学力低下
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学力低下(がくりょくていか)とは特に1980年代以降の日本において、若者の学力が低下したとする教育問題。小学校から高等学校までの教育課程において文部科学省により推進されてきた「ゆとり教育」が原因だとされている。しかし、低下の実態やその原因には、以下のように異論も多い。
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[編集] 概要
1990年代から大学関係者の間で学生の学力低下が話題になっていたが、1999年に出版された岡部恒治他著「分数ができない大学生」で世間に広く知られるようになった。また、経済協力開発機構(OECD)が、2003年に世界各国の15歳の生徒を対象に行った学習到達度調査(PISA)で、日本の順位が下がったとされたことから急速に問題視され始めた。しかし、順位低下の主な理由は参加国が増えたことであり、以下のようにこのことに関してはいくつかの批判がある(詳しくは「PISA」の項を参照)。
これを受け、当時の中山成彬文部科学大臣も、「ゆとり教育は、学習塾に通わない限り、充分な基礎学力を得られない教育だった」とし、週休二日制や「総合的な学習」の廃止を検討することも含めた方針の転換を早々に打ち出した。
[編集] 「学力低下」を巡る議論
[編集] 本当に学力は低下しているのかという議論
- この問題が注目されたきっかけは、2003年の学習到達度調査(PISA)において、日本の順位が下がったことだが、この調査は前回調査とは対象国が異なる上、日本の成績自体は、前回調査と比べ統計的に差はなく、日本の順位が下がったという議論は科学的に正確とはいえない。
- 「何を学力とするか」「その学力をどのように評価するか」が一定でなく、単純に「学力が低下した」と断定することはナイーブであるという意見がある。これに対し、数学、物理、化学、生物、地学などの理系の科目は基準が明確であり学力低下を明確に断定できるとの反論も存在する。英語も文芸解釈とちがいその基準は明確であり、歴史や地理の場合は知識の量を明確に測定できるとの主張も存在する。
- 2004年1月と2月に文部科学省の外郭団体・国立教育政策研究所が行った「平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査」では、逆にいわゆる「ゆとり教育世代」のほうがそれ以前の世代より成績がよいという結果が出ている。一方、この結果に対しては「ゆとり教育以前と以後の試験内容は異なるためこれで客観的な比較ができるとはいえない」という反論がある(このように、「学力低下の問題に関しては、お互いに自分の主張に有利な調査結果を持ち出して論を組み立て、不利な調査結果に対しては『調査の前提が異なっている』という批判を加える」という水掛論が珍しくない)。*
[編集] 「ゆとり教育」が「学力低下」の最も主要かつ直接的な原因なのかという議論
- 「学力低下」論争のきっかけとなったOECDによる学習到達度調査(PISA)調査において、全ての項目で日本を上まわったフィンランドは、週休二日制である。また「総合的な学習」に相当する時間も日本より多く「ゆとり教育」に近い内容である。すなわち時数削減や「総合的な学習」と「学力低下」は無関係であるという指摘も存在する。これに対しては、「制度だけ真似てもその教育システムを動かしているソフトウェアが異なっていては意味がない」という批判が提出されている。さらにヨーロッパの学校では日本やアメリカの学校に比べて体育、家庭科などの授業が少ない、あるいは存在しない。さらに音楽や芸術などは選択である場合がほとんどなので同じ週休二日制でも基礎科目である国語・数学の授業時間が日本より上回るという事実がある。
- 「高等学校必履修科目未履修問題」のように、文部科学省が学習指導要領を変更したからといって、それがすべて教育現場に反映するわけではない。むしろ各学校では、受験に関係する科目の時間数を増やす傾向がある。
[編集] 統計的に見た大学生の学力低下
大学生に限った場合、その学力低下の理由は、教育の大衆化が進展して大学が増え、高卒者に占める大学進学者の割合も増えたという点にあるとする見方が強い。1980年代頃、400校程度だった大学は、2005年現在、700校を越えており、それに伴って学生の数も、四年制大学で一学年あたり約37万人から54万人に増加した。にもかかわらず、18歳人口は年々減少しているから、20年前18歳人口における大学生の割合は20%程度だったのに対し、現在ではそれが40%まで伸びている。つまり現在は、20年前であれば大学生になれなかった学力の者が大学生の肩書きを得られるという状況にあり、これが大学生全体の学力低下の主な原因だと考えられる。
岡部恒治らによる『分数ができない大学生』も、世間で注目されたものの、全国の大学生について網羅的に成績データを集めたものではなく、限られたデータの分析結果で議論していることは否定できない。また岡部らが注目する一流大学が、戦前の大学のようにエリートの学生を集めているわけではなく、現在ではどの大学も大衆化していることも事実である。
[編集] 学力低下論への批判
- 何を以って学力低下とするかには一定の疑問が残る。昔と現代では各々時代背景が異なるので、単純に成績を比較することは出来ないという意見(たとえば単純に考えれば時代が下るごとに歴史をはじめ覚えねばならないことは増えることが考慮されていない、など)。
- 問題提起・解決のために「学力低下」を挙げるのではなく、単に後続世代を槍玉に挙げることによって前の世代が優秀であるという主張をするための口実としたり、子供に勉強を強いるための大義名分として利用しているのではないかという意見。
- 受験産業や私学が収益増の為に事実を誇張して喧伝している側面もあるという意見(「円周率を3として教える」という事実は、指導要領の文言の一部が誇張されているもの)。
[編集] 外部リンク
- 3+2×4=20?どうなるゆとり世代の学力 AllAbout
- 2005調査 学力低下の現状を探る(前編) AllAbout
- 文部科学省 OECD生徒の学習到達度調査 2003年調査
- 国立教育政策研究所 平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査
- 学習時間は学力アップに比例するか 牟田武生 毎日新聞2007/2/22
[編集] この項目の基本的な文献
- 岡部恒治・西村和雄・戸瀬信之 - 分数ができない大学生―21世紀の日本が危ない 1999 :ISBN 978-4492221730
- 加藤幸次・高浦勝義 - 学力低下論批判―子どもが“生きる”学力とは何か 2001 :ISBN 978-4654016938
- 苅谷剛彦・清水睦美・志水宏吉・諸田裕子 - 調査報告「学力低下」の実態 2002 :ISBN 978-4000092784
- 苅谷剛彦 - 教育改革の幻想 2002 :ISBN 978-4480059291
- 市川伸一 - 学力低下論争 2002 :ISBN 978-4480059598
- 陰山英男・小河 勝 - 学力低下を克服する本 ― 小学生でできること 中学生でできること 2003 :ISBN 978-4163593500
- 陰山英男 - 学力の新しいルール 2005 :ISBN 978-4163674803
- 伊藤敏雄 - 誰も教えてくれない教育のホントがよくわかる本 ゆとり教育になって学校はどうなった? 2006 :ISBN 978-4286009544