モンテカルロ市街地コース
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モンテカルロ市街地コース(モンテカルロしがいちコース)は、モナコ公国のモンテカルロで行われるF1モナコグランプリの市街地コース。
F1モナコGPはインディ500、ル・マン24時間レースと並ぶ世界3大レースの1つであり、コートダジュールの海岸沿いをガードレールをかすめて走り抜けるモンテカルロ市街地コース(3,340m)を舞台に行なわれる。モナコ王室の協力を得て、1929年に開催された国際レースを起源とする伝統の市街地レースである。チャンピオンシップがスタートした1950年から開催されており、いくどかの中断をはさみ、2006年で64度目、F1GPとしては54度目の開催となる。直線はほとんどなく道幅も狭い上に、市街地という特性上、路面はF1マシンのタイヤにとっても負担が大きく、更にガードレールに視界をさえぎられる超テクニカルコース。勝者を選ぶドライバーズ・サーキットとして名高く、現役ドライバーではミハエル・シューマッハ(フェラーリ)がこれまで5勝とモナコ・マイスターの称号を得ている。しかし、2001年に優勝したのを最後に(フェラーリに敵なしの2002年、2004年でさえ)2006年の引退まで優勝からは遠ざかり、アイルトン・セナの記録(通算6勝)を塗り替える事はおろか、並ぶ事すら出来なかった。2003年からプールサイドシケインの2つ目出口からラスカスまでのレイアウトが若干変更され、路面もかなりの部分で再舗装が行なわれた。
1920年代、誕生したばかりのモナコ自動車クラブが国際的に認めてもらうために、自動車クラブ会長のAnthony Noghes(アントニー・ノウズ、フランス語読みでは「ノゲ」と読む方が自然である。最終コーナーの名称としてその名を残す)は国際自動車公認クラブ協会(AIACR 現在のFIA=国際自動車連盟の前身)に加盟を申請した。すでに1919年からラリー・モンテカルロを開催しており、問題なく加盟できると考えていた。しかし、ラリーで使用しているコースのほとんどは隣国のフランス国内で行われている。モナコ単独ではイベントを開催できない、と拒否された。そこでアントニーは、モナコとモナコ自動車クラブの威信のために国内で国際レースを開催することを決めた。ルイ・シロンとルイ2世の協力を得て、国全体をサーキットにし、1929年に第一回モナコGPを開催した。しかしルイ・シロンはインディ500に出場するのを優先したため出場しなかった(後に第三回大会には出場し優勝している)。イベントは成功に終わり、モナコ自動車クラブは国際クラブとして認められた。 コースは基本的に今ある姿とほとんど変わっていない。当時はプールが存在しなかったためプールサイドシケインが存在しなかったことと、ラスカスがガスワークスと呼ばれるヘアピンだったことが大きく異なるくらいである。 1973年に従来のコースを横切る格好でプールが新設されたことにより両コーナーが誕生している。 スタートは1972年まで現在のプールがある場所で行われた。
また、F1サーキットの中で唯一トンネルが存在することでも知られている。
2007年1月にはWRC第1戦ラリー・モンテカルロの最終SSであるスーパーSSがここモナコ市街地コースの一部を使って開かれた。コースはヨットハーバー内とメインストリートをヘアピンカーブで繋ぐ「モナコサーキット」。1周1.4kmのコースを2周し、2台同時にスタートするがスタート地点を離すことで基本的には単独走行となった。またタイヤはドライターマック(舗装路)用タイヤではなく、グリップ力の低下するスノータイヤを用いなければならないという「特例」を設けたことで、意図的にスピードレンジを下げ、コーナーでの派手なドリフトが起きやすくするなどの工夫が見られた。
[編集] コーナー名
- Sainte de Vote
モナコの守り神が祭られた教会に由来する第一コーナー。毎年クラッシュが多発する。
- Beau Rivage
「美しい海を望む」という名が冠せられた上りのストレート。コースサイドにはブランドショップが並ぶ。
- Massanet
- Casino Square
モナコが誇る王立カジノ前の広場を駆け抜ける高速右コーナー
- Mirabeau
隣接のホテル・ミラボーから
- Grand Hotel Hairpin(ロウズヘアピン)
- Portier
ここを抜けると、目の前には地中海が広がる。
- Tunnel
出口の真上にはデューク更家の住まい(2006年現在)がある。
- Nouvelle Chicane
- Tabac
かつて、タバコ屋があったことからその名が付いた。
- Piscine(プールサイドシケイン)
- Rascasse
グランプリ中屈指の難易度でドライバーを試すヘアピン。2006年の予選でミハエル・シューマッハが故意にマシンを止め(たとされ)、非難が集中した曰く付きの場所。
- Anthony Noghes
前述の自動車クラブ会長の功績を称えて名付けられた。