心肺蘇生法
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心肺蘇生法(しんぱいそせいほう CardioPulmonary Resuscitation; CPR)とは、呼吸が止まり、心臓も動いていないと見られる人の救命へのチャンスを維持するために行う呼吸及び循環の補助方法である。
救命処置のうち、特殊な器具や医薬品を用いずに行う心肺蘇生法を一次救命処置(Basic Life Support; BLS)と呼び、救急救命士や医師による高度な蘇生処置(心肺蘇生以外も含む)を二次救命処置(Advanced Cardiac Life Support; ACLS)と呼ぶ。この稿では主に、市民による救助行動とBLSについて解説する。
○補足 狭義にはBLSは心肺蘇生法を意味しACLSに直結し表現される。しかし本来、BLS(一次救命処置)に直結するのはALS(二次救命処置)でありACLS(二次心肺蘇生法)はその一部である。そのためBLSと言う用語は、心停止に焦点をあてたBCLS(一次心肺蘇生法)と区別されなけばならない。しかしながらこのBCLSという言葉は日本では全く普及していないので、使われることは極めて少ない。この事を念頭に置き解釈を進めるべきである。
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[編集] BLSの意義
BLSとはつまるところ脳の蘇生である。人間の脳は呼吸が止まってから4~6分で低酸素による不可逆的な状態に陥る。2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度であるが、4分では50%、5分では25%程度となる(ドリンカーの生存曲線、カーラーの救命曲線)。したがって、救急隊到着までの数分間(5~6分)に「現場に居合わせた人による心肺蘇生」(バイスタンダーCPR)が行われるかどうかが救命率を大きく左右する。
欧米ではバイスタンダーCPRが広く普及し、救命に一定の効果を上げているが、日本でのbystander CPR施行率はまだ低い。心肺蘇生法のさらなる普及を目指して公的団体では消防庁・日本赤十字社・医師会・アメリカ心臓協会(日本ACLS協会委託)などが、民間企業ではメディックファーストエイド社などが中心となり一般市民への啓発や講習会が行われている。
なお、バイスタンダーCPRを行なう事により肋骨の骨折も考えられるが、緊急避難行為であり、これで過失傷害罪に問われた例はないため、消防でも「目の前で事態に遭遇した救命講習修了者は自信を持って処置して欲しい」と呼びかけている。
現在のBLS、ACLSは2005年11月28日には新たなガイドラインに基づいている(通称国際ガイドライン2005)。これにより心臓マッサージと人工呼吸の比率が30:2に改められた他、AEDの使い方についても追加されるなど改訂がなされている。
このガイドライン改定に伴い、日本でも日本救急医療財団が日本版ガイドラインを発表した。
[編集] 成人に対する心肺蘇生法(BLS)の実際
[編集] 状況の確認
倒れている人を発見したらまず状況の確認をする。 (交通事故や労災などの場合はまず周囲の安全を確認する。救助しようとして二次事故が起きては話にならない。)
[編集] 出血の確認について
日本の消防署独自の救命法として長らく「倒れている人から出血があるかどうか確認する。出血がない場合に限り、次に続く意識、呼吸の確認に移る。」という基準が採用されてきていた。これらは科学的な裏付けがあったわけではなく、現在は消防署の普通救命講習の中でも「出血の確認について」という項目そのものが存在しない。[1]
[編集] 意識の確認
近くによって意識の有無を確認する(肩を叩きながら相手の耳元で「わかりますか?」「大丈夫ですか?」などと大きな声で呼びかける、または爪の根元を強く押してみる 絶対に揺すぶってはならない)。同時に外傷の有無を素早く観察し、頭部や頸部に外傷が疑われる場合にはむやみに動かさない。 呼びかけに反応がなければ直ぐに助けを呼ぶ。
[編集] 速やかに応援を呼ぶ
意識がない場合には周囲の人に声をかけ救急車を呼んでもらい、また可能であればAEDを手配させる(絶対に一人で何もかも処置しようとしてはならない。二つの事を同時にやらねばならなくなるなど、必ず限界が来る)。他にも人がいる場合には、心得のある人に心肺蘇生を手伝ってもらうことが望ましい。
[編集] 気道確保(A:Airway)
呼吸の際の空気の通り道(気道)を開放することを気道確保という。意識がなくなると舌根が落ち込んで気道を塞ぎやすくなるため、呼吸の評価に先立って気道確保が必要である。 固い地面の上に仰向けに寝かせ、まず片方の手で額を押さえ、もう一方の人差し指と中指で顎を上に持ち上げる(頭部後屈顎先挙上法)。頸部に損傷が疑われる場合は首を反らす時はゆっくり行う。 このとき口の中に異物があって取れるときば除去する。 見えてはいるが取れそうもない時は無理に取ろうとしない。無理に取ろうとすることによって余計に詰まらせてしまうからである。
[編集] 人工呼吸(B:Breathing)
呼吸の確認:気道を確保できたら呼吸の有無を確認する。相手の鼻先に耳を近づけて呼吸音を聞き、吐息を感じ、また目で胸の動きを確認する(顔を横に向ける事で、以上の事を同時に進行するのが肝要である)。10秒以内に呼吸のサインが認められない場合には人工呼吸を開始する。従来は脈拍確認が指導されていたが、脈点を見つけ出す事自体が習熟者以外には難しいため変更された。
人工呼吸:額に当てている手の親指と人差し指とで鼻をつまみ空気が漏れないようにしてから約1秒間、胸部がかるく膨らむことを確認しながら2回息を吹き込む。
気道確保の際に異物を確認したが取れなかった時もとりあえずは一度息を吹き込み、入らない時はもう一度再気道確保を行って2回目の吹込みを行う。それでも入らない時は直ぐに30回の閉胸心臓マッサージに移る。
30回行った後、もう一度異物を確認し取れるなら取って、取れなければ先ほどと同じように吹き込み、入らなければ再気道確保をして2回めの吹き込みを行う。後は上記の継続である。大事なのは絶え間ない胸部圧迫である。
相手の口や周囲に出血があるなどの場合、口ではなく鼻に吹き込む方法もある。この場合、片方の手で顎を押し上げて口を塞ぎ、自分の口で相手の鼻を完全に覆ってやはり1秒程度息を吹き込む。近年では感染症防止の為、無理に人工呼吸を行わず心臓マッサージだけでもよいとされている。またこの懸念に対応し、要救助者の顔に被せる吹き込み用のマスク(フェイスシールド)が発売され始めている。
[編集] 胸骨圧迫(心臓マッサージ)(C:Circulation)
胸骨圧迫(心臓マッサージ):胸骨圧迫法で行う。乳頭と乳頭を結んだ線上で、からだの真ん中(胸骨上)に手の付け根を置き、圧迫部位とする。胸を掌(たなごごろ、手の付け根のこと)の部分で4~5cm程度沈むように圧迫する。この際に、肋骨が折れても構わない。また相手が堅いところに寝ていない場合には心臓マッサージの効果が半減するため背中に板を入れたりするのもよい。
肘を真っ直ぐ伸ばし、約100回/分の速さで圧迫を繰り返す(分かりにくい場合は「アンパンマンのマーチ」や「村祭り」がちょうどよいリズムになっている)。腕だけでやると疲労で続かなくなるので、必ず上体全部を使って行なう事。
心臓マッサージ30回毎に人工呼吸を2回行う。人工呼吸をすばやく行い、心臓マッサージの中断時間を10秒以内に抑える事が重要。2人以上いる場合はこの30:2の心肺蘇生を1サイクルとし、5サイクル毎に心臓マッサージと人工呼吸を交代する。
[編集] AEDによる除細動(D:Defibrillation)
AED(自動体外式除細動器)が使用可能であれば、循環のサインがないと判断した時点でAED処置を行う(心臓マッサージはAEDの準備が整ってAED機器から指示が出るまで中断しない!)。AEDの電源を入れ、電極パッドを胸部に貼りつける。パッドに貼付位置が図示してあるのでそれに倣って貼ればよい。AEDが心拍を自動的に解析し、除細動が必要であれば指示が出るので、周囲の安全を確認した後に通電ボタンを押して通電する。ショック印加は連続で行われるので、パッドは貼り付けたままでよい(蘇生が終わるまで剥さない)。除細動の指示がない場合は引き続き心肺蘇生を行う(除細動の必要がない=蘇生の必要がない訳ではない!)。以後の蘇生もAEDの指示に従い行う。
日本でも2004年7月に厚生労働省から一般市民のAED使用を認める旨の解釈が示されており、徐々に設置場所が増えつつある(外部リンク参照)。
[編集] 繰り返す
人工呼吸と心臓マッサージを継続する。胸骨圧迫心臓マッサージ30回毎に人工呼吸を2回行う。傷病者が払いのけるような動作など明らかに循環の回復を示したり、2次救命処置のできる人(例:救急救命士の救急隊員)が来るまで続ける。途中で中断してはならない(3時間後に蘇生した例もあるため、医師の死亡宣告が下るまでは諦めない事)。
呼吸は回復したが意識がないままの場合は、回復体位を取らせる(左腕を枕にして、左向きに横にしてやるだけでもよい)。
[編集] 参考
- ^ 東京救急協会 応急手当 http://www.teate.jp/teate_p01.htm
[編集] 関連項目
- 救急車/救急医療/救急医学/災害医療/応急処置/医学/歯科学
- 医師/歯科医師/救急医/救急救命士/赤十字救急法救急員/救命講習
- 日本赤十字社
- 日本救急医学会
- 日本ACLS協会
- メディックファーストエイド社
- 救急指定病院/大学病院/特定機能病院/関連病院
- 善きサマリア人の法 (Good Samaritan law)
- 日本蘇生協議会(JRC)
- 国際蘇生連絡協議会(ILCOR)
- 国際ガイドライン2005
- ライフセービング
[編集] 外部リンク
- 報告書(厚生労働省「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方」検討会)