中国語の部屋
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中国語の部屋(ちゅうごくごのへや)とは、哲学者であるジョン・サールが考案した思考実験。中国語を理解できない人を小部屋に閉じ込めておいて、マニュアルに従った作業させるというもの(詳細後述)。ただしこれは思考実験なので、実際にそのような事をするわけではない。頭の中でこうした情景を想像してみて、後でそれについて議論するだけである。チューリング・テストを発展させた思考実験で、意識の問題を考えるのに使われる。
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[編集] 思考実験の概要
ある小部屋の中に、生まれてこの方、英語しか話したことがないような人(例えば英国人)を閉じこめておく。この小部屋には外部と紙きれのやりとりをするための小さい穴がひとつ開いており、この穴を通して英国人の元に一枚の紙きれが差し入れられる。そこには彼の見たこともないような記号がズラッと並んでいる。これは実は漢字の並びなのだが、英国人の彼にしてみれば、それは「★△◎∇☆□」といった記号の羅列にしか見えない。 彼の仕事はこの記号の列に対して、新たな記号を書き加えてから、紙きれを外に返すことである。どういう記号の列に、どういう記号を付け加えればいいのか、それは部屋の中にある とびきり分厚い一冊のマニュアルの中に全て書かれている。例えば"「★△◎∇☆□」と書かれた紙片には「■@◎∇」と書き加えてから外に出せ"などと書かれている。
彼はこの作業をただひたすら繰り返す。外から記号の羅列された紙きれを受け取り(実は部屋の外ではこの紙きれを"質問"と呼んでいる)、それに新たな記号を付け加えて外に返す(こちらの方は"回答"と呼ばれている)。すると、部屋の外にいる人間は「この小部屋の中には中国語を理解している人がいる」と考える。しかしながら勿論、小部屋の中には哀れな英国人がひとりいるだけである。彼は全く漢字が読めず、作業の意味を全く理解しないまま、ただマニュアルどおりの作業を繰り返しているだけである。それでも部屋の外部から見ると、中国語による完璧な対話が成立している。
蛇足だが、英国人を日本語話者に置き換えるわけにはいかない(与えられた中国語に返り点などを付けて、日本語として読み込むことが不可能ではないため)。逆に、中国語をドイツ語に置き換えるわけにもいかない(英語とドイツ語は同じ西ゲルマン語群に属して共通点も多く、英国人にもある程度言語としての理解が可能であるため)。
[編集] 思考実験の意味
この思考実験全体はコンピューターのアナロジーになっている。すなわち小部屋全体がコンピューターを表し、マニュアルに従って作業する英国人は、プログラムに従って動くCPUに相当する。この思考実験から帰結する論点は、基本的に単一のものだが、分野によってその表現が若干異なる。ここでは中国語の部屋の思考実験についてよく議論する三つの分野、心の哲学、言語哲学、人工知能の哲学、からの表現を述べる。
心の哲学からこの実験を見ると、これは心身問題に対する立場の一つ、機能主義に対する反論を提示している。すなわち
- 意識体験は機能に付随しない。機能主義は間違っている。
言語哲学の観点からの表現は、次のようになる。
人工知能の哲学の観点から表現すると、次のようになる
- 強い人工知能は製作不可能である。
[編集] 中国語の部屋に対する反論
サールは中の人が中国語を理解していないことから対象は中国語を理解しているとはいえないと論じているが、チューリング・テストの観点からすると、そう断定するためには中の人間だけでなく、箱全体が中国語を理解していないことを証明しなければならないことになる。すなわち、中の人とマニュアルを複合させた存在が中国語を理解していないことを証明しなければならない。
一方、知能の基準となっている人間の場合でさえ、脳内の化学物質や電気信号の完全な解析が行われず、知能の仕組みが明らかになっていないのだから、中国語の部屋も、中身がどうであれ正しく中国語のやり取りができている時点で中国語を理解していると判断して良いのではという、チューリング・テストの観点からの反論も存在する。
なおこのサールの中国語の部屋は、プログラムでは知能を実現できないということを証明するための例えとして引用される場合があるが、中国語の部屋は、マニュアルに沿うという固定的な処理で理解を実現しているという点で、むしろ逆であり、その引用方法は適切でない。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 柴田正良著 「ロボットの心」 講談社現代新書 2001年 79-104頁 ISBN 4-06-149582-8
- デイヴィッド・チャーマーズ著, 林 一訳 「意識する心」 白揚社 2001年 394-402頁 ISBN 4-8269-0106-2
[編集] 外部リンク
英語のページ
- 「The Chinese Room Argument」 - インターネット哲学百科事典にある中国語の部屋についての項目
- 「The Chinese Room Argument」 - スタンフォード哲学百科事典にある中国語の部屋についての項目
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