2)変速機つき自転車。(3)原動機付自転車。
- こうこ 0
- 【名】たくあん。
- ござる 2
- 【動五】「居る」「来る」の尊敬語。いらっしゃる、おいでになる。
- こすい、こっすい
- 【形】(1)悪い意味で金銭に細かい。守銭奴。(2)ずるい。
- こそばいい、こそばゆい、こそばい
- 【形】くすぐったい、むずがゆい。
- ごたいげさま 2 でした 1 ご大儀様でした
- 【連語】お疲れ様でした。〔読み方注意〕「ごたい"げ"さま」と読む。
- ごぶれい 2
- 【動サ変】失礼する。
- ごぶれい 3
- 【名・形動】失礼。サ変動詞の場合とアクセントが異なるのに注意。
- ごぶれい 2 します 2 ご無礼します
- 【連語】失礼します。時代劇みたいだが、名古屋弁では現役。
- こわい 強い
- 【形】(食べ物が)固い。
- こわける 3 壊ける
- 【自下一】壊れる。
- こわす 2 壊す
- 【動五】共通語の「壊す」の意味の他に「小額紙幣や貨幣に両替する」の意味がある。
- さっせる 3
- 【連語】「する」に対する軽い尊敬語。「する」に尊敬の助動詞「っせる」がついたもの。
- さむけぼろ ?、さむぼろ 0?
- 【名】鳥肌
- ざらいた 0 ザラ板
- 【名】すのこ。
- しゃこう 0 車校
- 【名】自動車学校。新方言。
- じん 1 仁
- 【名】人。者。「あの仁=あの人」「変わった仁=変わり者」のように使う。人をおちょくったニュアンス。
- すぐと 1
- 【副】すぐに。
- ずっこい
- 【形】ずるい
- すやくる ?
- 手抜きする。
- せらっせる 4
- 【連語】「する」に対する尊敬語。「さっせる」より敬意の度合いが高い。「する」の異形「せる」に尊敬の助動詞「っせる」のついたものか。
- たあけらしい
- 【形】馬鹿馬鹿しい。意味がない。
- たいがい 0 大概
- 【形動】程々。いい加減。〔例〕大概にしとけ(いい加減にしておけ)
- だだくさ 2
- 【形動】乱暴、いい加減。ずぼら。
- たわけ 0、たあけ 0 戯け 田分け
- 【名】愚か者。カウンセラーの長田百合子が、カウンセリングの際に引きこもりの少年に罵倒したことで、全国的に認知されるようになった。このことをネタにする芸人も居る。
- たわけた 2,3、たあけた 3
- 【連体詞】愚かな。「×たわける」という動詞があるかのように見えるが、実際には無いようである。
- ちみくる 3
- 【動五】つねる
- ちゃっと 1,0
- 【副】すぐに、急いで、即座に。
- ちょう 1
- 【副】原義は「ちょっと、少し」。この意味で使われることもあるが、頼み事をするときの呼びかけの言葉として使われることが多い。流行語の「超」(「超すごい」の類の副詞の「超」)と同音で同じ品詞で文字通りの意味は反対なため、「超」の流行後はあまり聞かれなくなった。〔例〕ちょう、頼むわ。(ねえ、お願いできるかな)
- ちょうすいとる 5
- 【連語】いばってる。「調子付いている」の意味か?
- ちんちこちん 0、ちゃんちゃかちゃん ?
- 【形動】「ちんちん」より更に熱い様。
- ちんちん 0、ちゃんちゃん ?
- 【形動】非常に熱い様。熱せられた金属が水をはじく音からか。
- つくなる 3
- 【動五】適当に集めて置いてある。または適当に積み重ねてある。整理されてはいないが、かといって散らかってもいない状態にある。
- つくねる 3
- 【動下一】適当に集めて置いておく。または適当に積み重ねておく。整理されてはいないが、かといって散らかってもいない状態にする。
- つねくる 3
- 【動五】つねる。
- つる 0 吊る
- 【他五】机などを持ち上げて移動させる。ひっかける。
- でら 0
- 【副】「どえらい」の略。「どえらい」と違って形容詞としての用法はなく副詞のみ。「どら」「でれ」と言う人もいる。〔例〕でら高い(とても高い)。
- でんち ?
- 【名】半纏
- どうぞこうぞ 4
- 【副】どうにかこうにか。
- どえらい 3
- 【形・副】すごい、すごく。「どえれぁ」と発音する人もいる。
- ~とさいが 0、~とせぁが 0 、~とさいに 0
- 【連語】~すると、~したら。〔例〕ほうすると際がどえらいことになっただわ(そうしたらひどいことになったんだ)
- ~としてある 4
- 【連語】~と書いてある
- どべ 1
- 【名】最下位、ビリ。
- とろくさい
- 【形】(1)要領が悪い。(2)馬鹿馬鹿しい、ふざけた。
- なけな 2
- 【連語】なければ。
- なけや 2
- 【連語】なければ。「なけな」「なけらな」は形容詞「ない」だけの特殊な形だが、この形は生産的で、「良けや」「遠けや」のように全ての形容詞がこの形を取り得る。
- なけらな 3
- 【連語】なければ。
- なぶる 2
- 【動五】もてあそぶ。触る。
- なまかわ 0
- 【名】怠け者。長い間使っていなかったため使い物にならない様子。
- なるい
- 【形】(1)刺激が足りない、物足りない。(2)味が薄い。(3)マンネリである。
- なんかごと 0 何か事
- 【名】何事か。通常、事件・事故を暗示する。
- にすい
- 【形】鈍い。
- ぬくたい、ぬくとい
- 【形】温かい
- のっそい、のそい
- 【形】遅い。
- ~のよう 0 ~の余
- 【連語】~余り。後に「なる」が続く場合、助詞「に」を伴わないまま副詞的に用いられる。〔例1〕(副詞的用法)まあ10日の余なるしらん(もう10日余りになるだろうか)〔例2〕(名詞的用法)まあ10日の余だ(もう10日余りになる)
- はい 1、へぁ 1、はよ 1
- 【副】すでに。早くも。
- はぜる 2
- 【動下一】破裂する。
- はならかす 4 離らかす
- 【動五】離す。
- はば 1
- 【名】除け者。
- はやらかす 4 生やらかす
- 【動五】生えるに任せる。
- ばりかく
- 【動五】かきむしる
- はんぺん 3、はんぺい 3
- 【名】おでんの具で表面が茶色く中が白い魚のすり身(水より比重が重く沈むもの)、共通語では「アゲ」?。
- びいし 1 B紙
- 【名】模造紙。
- ひとなる 3、しとなる 3 人成る
- 【動五】(1)成人する。大人らしくなる。(2)人間に限らず動植物が身体的に成長する。
- ひらう 0 拾う
- 【動五】拾う。
- ぶちゃける 3
- 【動下一】ぶちまける。
- ふちっこ 2
- 【名詞】端っこ。
- ふるぼっさい 古ぼっさい
- 【形】古ぼけている。
- へぼい
- 【形】意気地なし。役立たず。弱い。しょぼい。さえない。
- ほう(副詞は平板、名詞としては頭高)
- 【副・名】そう。
- ぼう 0
- 【動五】「×ぼー」ではなく、「う」をきちんと発音する。(1)追う。追いかける。(2)急かす。(3)〔建築・土木〕日程や寸法を計算する。日程表や図面を「ぼう(1)」様子からか。(4)〔建築・土木〕端から順に施工する。
- ほうか 0 放課
- 【名】学校の休憩時間。
- ほかす 2、ほかる 0
- 【動五】いらないものをゴミ箱等に捨てる。
- ホセ 1
- 【名】物を刺すための棒。焼き鳥の串やアイスキャンディーの芯棒。
- ぼっこい
- 【形】おんぼろ。壊れそう。壊れかけ。〔用法〕完全に壊れている場合は言わない。
- ぼっさい
- 【形】(1)格好悪い。(2)外観がおんぼろである。〔用法〕外観に問題があっても機能には問題がない場合に言う。機能に問題がある場合は「ぼっこい」と言う。
- まあ 0
- 【副】もう。
- まあかん 0
- 【連語】便意・食欲・怒りなどが抑え切れない。もう我慢できない。もう許しておけない。
- まあはい 3、まあへぁ 3
- 【副】すでに、早くも。「はい」に同じ。
- まぎる 2 曲ぎる
- 【動五】(交差点を)曲がる。〔用法〕交差点でなく道なりに曲がる場合や道以外の棒などについて言うときは共通語と同様に「曲がる」と言う。
- まっかしけ 3 まっ赤しけ
- 【形動】赤一色である様。黒に対してまっ黒けというのと同様の強調表現。
- まっと 1
- 【副】もっと。
- まる 1
- 【動五】排便する。
- まわし 0
- 【名】支度。
- まんだ 1
- 【副】まだ。未だに。
- みえる 2
- 【動下二】居るの尊敬語。ござるより現代的。
- めいえき 0 名駅
- 【名】名古屋駅。あるいは、その周辺の地名(正式名称)。
- めいだい 0 名大
- 【名】名古屋大学。
- めいよん 1 名四
- 【名】(1)国道23号線の名古屋・四日市間。(2)転じて23号線の名古屋以東を含めることもある。
- めんぼ
- 【名】麦粒腫(ものもらい)。〔用法注意〕「めんぼ」は「麦粒腫(ものもらい)」という意味だが、「結膜炎」という意味と勘違いしている人もいる。
- やく ?
- 【名】略。
- やぐい
- 【形】建物や機械・装置の強度が低い。
- やっとかめ 0 八十日目
- 【形動】久しぶり。
- ややこやしい
- 【形】〔北部〕ややこしい
- ようけい 3、ようけ 0
- 【副】たくさん。
- ようこそ 3、ようけ ?
- 【副】歓迎に限らず感謝一般を表す。よくぞ。〔例〕ようこそ頑張っておくれた(よくぞ頑張ってくださった)。ようけ来やぁした(ようこそいらっしゃいました。)。
- わや 1
- 【形動】めちゃくちゃ(「すごく」の意味ではなく、破壊された様子の意味)。だめになった様子。台無し。
[編集] 地域差
名古屋市内
- 上町(うわまち)言葉:清洲越し以来、名古屋の城下町(中心部)で用いられた言葉。中区丸の内、長者町、本町通を中心に東区の徳川町、西区城西あたりまで。主に、武家、商家や料亭で用いられた。近年は話者の高齢化によりあまり聞かれなくなった。「なも」を初めとする敬語表現が豊富で、武士言葉も残る。
- 下町(したまち)言葉:名古屋の城下町周辺の農民や熱田区の港や市場を中心に用いられ、現在のいわゆる名古屋弁の基本となった言葉。終詞「が」を多用することが特徴。年輩の名古屋市民には「汚い言葉」のイメージを持つ人が多い。
名古屋市を中心に、
- 北へ行くと美濃弁の要素が入り、断定の助動詞「や」の使用が見られる。
- 西へ行っても木曽三川まではあまり変わりがないが、これを越えて三重県に入ると一気に関西弁になる。
- 南へ行って知多半島では狭義の名古屋弁の影響がやや弱く、「だらあ」の使用や準体助詞「の」の不使用など、名古屋弁が広まる以前に話されていた三河弁に近い言語の名残りがある。この地域の方言は知多弁と呼ばれることもある。
- 東は境川をそれこそ境に三河弁になる。
周辺の他の方言との比較については方言比較表を参照されたい。方言比較表では煩雑さを避け分かりやすくするために名古屋市中心部の狭義の名古屋弁で代表させたが、広義の名古屋弁の中での比較を示せば下記のとおりである。北部の名古屋弁は瀬戸弁・一宮弁のように自治体名で呼ばれるのが一般的だが、ここでは仮に北部名古屋弁と呼ぶこととする。
北部名古屋弁 | 狭義の名古屋弁 | 知多弁 | |
---|---|---|---|
否定 | ~ん、~へん | ~ん、~せん、~へん | |
断定の助動詞 | や | だ | |
~するのだ | するんや | するんだ | するだ |
~じゃん | ~やん(?) | ×※1 | |
だろう(推量) | やろう | だろう | |
だろう(確認) | やろう | だろう(男) /でしょう(女性)※2 |
だらあ |
※1 伝統的な名古屋弁・知多弁では言わない。
※2 「だろう」は粗野な言葉とされており、女性は敬語を使っていない文脈でも「だろう」の使用を避けて「でしょう」と言う。
名古屋弁の単語は、遠州弁や三河弁でも使われていることがあるが、静岡弁でも使われていることもある。
逆に、名古屋弁と静岡弁では使われているのに、その間の遠州弁や三河弁では使われていない単語もある。
名古屋弁 | 三河弁 | 遠州弁 | 静岡弁 | |
---|---|---|---|---|
~だに、~だら、~だもんで | ○ | ○ | ○ | ○ |
~だねぁ、~かしゃん/~かしん | ○ | × | × | ○ |
[編集] 共通語への切り替え
名古屋弁話者は公の場では共通語に切り替え、名古屋弁の使用を避ける傾向がある。アクの強い語尾からちょっと聞いただけでは共通語とずいぶん違うように聞こえるが、差異は表層的なものに限られ、文法面でも発音面でも共通語との距離は実はそれほど大きくない。名古屋弁話者が共通語に切り替えるために要する努力は東京弁話者が共通語に切り替えるのに要するものと大差ない。よほどの年配でないかぎり造作もなく切り替えることができる。共通語がうまく話せないことによる方言コンプレックスはこの地域では見られない。
文法面では、「がや」に代表される独特の終助詞類と否定の助動詞「ん/せん/へん」、接続助詞「で/もんで」の使用さえ控えればほぼ共通語になる。
アクセントの面では一般にアクセントとして意識されるピッチの下がり目つまりアクセントの核は元々共通語との差が少ない。一方ピッチの上がり目はかなりの場面で異なるが、聞き手としては「なにか違う」とは感じても具体的にどこが違うかは指摘できない場合が多いので、本人は共通語のアクセントで話しているつもりになることができる。
「準公」程度の場面では下記のような部分で名古屋弁が残る。意識的に残す面もある。地元政治家の講演や地元業者同士の仕事上の会話はこのような言語で行われる。
- アクセント。単にアクセントの違いに無自覚な話者もいれば、意識的に残す話者もいる。「居る(いる)」が1類になっているのは本人が共通語を話しているつもりのときに補助動詞として頻出するので特に目立つ。年配の者が公の場で共通語文法+名古屋弁アクセント(+若干の名古屋弁)で話すため、一種格式の高いアクセントと捉えられている感じもある。
- 文中の表現。文末表現は共通語に変えても文中の表現はそのまま残すことがある。すなわち「どういうことかしゃん思って行ってみたんだわ」と「どういうことだろうかと思って行ってみたんですよ」の中間として「どういうことかしゃん思って行ってみたんですよ」のように文中にのみ名古屋弁を残す表現をすることがある。場面が改まるにつれて全文名古屋弁→文中名古屋弁・文末共通語→全文共通語の順に切り替えていく。
- 接続助詞「で/もんで/けどが」は抵抗なく使われる。ただし「に」は使われない。
本人が完全に共通語に切り替えたつもりでも次のような特徴が残ることがある。
- アクセントのピッチの上がり目が後ろへずれる。
- 「来る」の仮定形として「これば」を使う。共通語では「くれば」。
- 「行こうが行くまいが」のような表現をしようとして「行こまい」という名古屋弁の勧誘表現と混交を起こし、「行こうが行こまいが」と言ってしまう。
丁寧の助動詞「ます」と名古屋弁の助動詞・終助詞との接続には大きな制限がある。例えば「×今行きますがや」「×行かしますか」の表現は通常しない。それぞれ「今行くって言ってるじゃないですか」「行かれますか」のように共通語に翻訳して表現される。
[編集] メディアと名古屋弁
この節ではメディアに現れた名古屋弁について述べる。
前節でも述べたように名古屋弁と共通語の距離はそれほど大きくない。自然な表現をすれば結果的に共通語と一字一句変わらぬ表現になることもあるが、メディアに現れる名古屋弁ではこのような場合無理にでも名古屋弁らしい語尾をつけることがある。
- 1969年、名古屋市に本社を置く食品メーカー・オリエンタルの『スナックカレー』のテレビCMに名古屋育ちの喜劇俳優・南利明が出演し、「ハヤシもあるでよー」で締める南の名古屋弁丸出しのCMが全国で放映され、当時の流行語にもなった。
- 愛知県出身のシンガーソングライターであるつボイノリオの歌に名古屋弁のオンパレードである『名古屋はええよ!やっとかめ』という歌がある。
- タイムボカンシリーズ第6作『逆転イッパツマン』で山本正之が演じた2-3が喋っていた方言は、一部で名古屋弁と誤解されているようだが、三河弁である。このような誤解があるのは、よその地方の人が聞けば名古屋弁も三河弁も地元の人間が思っているほどには変わらない、という証拠かもしれない。
- アニメ『Dr.スランプ』でニコチャン大王が喋っていた名古屋弁は考証が酷い、というより、端から正しい名古屋弁にすることを放棄していた。ニコチャン大王の声優が名古屋出身でなかったとはいえ、脚本の辻真先、木緑あかねの声をあてた杉山佳寿子やギャオス署長などの役を演じた戸谷公次は名古屋市出身であり、まともな名古屋弁にすることも不可能ではなかったはずである。テレビ的な分かりやすさのためにあえてエセ名古屋弁にしたのかもしれない。原作者の鳥山明は愛知県尾張地方出身であるため原作の漫画ではまともである。鳥山の出身地の方言は北部訛りの名古屋弁のはずで、実際に欄外や単行本での埋め草漫画での鳥山の言葉には北部の訛りが見られるが、原作でのニコチャン大王の言葉は標準的な名古屋弁である。
- SUPER BELL"Zの曲『MOTOR MAN N∀GOYA 空港特急ミュースカイ』の中で、名古屋駅~中部国際空港駅のアナウンスを名古屋弁や三河弁で行うシーンがある(ただし、少し間違っている箇所もある)。なお作詞者の野月貴弘は北海道出身。
- 歴史漫画や時代劇などで名古屋弁が登場するのは少ない。まれに豊臣秀吉が話していたりする。大河ドラマ『秀吉』では秀吉の母なか(大政所)役の市原悦子が名古屋弁を駆使していた。数年間隔でNHK名古屋製作の名古屋を舞台とした現代ドラマが放送される。内容は典型的な質素倹約な名古屋人と東京人の比較が多い。
- 法廷推理小説および、テレビドラマにもなっている「赤かぶ検事奮戦記」の主人公、柊茂は設定で名古屋市内出身で、古女房の柊春子とともに自宅でも法廷でもどこでも独特な名古屋弁で話す。これをテレビドラマで体現した赤かぶ検事役のフランキー堺は、独自でさらにデフォルメをはかるも、それを観た名古屋の視聴者たちからは異論はほとんどなく逆に「面白い!」と賛辞をうけた。作者の和久峻三は名古屋出身ではないが、中日新聞社の記者をしていたときに名古屋弁を習得している。
- 焼きたて!!ジャぱんでスペンサー・ヘンリー・ホコーの話す名古屋弁は考証がなっていない。特に「~だけれど」という意味で「~だぎゃ」と言っているのは三重の誤りでありまったく酷い。(1)接続助詞の「が」は終助詞の「が」と紛らわしいので名古屋弁では使わない。(2)アイという母音の連なりが無いので母音の変化は起こらない。(3)アとエの中間の母音であり拗音ではない。
- みず谷なおきの人類ネコ科で守山修一郎が話していた名古屋弁はきちんと考証されていた。標準的な名古屋弁でなく北部のものである。誇張された部分もあり、特に「やあす」をあまりに多用するのは不自然だが、これとて「自分自身に対しては使わない」という線は守られており、世の漫画作品にあふれるエセ名古屋弁とは一線を画している。
- 松岡圭祐の『煙』に現れる名古屋弁はまともである。誇張も少なくメディアに現れる名古屋弁としては非常にリアルである。
- 清水義範はショート・ショート『決断』を著して以来、名古屋弁の小説を発表している。『やっとかめ大(でゃあ)名古屋語辞典』では独自の音便論を展開している。名古屋弁の語彙に着いては山田昌の指導を負う所が大きい。
- フジテレビ制作の大奥第一章では藤田まこと演じる徳川家康が方言でしゃべる場面があるが、名古屋弁である。徳川家康は三河国出身なのでリアリズムを追求するならば三河弁をしゃべらせるべきである。そもそも名古屋弁は家康が名古屋の町を作ったことによりやっと成立の土壌ができたもの[1]なので、家康の存命中にはまだ出来上がっていない。
[編集] よく見られる誤用の例
メディアに現れる名古屋弁によく見られる誤用の例を挙げれば下記のとおりである。
- 文末に、単に名古屋弁ぽくするために「みゃ~あ」「がや」「がね」を付ける。
- 文末に、単に名古屋弁ぽくするために「て」を付ける。
- アとエの中間の母音を拗音で代用する。すなわち「ねぁ」と発音すべきところを「にゃあ」と発音する。
- 関西弁の終助詞「で」を使う。名古屋弁でも接続助詞「で」を終助詞的に使うことはあるが、「~だからね」という意味であり、関西弁のように「~だぞ」という意味ではない。
- 終助詞「て」と「で」を混同する。音声メディアより文字メディアでよく見られるので校正ミスかもしれない。
- 男性が語気荒く話しているのに文末に「がね」が付く。もともと女性語である「がね」を男性が使うのは言葉を柔らかくするためなので、語気が荒いのに「がね」を使うのはオカマみたいで滑稽。
- アクセント。ピッチの上がり方がまったく再現できていない例が多い。一方で大げさで不自然になってしまっていることもある。
[編集] 名古屋弁を話す著名人
- 加藤晴彦…名古屋市出身。頻繁にバラエティー等で名古屋弁を使う。
- 松下由樹…名古屋育ち。「ココリコミラクルタイプ」で名古屋弁でまくし立てるコントがある(方言バトル)。
- 河村たかし…名古屋市出身。民主党衆議院議員で「TVタックル」、「そこまで言って委員会」などで名古屋弁丸出しで語る。
- 山田昌…常滑市出身であるが、上品な名古屋弁を話すことで著名。
- 宮地佑紀生…名古屋市出身。寿がきやCMやラジオで名古屋弁を使う。
※板東英二、星野仙一は中日ドラゴンズとかかわりが深いだけで名古屋出身ではない(それぞれ徳島県・岡山県出身)。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年。
- 大石初太郎・上村幸雄 編『方言と標準語 日本語方言学概説』筑摩書房、1975年。