ケセン語
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ケセン語 ケセン式ローマ字表記:keseng̃ó |
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話される国 | 日本 |
地域 | 岩手県大船渡市、陸前高田市、住田町、釜石市唐丹町 |
話者数 | 7万4000人 |
順位 | |
言語系統 | 日本語族 |
公的地位 | |
公用語 | |
統制機関 | |
言語コード | |
ISO 639-1 | |
ISO 639-2 | |
ISO/DIS 639-3 | |
SIL |
ケセン語 (ケセンご, 漢字表記:気仙語,氣仙語, ケセン式ローマ字表記:keseng̃ó) とは医師の山浦玄嗣が岩手県気仙地方の方言を一箇の言語と見なして与えた名称である。仮名でなくラテン文字(ケセン式ローマ字)で書かれる正書法を持つ。2002年7月7日にNHK教育テレビの「こころの時代」という番組で採り上げられ、その名を社会に知らせた。当時気仙周辺で生活していた蝦夷の言葉の影響を受けた言語であり、発音体系が標準語とは大きく異なっている、と同番組では紹介されていた。現在、山浦氏がギリシア語の原典から訳した聖書が出版されている。
目次 |
[編集] 名称について
901年成立の日本三代実録に「計仙麻(ケセマ)」という地名の記述がある。これが、歴史上「ケセン」という言葉が載っているもっとも古い文献である。山浦氏は、ケセンの由来をアイヌ語であるとし、「南端にある入り江」を意味する、ケセモイ[1]、あるいは「削らせた場所」を意味するケセマ[2]が後にケセンと呼ばれるようになったとしている。このため、気仙という表記はヤマト王権による後付けであるので、カタカナ表記で「ケセン語」としている。[3]
[編集] ケセン語の特徴
[編集] 音韻
アクセント形式による分類では、東京式アクセントの第二種に属し、しかもそれからかなり離れた特殊アクセントとして分類されている。シとス、チとツ、ジとズとヂとヅを区別せず、一音節の中に二つの母音成分を持つ二重母音を有し、また対応する共通語の語中のカ行とタ行の音が濁音化するなどの音韻上の特徴を持つ。したがってガ行の濁音と鼻濁音とは明確に対立する。ケセン語の「語(ゴ)」も現地音では鼻濁音である。[4]
[編集] 文法
否定疑問文に対する「はい・いいえ」の応答形式が共通語とは反対になる。(この現象は九州・南西諸島・沖縄にも見られる)。 [4]
[編集] 文字
ラテン文字による正書法(ケセン式ローマ字)[1] の他、独特の漢字仮名交じり文 [2] も存在する。
[編集] 反応
もともと存在していた方言に「語」の文字を冠しただけに過ぎないのに、一言語を発見したように振舞っているのはおかしいと、ケセン語そのものを否定し、山浦氏の説は単なる話題づくり、あるいはトンデモの類であるとの主張がしばしばなされる。しかし、そのような主張の多くは、的外れだと言える。一人の言語学者がそのような論文を大々的に発表したのならともかく、山浦氏がケセン語の研究を始めた動機は、幼いころから慣れ親しんだ自分の言語が「低俗なもの」「無教養の証拠」とみなされる風潮に対し、自分の言語を再認識することによって土地の文化に対する誇りを回復しようと試みたことだからである。(ちなみに山浦氏の本職は外科医である。)敢えて、ケセン語と呼ぶことで標準語に対する劣等感のようなものを払拭させたかったのである。もちろん、この単語には言語学的に疑似科学的である節もあるが、自分たちの言葉を日本語と差別化させたことに一種の強い郷土愛が感じられるだろう。このことは、しばしば大阪人が標準語のことを「東京弁」と呼ぶことに似ている。
[編集] 評価
従来の方言研究は、たとえば「カタツムリ」の方言の全国分布を調べるというように、特殊な事象についてその地域差を研究するというのが主であって、一地方の方言をひとつのまとまった言語の総体としてとらえて総合的体系的に研究記述するということはほとんどなかった。これに対して、ケセン語研究は、現代における気仙地方の言語を一個の独立言語のごとくに見なして、これにケセン語という名を与え、文字を考案し、正書法を工夫し、独自の文法体系を整備構築し、アクセントの法則を樹立するなど、これまでの方言研究にはあまり見られなかった総合的な研究であると評価されている。 [4]
[編集] 関連文献
- 山浦玄嗣『ケセン語入門』1986年、共和印刷企画センター
- 同年の日本地名学会「風土研究賞」受賞。
- 山浦玄嗣『ケセンの詩(うだ)』1988年、共和印刷企画センター
- 同年の岩手県芸術選賞を受賞。
- 山浦玄嗣『ケセン語大辞典』2000年、無明舎出版 ISBN 4895442411
- 上下2巻、「文法編」と「語彙編」にわかれ、収載語彙数3400語。同年の岩手日報文化賞受賞。
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書(1)マタイによる福音書』2002年、イー・ピックス発行 ISBN 4901602020
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書(2)マルコによる福音書』2003年、イー・ピックス発行 ISBN 4901602047
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書(3)ルカによる福音書』2003年、イー・ピックス発行 ISBN 4901602063
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書(4)ヨハネによる福音書』2004年、イー・ピックス発行 ISBN 4901602071
- 2002年から2004年にかけて新約聖書の四つの福音書を古代ギリシャ語の原典からケセン語に直接翻訳された。これは正文をケセン式ローマ字によってつづり、副文を一般読者にも読みやすいように工夫した漢字仮名交じり文で書いてある。全編を著者が朗読したCDが付いている。従来の直訳体の日本語訳の聖書では理解が困難であった多くの個所が活き活きとした生活の言葉で語られている。聖書の理解に役立ったとして、2004年、著者とその仲間の気仙衆28名がバチカンに招かれ、教皇ヨハネ・パウロ二世に「ケセン語訳新約聖書・四福音書」を直接献呈して祝福を受けた。[4]
[編集] 言語学的見地から
一般的に、ある言語が独立した言語か? 方言か?、という問いに対する明確な解答は存在しない。なぜなら、言語と呼ばれているものの定義自体が曖昧であるからだ。この理屈を適用すると、ケセン語を一言語とするか日本語の一方言に過ぎないとするかは、一般通念を適用して判断するしかないのである。他の言語の例を挙げると、クロアチア語とセルビア語は、ほぼ同一の言語と言って差し支えないほど似ているのだが、現在、別言語として扱うのが普通である。これは、クロアチア語とセルビア語がそれぞれ全く異なった正書法を持っているからである。恣意的ではあるが、仮に正書法の有無をその言語を一言語とみなす証拠とするのなら、既に山浦氏が(もちろん公的な権威はないが)ケセン語の正書法を定めているのでケセン語を言語としてみなすこともできるのである。
詳しくは個別言語を参照されたい。