琴欧洲勝紀
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琴欧洲勝紀 | |
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四股名 | 琴欧洲勝紀 |
本名 | カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ |
生年月日 | 1983年2月19日 |
出身 | ブルガリア・ベリコタルノボ |
身長 | 203cm |
体重 | 152kg |
所属部屋 | 佐渡ヶ嶽部屋 |
成績 | |
現在の番付 | 東大関 |
最高位 | 大関 |
生涯戦歴 | 205勝91敗(25場所) |
幕内戦歴 | 134勝76敗(14場所) |
優勝 | 十両優勝1回 幕下優勝1回 序ノ口優勝1回 |
賞 | 殊勲賞2回、敢闘賞3回 |
データ | |
初土俵 | 2002年11月場所 |
入幕 | 2004年9月場所 |
備考 | |
ヨーロッパ出身力士初の大関 元アマチュアレスリング欧州ジュニア王者。 |
琴欧洲勝紀(ことおうしゅう かつのり、1983年2月19日 - )は、ブルガリア・ヴェリコタルノヴォ出身で佐渡ヶ嶽部屋所属の現役大相撲力士。本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ(ブルガリア語:Калоян Стефанов Махлянов)。身長203cm、体重152kg。長身と、懐の深さ、抜群の格闘技センスで番付を駆け上がり、初土俵から所要11場所で入幕し、2005年11月場所終了後に大関に昇進した。得意は右四つ・寄り。通称カロヤン、星座は魚座、血液型はO型。
目次 |
[編集] 来歴
レスリング経験者で、欧州ジュニアチャンピオンの実績も持つ。佐渡ヶ嶽親方(当時=元横綱・琴櫻)のドイツ在住の知人(部屋の元床山)を介して来日。四股名はヨーロッパ出身であることに由来し、下の名前の“勝紀”は師匠の現役時代の四股名である“ 琴櫻 傑將”の名前の読み(まさかつ)の一部と本名“鎌谷 紀雄”から一文字ずつ取った。
左上手を取ってからの強烈な投げや寄りが得意だが、立合いの甘さに課題を残す。総じてプレッシャーに弱いところが弱点とされており、新小結場所では4勝11敗に終わったり、2005年7月場所では優勝争いの千秋楽で極度の緊張から自分を見失いあっけなく黒星を喫し、2005年9月場所では横綱朝青龍に敗れ部屋に帰る際にマスコミに雪駄を踏まれそれに怒り雪駄を地面に叩き付けたり、また、大関昇進をかけた場所・新大関の場所の初日に不本意な相撲で負け、序盤も不安定な相撲が続き、負けたときは苛立ちを見せるなどして精神的に不安定なところも課題と言われる。
しかしながら、将来の角界を担う存在として日本国内はもちろんのこと海外からも期待を集めている。身長の高さや、勢いでとっている面があり調子がいいときには横綱をも負かすが、悪いときには平幕にもあっさり負ける面がある。朝青龍には最近4連敗中で、対戦成績は琴欧洲の2勝8敗。また、同じ大関である白鵬にも相性があまり良くはなく、成績は琴欧洲の4勝9敗。
2005年9月場所には関脇昇進を果たし、それまで大鵬、千代の富士が持っていた、新関脇での初日からの連勝記録である8連勝を大幅に上回る、12連勝の新記録を樹立した。しかし、13日目朝青龍に敗れ連勝はストップ。その翌日は当時前頭16枚目ながら優勝争いに加わっていた稀勢の里にあっけなく敗れ、12連勝の後2連敗。千秋楽は大関千代大海に勝ち13勝2敗の成績で朝青龍と優勝決定戦を行い、13日目の本割に続いて彼に敗れ、史上最速での初優勝は成らなかった。翌場所では初日垣添敗れたものの、横綱朝青龍と大関千代大海を敗り11勝(4敗)を挙げ、場所後に大関昇進。入門からわずか19場所での大関昇進は年6場所が定着した1958年以降では幕下付出を除き史上最速であった。
新大関の2006年1月場所は、初日に露鵬に敗れたが、順調に白星を積み上げて行き、一時は優勝争いにも参加したが終盤に負けが込み、10勝5敗とまずまずの成績だった。幕内10場所目で大関2場所目だった翌3月場所は直前の稽古で右膝を痛め、一時は出場すら危ぶまれたが、本人の意思で何とか出場にこぎつけ、11日目に勝ち越し9勝6敗だった。翌5月場所も右膝と右足首が完治せず負け越しが危ぶまれたが、先代師匠の激励を受けて千秋楽にかろうじて勝ち越し8勝7敗。翌7月場所も1勝2敗から5連勝し6勝2敗としたものの、そこから崩れ再び負け越しの危険が高まったが、またしても千秋楽に勝ち越して8勝7敗。その次の9月場所は序盤3連勝の好スタートを切ったが、中盤の3連敗が響いて10勝5敗に終わっている。その9月場所後、成績が伸び悩んでいたことから、より良い画数を考え琴欧州から琴欧洲(読みは同じ)に四股名を改名した。その改名後の翌11月場所は序盤3連勝したものの、中盤での取りこぼしが響いて結局10勝5敗だった。
最近は序盤から平幕力士相手にあっさり負ける相撲も見受けられ、中日を過ぎる頃には優勝争いの中に名前が残らない事も珍しくない。2007年に入ってからまだ二桁勝てておらず、改名の効果が出ていない。大関昇進時には朝青龍の対抗馬としてかなり期待が集まっていただけに、失望の声も多くなっている。
[編集] 幕内での場所別成績
場所 | 地位 | 勝数 | 敗数 | 休場 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
平成16年9月 | 東前頭14枚目 | 9 | 6 | 0 | 新入幕 |
平成16年11月 | 西前頭10枚目 | 11 | 4 | 0 | 敢闘賞(初) |
平成17年1月 | 東前頭4枚目 | 9 | 6 | 0 | - |
平成17年3月 | 西小結 | 4 | 11 | 0 | 新三役 |
平成17年5月 | 東前頭5枚目 | 10 | 5 | 0 | - |
平成17年7月 | 東小結 | 12 | 3 | 0 | 殊勲賞(初) |
平成17年9月 | 東関脇 | 13 | 2 | 0 | 敢闘賞(2) |
平成17年11月 | 東関脇 | 11 | 4 | 0 | 殊勲賞(2)、敢闘賞(3) |
平成18年1月 | 西大関2 | 10 | 5 | 0 | 新大関 |
平成18年3月 | 西大関 | 9 | 6 | 0 | - |
平成18年5月 | 西大関 | 8 | 7 | 0 | - |
平成18年7月 | 西大関2 | 8 | 7 | 0 | - |
平成18年9月 | 西大関2 | 10 | 5 | 0 | - |
平成18年11月 | 西大関 | 10 | 5 | 0 | - |
平成19年1月 | 東大関 | 9 | 6 | 0 | - |
平成19年3月 | 東大関2 | 8 | 7 | 0 | - |
通算 | 151 | 89 | 0 | - |
[編集] 主な力士との幕内対戦成績
2007年3月場所現在
力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 |
---|---|---|---|---|---|
豊ノ島 | 1 | 1 | 千代大海 | 9 | 4 |
旭鷲山 | 4 | 2 | 栃東 | 6 | 5 |
安美錦 | 4 | 2 | 魁皇 | 6 | 3 |
玉春日 | 2 | 0 | 黒海 | 6 | 4 |
露鵬 | 5 | 5 | 栃乃洋 | 2 | 1 |
普天王 | 7(1) | 2 | 出島 | 7 | 2 |
豪風 | 4 | 1 | 朝赤龍 | 2 | 2 |
高見盛 | 5 | 0 | 玉乃島 | 5 | 1 |
土佐ノ海 | 2 | 1 | 白露山 | 1 | 1 |
北勝力 | 7 | 0 | 把瑠都 | 1(1) | 1 |
時天空 | 4 | 3 | 豊真将 | 0 | 2 |
稀勢の里 | 5 | 4 | |||
白鵬 | 4 | 9 | |||
安馬 | 6 | 2 | |||
岩木山 | 8 | 1 | |||
垣添 | 5 | 4 | |||
若の里 | 1 | 4 | |||
旭天鵬 | 7 | 2 | |||
雅山 | 8 | 4 | |||
朝青龍 | 2 | 10 |
(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数)
[編集] 略歴
[編集] エピソード
- 2004年9月、出身国の名を冠したヨーグルトを販売する明治乳業から化粧まわしを贈られた。同社は、特約を結び、自社製のヨーグルトを納入している。
- 2006年4月、EUより、旗をベースにデザインされた化粧まわしを贈られ、夏場所より使用している。ちなみに同年の明治乳業のCMでは、以前の化粧まわしを締めている。
- 当初は12の(白)星が描かれているため「12勝しかできない」意味で縁起が悪いと反発があったが、後に「残り3つの星は自分の力で勝ち取る」という激励の意味を付加することで受け取ることになった。
- 尚、琴欧洲の母国であるブルガリアは、2007年にEUに加盟した。
- 同じブルガリア出身のJリーグ・ジェフユナイテッド千葉所属のイリアン・ストヤノフとは友人であり、その縁で同チームの前監督であるイビチャ・オシム・日本代表監督とも親交がある。
- 端正な顔立ちで人気も高く、「角界のベッカム」と呼ばれた。
- 因みに、ベッカムと最初に形容したのはNHKの大相撲中継でゲストに呼ばれた大村崑である。
- しかし、当の本人はベッカムはあまり好きではないらしく、好きなサッカー選手は母国の英雄フリスト・ストイチコフであるという。
- TBS系の報道番組『ブロードキャスター』および『きょう発プラス!』で、高校時代に空腹から鳩を食べたという逸話が紹介された。その話をした高校時代のレスリング・コーチは伝聞で知ったのみである。
- 2005年7月場所10日目の旭鷲山戦で相手の引きに対し明らかに早く手をついたが、軍配は琴欧州に上がり、物言いはつかずにそのまま琴欧州の勝ちとなった。これは明らかな誤審であり、このことから一部では彼は同じブルガリア国籍のレスリング選手・アルメン・ナザリャンにちなみ、「角界のナザリャン」と呼ばれる。
- 2005年1月場所の6日目に雅山の変化に敗れた際に「変わった。オレが怖い? なぜ?(相手は)関脇。なぜ?」と発言。しかし自らの関脇昇進後は度々立合い変化で上手を取りにいく相撲を見せた。
- 師匠の佐渡ヶ嶽は定年前、横綱昇進の際には自身の現役名(琴櫻)から櫻を譲り『琴櫻州(読み方はそのまま)』への改名を考え、土俵入りの形も決めていたが、後に改名については撤回した。
- 2005年大晦日放送の『NHK紅白歌合戦』で審査員に招かれたが、グループ魂ボーカルの阿部サダヲの巧みな誘導で、「ブルガリア」とつい商品名を言ってしまった。(ブルガリアヨーグルトに関しては明治乳業を参照)
- 2005年11月場所、自身が解答者として出演したフジテレビ「なるほど!ザ・ワールド」の懸賞が懸けられた(テレビ局の番組の懸賞金は異例)。
- 同場所後の大関昇進伝達式においては、前師匠の元横綱琴櫻と現師匠の琴ノ若夫妻が同席する異例の事態となった。これは、同場所中に琴櫻が65歳定年を迎えたため、規定により佐渡ヶ嶽部屋の力士が千秋楽まで土俵に上がれるよう、琴ノ若が引退して部屋を継承したことに、協会側が配慮したもの。なお、琴ノ若はいわゆる「婿入り婚」のため、琴櫻は、退職後も部屋での稽古に顔を出している。
- 2005年12月14日放送の『松浦亜弥のオールナイトニッポン』(ニッポン放送ほか全国36局)では、彼女からの電話で質問に答えた。
- さらにその3日後の12月17日には、フィギュアスケートグランプリファイナル(東京・代々木のテレビ中継・テレビ朝日)の際、演技を終え、優勝を決めた浅田真央との会話の場面が、少しだけ紹介された。
[編集] 主な成績
2007年3月場所終了現在
- 通算成績:222勝104敗(27場所)
- 幕内成績:151勝89敗(16場所)
- 大関在位:8場所
- 三役在位:4場所(関脇2場所、小結2場所)
[編集] 各段優勝
- 十両優勝:1回
- 幕下優勝:1回
- 序ノ口優勝:1回
[編集] 三賞・金星
- 三賞:5回
- 殊勲賞:2回(2005年7月場所、2005年11月場所)
- 敢闘賞:3回(2004年11月場所、2005年9月場所、2005年11月場所)
- 金星:なし
[編集] 改名歴
- 琴欧州 勝紀(ことおうしゅう かつのり)2002年11月場所-2006年9月場所
- 琴欧洲 勝紀(ことおうしゅう かつのり)2006年11月場所-
- 右膝と足首の怪我の影響で不本意な相撲が続いていたので、字画を考えて付けた。
[編集] CM・TV
[編集] CM出演
- スカパー「スカパー!よくばりパック」「スカパー!えらべる15」
- 明治乳業「ブルガリアヨーグルト」「おいしい牛乳」「ターボカップ」
- 日清食品「ラ王」「ごんぶと」「ごん太」「日清のごんぶと」
- 公共広告機構「一人ひとりができる環境対策」
- アサヒビール「本生」(把瑠都と共演)
[編集] TV出演
- 2006年1月、大関に昇進した直後の2006年元旦に放送されたジャリバラ(青木さやから出演)で本物のブルガリアのヨーグルトを当てるクイズに挑戦した。
- 2006年4月、いい旅夢気分に佐渡ヶ嶽親方(元関脇琴ノ若)、琴光喜、琴奨菊とともに出演した。
- 2006年某月、テレビ朝日系列で放送された「ぷっ」すまに登場。コーナー「芸能界ビビリ王決定戦」に参加した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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