ミロスラフ・メチージュ
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ミロスラフ・メチージュ |
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基本情報 |
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英語名 | Miloslav Mečíř |
愛称 | ビッグ・キャット |
国籍 | ![]() |
出身地 | 現スロバキア・ボイニツェ |
生年月日 | 1964年5月19日 |
身長 | 190cm |
体重 | 81kg |
利き手 | 右 |
バックハンド | 片手打ち |
ツアー経歴 |
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デビュー年 | 1982年 |
引退年 | 1990年 |
ツアー通算 | 20勝 |
シングルス | 11勝 |
ダブルス | 9勝 |
生涯通算成績 | 362勝176敗 |
シングルス | 262勝122敗 |
ダブルス | 100勝54敗 |
4大大会最高成績 |
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全豪 | 準優勝(1989) |
全仏 | ベスト4(1987) |
全英 | ベスト4(1988) |
全米 | 準優勝(1986) |
キャリア自己最高ランキング |
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シングルス | 4位 |
ダブルス | 4位 |
Template |
男子 テニス | ||
金 | 1988 | シングルス |
銅 | 1988 | ダブルス |
ミロスラフ・メチージュ(Miloslav Mečíř, 1964年5月19日 - )は、旧チェコスロバキアの元男子プロテニス選手。(出身地ボイニツェは、現在はスロバキア領になる。)1988年のソウル五輪で男子シングルスの金メダルを獲得した。1986年の全米オープンと1989年の全豪オープンで、4大大会に2度の準優勝がある。どちらも決勝戦でイワン・レンドルに敗れた。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス4位。ATPツアーでソウル五輪金メダルを含むシングルス11勝、ダブルス9勝を挙げた。身長190cm、体重81kg、右利き。
- 注:以前は「ミロスラフ・メシール」と表記されていたが、日本語の新聞一般表記が原語の発音に近い「メチージュ」に変更された。
メチージュは基本的にグラウンド・ストローカーであり、ガットを極めて緩く張ったラケットで柔らかく技巧的なショットを得意とした。長身にもかかわらず、俊敏なネットプレーを見せたことから「ビッグ・キャット」(Big Cat)というニックネームで呼ばれた。
1986年全米オープンと1989年全豪オープンの決勝で敗れたイワン・レンドルとメチージュの対戦成績は、レンドルの「5勝1敗」である。メチージュがレンドルに勝った唯一のカードは、1987年3月の「リプトン国際選手権」決勝戦であった。他の4大大会でも、メチージュは1987年全仏オープンと1988年ウィンブルドンでベスト4に入り、全体的に安定した成績を残している。
オリンピックにおけるテニス競技は、1928年のアムステルダム五輪以後、プロ選手の登場により除外されていた。しかし1988年のソウル五輪でプロテニス選手の出場が認められ、64年ぶりにオリンピック競技としてのテニスが復活する。オリンピックはアマチュアの祭典である、という基本理念を覆す決定がなされたため、当時は大きな波紋を呼んだ出来事だった。その記念すべき大会で、メチージュは準決勝でスウェーデン代表のステファン・エドベリに勝ち、決勝戦ではアメリカ代表のティム・メイヨットを 3-6, 6-2, 6-4, 6-2 で破って、復活金メダルの第1号選手となった。(女子シングルスの金メダル獲得選手は西ドイツのシュテフィ・グラフであった。)
メチージュは現役生活の間、「スウェーデン・キラー」と呼ばれていた。エドベリには前述のソウル五輪準決勝のほか、1986年のウィンブルドン3回戦で勝ったこともある。マッツ・ビランデルとの対戦成績はメチージュの「7勝4敗」であり、とりわけ1988年のウィンブルドン準々決勝では(この年に4大大会年間3冠を獲得した)ビランデルの年間グランドスラムを阻止する勝利を挙げている。1986年全米オープンの4回戦でもメチージュが勝った。
1990年のウィンブルドン4回戦でステファン・エドベリに敗れた試合を最後に、メチージュは26歳で現役を退いた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ミロスラフ・メチージュ - ATPツアーのプロフィール(英語)
- デビスカップ成績表
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1896年:ジョン・ピウス・ボーランド | 1900年:ローレンス・ドハティー | 1904年:ビールズ・ライト | 1908年:ジョシア・リッチー | 1912年:チャールズ・ウィンスロー | 1920年:ルイス・レイモンド | 1924年:ビンセント・リチャーズ | 1988年:ミロスラフ・メチージュ | 1992年:マルク・ロセ | 1996年:アンドレ・アガシ | 2000年:エフゲニー・カフェルニコフ | 2004年:ニコラス・マスー |