ゆとり教育
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ゆとり教育(-きょういく)とは、学習者が詰め込みによる焦燥感を感じないよう、自身の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念のことである。ただし、正式な用語ではない。日本ではこの理念にそって、1977年(昭和52年)、1989年(平成元年)、1999年(平成11年)に、文部科学省は学習指導要領を改訂し、授業時数の削減、学習内容の簡易化、総合科目の新設などを行った。
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[編集] 概念
[編集] 知識重視型教育
ゆとり教育以前の知識重視型教育は、もともと第二次世界大戦降伏後(1945年以降)の経験主義的な教育に対する「学力が低下している」という批判による教育方針転換の結果でもある。また、学習指導要領が法的な性質をもつようになったのも1958年(昭和33年)以降であり、それまでは学習指導要領の名称も試案とされており、法的な性質はなかった。
[編集] 経緯
- 1977年(昭和52年) 学習指導要領の全部改正 (1980年度〔昭和55年度〕から実施)
- 学習内容、授業時数の削減。
- 1989年(平成元年) 学習指導要領の全部改正 (1992年度〔平成4年度〕から実施)
- 学習内容、授業時数の削減。
- 1992年(平成4年)から第2土曜日が休業日に変更。1995年(平成7年)からはこれに加えて第4土曜日も休業日となった。
- 1999年(平成11年) 学習指導要領の全部改正 (2002年度〔平成14年度〕から実施)
- 学習内容、授業時数の削減。
- 完全学校週5日制の実施。
- 「総合的な学習の時間」の新設。
- 2004年 国際的な学力比較調査(PISA2003, TIMSS2003)の結果発表。日本の学力低下が明らかになる。
- 2005年 中山成彬文部科学大臣、学習指導要領の見直しを中央教育審議会に要請。
- 次年度より指導要領外の学習内容が「発展的内容」として教科書に戻る。
[編集] 結果
ゆとり教育により学力低下が起きたとして文部科学省は批判された。ゆとり教育には、文部科学省の寺脇研が中心的な役割を果たしたとされ、批判は寺脇の退職につながった。
学力低下が心配されていたゆとり教育(ここでは平成10年度から11年度にかけて告示された指導要領を指す)だが、2003年に国立教育政策研究所が行った調査[1]の結果では、多くの学年、教科で前回調査と同一の問題については、正答率が有意に上昇した設問が、正答率が有意に下降した問題よりも多かった。 しかもアンケートで「勉強が好き」「どちらかというと好きだ」と答えた子の割合は増加傾向にある。 一方、「導入から2年足らずで結果が出たのか」「ゆとり教育に危機感を抱いた家庭の教育の結果ではないか」など、ゆとり教育そのものの効果であるとは必ずしも言えず、この調査結果の解釈は難しい。
2006年1月に行われた大学入試センター試験では、現役受験生は中学3年生から新学習指導要領で学んだ1期生となった。新学習指導要領では学習内容が減り、入試で高校生の学力低下が表面化するのではないかと注目されていた。ところが、予備校の実施する模擬試験などの結果によると、ゆとり教育世代の現役生が例年に比べ、学力が極端に落ちたという傾向は出ていないという(これについては「出題される範囲も減っているため、正答率がある程度上昇するのは当然のこと」という意見もある)。
さらに2007年4月13日に文部科学省が発表した教育課程実施状況調査においても、平成10年以降の指導要領で学んだ高校生はそれ以前の指導要領で学んだ高校生に較べ、同じ内容の問題181問についていえば、正答率は145問が前回並、26問は前回を上回るという結果になった。同時に学習についての意識面でも「勉強は大切」と答えた生徒の割合は増加するなど、各種の指標は学力低下を示していなかった。これについて調査を行った国立教育政策研究所は、「(学力は)改善の方向に向かっている」と分析した。
[編集] 方針転換
教育現場では、以前から詰め込み教育とゆとり教育が表裏の関係にあると考えられていた。2003年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)による国際学力比較調査によると、世界各国の15歳の生徒が対象の学習到達度で、日本の順位が以前の上位から中位に転落したことがわかった。このことから日本の生徒の学力低下は急速に問題視され始めた。研究者や教育者の間ではゆとり教育が学力低下の主要因とするのは早急であるとの主張もあったが、2005年に中山成彬文部科学大臣も、「ゆとり教育は、学習塾に通わない限り、充分な基礎学力を得られない教育だった」とし、週休二日制や「総合的な学習」の廃止を検討することも含めた方針転換を打ち出した。
[編集] 様々な議論
[編集] 学力低下の原因?
今日の世論では、ゆとり教育の実施による学習内容の削減が基礎学力の低下を招いているという批判・否定的な意見が非常に多い(一部の塾・学校などでは、ゆとり教育が開始される以前からこのような世論になることを予想していた)。その一方で、基礎学力の低下の原因がゆとり教育と決め付けてしまうのは難しく他にも原因があるのではないか、等の意見もある。学習指導要領における学習内容の削減や時数の削減が教科学力の低下の最も主要かつ決定的な原因であるという命題は証明されていないという指摘がある一方、国際的な学力比較で日本の順位が転落したのは紛れもない事実であり、これ以上の証拠は必要無いという意見もある。ただし、この調査は前回調査より対象国が増加しており、日本の成績自体は、前回調査と比べ統計的に差がなく、日本の順位が下がったことを「学力低下」とする議論は科学的に正確とはいえない(詳しくは「PISA」の項を参照)。
また、基礎学力の低下により中学高校での学習に支障が出ているとの指摘もある。しかし、こうした現象の背景には生徒数の減少による受験圧力の低下があるという説もあり(小川2000)、一概に学習指導要領の内容のみに責を帰すべきものかどうか、結論は出ていない。
[編集] 格差を固定する?
ゆとり教育が学力低下を引き起こすという危惧から、首都圏を中心として児童・生徒が学習塾に通うようになったとされる。土日も返上して行く子供が増えたり、小中学校の削減分が高校に上乗せされて内容が過密化しているとも言われる(ただし、第二次ベビーブーマー世代の受験戦争においてもこうした現象は見られた為、「ゆとり教育」の時代の特有の現象とは言いづらい)。
こうした状況下では、保護者の経済力がそのまま教科学力に直結することになるという指摘もあり、低所得層の子弟は高い教科学力を獲得しづらく、結果として格差社会を固定化するという論もある。こうした考え方を取る立場からは、公立学校の授業時間を増やして公立学校の授業だけで充分な教科学力を獲得出来るようにすべきだという意見が提出されている。
一方、このような「授業時間数の多寡=教科学力の高低」という考え方を批判する意見もある。例えば小川洋は現在の「学力低下」(学力の分布が正規分布にならず、二つの山に分かれる現象)の背景には家庭における教育エートスの分断があり、この教育エートスの差異は1960年代の高度成長期に由来するとの説を立てている。すなわち、高度成長期に「金の卵」として都市部に出てきた人々の子供・孫の家庭では積極的に教科学力を獲得させようとする意欲に乏しいことが多く、こうした層の子弟が大学全入時代における受験圧力の消失によって完全に学校教育への意欲を失い、学習放棄をしているとの説である[2]。
「金の卵」の子孫が統計上の学力低下を主導しているとの説にはなお詳細な検討の必要があるが、2000年代日本の学力低下の元凶を、学習指導要領の内容削減ではなく家庭の教育力の崩壊に求める説は根強い。
[編集] 指導要領の解釈のブレの問題
従来、学習指導要領に示される学習内容は、「到達目標」(教育目的における十分条件)とされてきた。しかし、実際には「これ以上教えてはいけない」という硬直的な解釈もまかり通り、学習内容の削減とともに学習進度の早い児童・生徒(浮きこぼれなど)に対する対処が問題となった。2002年(平成14年)に文部科学省は、学習指導要領の内容を最低基準と位置づけ、発展的な学習内容を教科書に掲載したり、各学校で発展的な学習の指導を行っても良いという方針に改めた。(なお、この方針は、“発展的な学習の指導を行わなければならない”というわけではなく、“学習指導要領に定めた最低基準を満たしさらに余裕のある児童・生徒に対し、その実態に合わせてさらに発展的な学習の指導を行っても良い”というものである)。このことと整合性をとるため、2005年の教科書検定では小中学校の教科書にも発展的な内容の記述が容認された。
[編集] 総合的な学習の問題
ゆとり教育によって導入された総合的な学習の時間は、教員や児童・生徒の力量・意欲が高い場合は成功しやすいため、そういった要素に左右されるという欠点を持つとされる。実際、総合的な学習の時間を有意義に使う学校もある一方で、単に不足している授業時間の補完などに使う所も少なくなかったとされる。
[編集] 脚注
- ^ 平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査
- ^ 小川 (2000)
[編集] 参考資料
- 伊藤敏雄 『誰も教えてくれない教育のホントがよくわかる本 ゆとり教育になって学校はどうなった?』 文芸社、2006年、ISBN 4286009548
- 藤田英典 『義務教育を問いなおす』 筑摩書房、2005年、ISBN 4-480-06243-2
- 陰山英男 『学力の新しいルール』 文藝春秋、2005年、ISBN 9784163674803
- 苅谷剛彦 『教育改革の幻想』 ちくま新書、2002年 ISBN 4480059296
- 和田秀樹 『「ゆとり教育」から我が子を救う方法』 東京書籍、2002年
- 藤原和博 『公教育の未来』 ベネッセコーポレーション、2002年 ISBN 4-8288-3712-4
- 寺脇研 『21世紀の学校はこうなる―“ゆとり教育”の本質はこれだ』 新潮社、2001年、ISBN 4-10-290067-5
- 西村和雄 『ゆとりを奪った「ゆとり教育」』 日本経済新聞社、2001年、ISBN 4-532-14916-9
- 斎藤貴男 『機会不平等』 文藝春秋、2000年、ISBN 4-16-356790-9
- 小川洋『なぜ公立高校はダメになったのか―教育崩壊の真実』亜紀書房、2000年、ISBN-4750599034
[編集] 関連項目
- 新学力観 - 学力 - 生きる力
- 落ちこぼれ - 浮きこぼれ
- 学習指導要領 - 中央教育審議会 - 文部科学省
- 学校 - 学習塾
- 学力低下
- 総合的な学習の時間
- 学校週5日制
- 少子化
- 寺脇研
- PISA(学習到達度調査)
- 円周率は3
- 教育格差
- ゆとり世代
- 学力格差
- 格差社会
- 社会階層
- 教育社会学