トルティーヤ (メキシコ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トルティーヤ(西:tortilla, トルティージャ、トルティリャとも)は、すり潰したトウモロコシから作る、メキシコの伝統的な薄焼きパンである。現代では、小麦粉から作られた同様のものもトルティーヤと呼ばれている。
メソアメリカでは、この文化圏で栽培化された原産のトウモロコシをアルカリ処理し、メタテ (metate) などと呼ぶサドルカーン式の石臼(写真右を参照)ですり潰した生地を薄く延ばしてテラコッタ製のコマルで焼いたものを、スペイン人に征服される以前から主食としていた。アステカでは、この薄焼きパンを、ナワトル語でトラスカリ (tlaxcalli)などと呼んでいたが、これをスペイン人が見たときに本国のオムレツのような鶏卵料理であるトルティージャと似ていることから、この名前で呼ぶようになった。(実際には丸く薄黄色いという以外全く似ても似つかない食べ物である。)
16世紀に宣教のためアメリカ大陸に渡ったベルナルディーノ・デ・サアグン(Bernardino de Sahagún)師が、著書のヌエバ・エスパーニャ綜覧(Historia general de las cosas de Nueva España)内で、当時のアステカ人の食生活を詳しく供述しており、大きさ、厚さ、食感、色などの違いからそれぞれ別名で呼ばれていた多種多様な「トルティーヤ」が存在していたことが伺える。[1]
なお、スペイン語の"lla"の発音は地域や話者により異なり、スペインでは「ジャ」に近い発音を、メキシコでは「ヤ」に近い発音をする人が多い。故に本稿ではメキシコのtortillaを「トルティーヤ」と表記する。
中南米では、キューバなどの独立が遅れた地域を除き、トルティーヤというとメキシコと同じものを指す事が多い。(パナマのトルティーヤは厚焼きでぼってりしている。)中南米ではスペインのトルティージャはスペイン風トルティージャ(tortilla española)や、トルタ (torta)と呼んでいる。(なお、トルタは厚焼きのもの全般を指す事があり、ケーキなどもトルタと呼ぶことがある。なお、メキシコでは、ややフランスパンに似ていなくもないずんぐりしたパンを横半分に切って肉、アボカドの薄切り、フリホレスのペーストなどをはさんだサンドイッチをトルタと呼んでいる。)
目次 |
[編集] 製法
本来はトウモロコシの粒をアルカリ水溶液処理(西:ニシュタマリサシオン、nixtamalización)したものをすり潰して生地(マサ)を作る。アルカリ水には消石灰の水溶液が使用されることが多いが、地域によっては木灰の水溶液上澄みが使用されることもある。これによって果皮を穀粒から取り除き、小麦などよりはるかに硬質で粉にしがたいトウモロコシの粒が柔らかくなるだけでなく、含有タンパク質の利用度の向上と、薄く延ばして焼くのに適した粘り気のある質感が得られる。タンパク質の利用度の向上は必須アミノ酸リシンの有効性が上がることにより、質感の変化はカルシウムイオンがデンプン分子に吸着することによるとされる。質感に関する同様の効果はカルシウムイオンと同様に2価のマグネシウムイオンでも確認されているが、1価のナトリウムイオンやカリウムイオンでは生じない。
本場のメキシコなどの中米以外では、単純にトウモロコシ穀粒を機械粉砕して得られた粉を水でこねて薄く伸ばし、鉄板やフライパンで焼いて作ることが多い。しかし、これでは生地としての粘り気のある質感が得られないので、グルテンによってこの質感を得ることができる小麦粉を混入して、生地を作る。日本でもトルティーヤ用の粉として市販されているものは、たいてい、こうした機械粉砕のトウモロコシ粉 (アリナ・デ・マイス、Harina de Maíz)と、小麦粉 (アリナ・デ・トリゴ、Harina de Trigo)を配合したものである。
また、スペイン人による征服に伴ってメキシコにも小麦栽培と小麦食の文化が伝来・定着したため、小麦粉で作ったトルティーヤ(トルティーヤ・デ・アリナ・デ・トリゴ、Tortilla de Harina de Trigo)も誕生した。小麦粉のトルティーヤは、メキシコ北部やアメリカ合衆国で特に人気がある。
メキシコにおける消石灰を使用したアルカリ水溶液処理によるトルティーヤの生地の作り方と焼き方を以下に記す。
- 重量パーセント濃度1.3%の消石灰水を用意する。
- 乾燥トウモロコシ粒と前記の消石灰水を3:1の比率で合わせ、加熱して13分間沸騰させる。
- 室温で8~12時間放置してから水洗してすすぎ水のpHが8.5以下になるまでアルカリ分を除去する。
- こうして得られたアルカリ水溶液処理トウモロコシをナワトル語でニシュタマル(Nixtamal)と呼ぶ。
- すりつぶして直径約10cm、厚さ0.3cmくらいにまとめ、185℃のホットプレート上で蒸気で膨らむまで繰り返し両面を焼く。
かつては上の写真のように手でマサをのばしてトルティーヤを成形していたが、現在では丸めたマサを2枚の金属板の間にはさんで押しつぶし、平たくのばすトルティェロ(tortillero)という器具が普及している(写真右)。
焼き上がったトルティーヤは暖かいうちに食べるのがおいしいため、食べる都度コマルなどで焼くのが普通である。焼き上がったものをふきんにくるんで皿や籠に入れ食卓に出すことが多い。冷めるのと乾くのを防ぐためである。
生地の準備に手間と時間がかかることもあり、メキシコの都市部では、自分の家でトルティーヤの生地を作る事はせずに、ほとんどは店で買ってきたものをコマル(comal)などで焼いて食べる。
メキシコ市を中心としてビンボ(BIMBO)というメーカーのトルティーヤがトップシェアを誇っている。
トルティーヤ(トウモロコシ製も、小麦粉製も)の世界的需要は年々増加しており、世界のトルティーヤ製品の製造・流通でトップシェアを誇るメキシコの製粉会社、Gruma社は2006年に中国の上海にトルティーヤ製造工場を新設した。 [2]
[編集] 食べ方
最も伝統的、かつ基本的な食べ方は、インゲンマメを煮たフリホレス・デ・オヤや、フリホレス・デ・オヤを油で炒めながらつぶしたフリホレス・レフリトスをつけて食べる。
様々な具をのせて二つに折ったものはタコス、小麦粉のトルティーヤで具を巻いたものはブリートと呼ばれる。具の種類は非常に多彩で、トマトやレタスなどのサラダ、挽肉を炒めたもの、チリ・コン・カルネ、アボカドで作った「ワカモレ」、チョリソなどがある。
焼いてから時間がたって乾いたトルティーヤを無駄にせずに美味しく食べるために、メキシコでは様々なトルティーヤ料理が工夫されてきた。トルティーヤを揚げ、野菜や肉を載せたものはトスターダ (Tostada) と呼ばれる。小さく切って揚げたトルティーヤをメキシコではトトーポス(Totopos)、アメリカ合衆国ではトルティーヤ・チップス(tortilla chips)と呼ぶ。トルティーヤ・チップスに溶けたチーズをかけ、ワカモレ、フリホレス・レフリトス、サルサ、などをのせるとナチョスとなる。また、細く切って揚げたトルティーヤを、クルトンのようにスープに入れる。その他、エンチラーダ(Enchilada)、チラキーレス(Chilaquiles)、ブディン・アステカ(Budín Azteca、トルティーヤを使ったキャセロール風の料理)等、多くのトルティーヤ料理が存在する。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ^ Benitez, Ana M. de. Pre-hispanic cooking/Cocina Prehispanica. Mexico City, Ediciones Euroamerica Klaus Thiele, 1976, p.p. 37-39.
- ^ GRUMA Opens First Tortilla Plant in China, businesswire.com. (Gruma社のプレス・リリース原文の転載)