ポール・ランジュバン
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ポール・ランジュバン (Paul Langevin、1872年1月23日 - 1946年12月19日)は、フランスの物理学者。
パリに生まれた。物理・化学学校(École de Physique et Chimie)と高等師範学校(École Normale Supérieure)で学んだ後、ケンブリッジ大学に進み、キャヴェンディッシュ研究所でジョゼフ・ジョン・トムソンのもとで学んだ。その後ソルボンヌ大学でピエール・キュリーのもとで1902年学位を得た。1904年コレージュ・ド・フランスの教授となった。1926年 物理・化学学校の校長になった。1934年科学アカデミーに選ばれた。
常磁性や反磁性の研究を行った。原子の電子構造から磁性の起源を説明した。最も有名な業績は、圧電現象を使った超音波の利用に関する研究で、第1次大戦中に潜水艦の位置の測定に用いる研究を行ったが、戦争中に実用化することはできなかった。ランジュバンはフランスにおいて相対性理論を広めたひとりである。
1910年に、有名なマリ・キュリーとの恋愛事件があった。ナチズムに反対意見を述べたため、ヴィシー政権によって職を追われた。終戦により、復職したが、翌年他界した。