心の哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
心の哲学(こころのてつがく、英: Philosophy of mind)は、心の性質やその自然界における位置づけ、心を研究するさいの方法論など、心に関する本質的で基礎的なテーマを研究する学問。心身問題の哲学とも呼ばれる。この分野で議論されるテーマは、古来からの哲学的難問、物質と心の関係を問うた心身問題、また心の因果作用について考える自由意志の問題などを中心に多岐にわたる。ただどんな論点が議論されるにせよ、現在の物理学や心理学から抜け落ちている意識の問題を、論理的かつ科学的に議論していこう、という姿勢だけは共通する。研究手法は主に議論と執筆および思考実験による。心の哲学はその名前からも分かるように、哲学の一分科であるが、議論に際しては心理学、脳科学、生物学、物理学、情報理論、コンピューターサイエンスといった広範な学術的知識を前提としている。心の哲学には、哲学者のみならず脳科学者・生物学者・心理学者・理論物理学者といった自然科学系統の研究者から、人工知能やロボティクスといった工学系の研究者まで、多彩な知的バックグラウンドを持つ人々が参加している。学際的色彩の強い分野。
目次 |
[編集] 次のような学問では「ない」
![機能的意識と現象的意識 一般に神経科学や心理学といった学問が扱うのは、入力にたいして出力を返す機能としての意識であり、これは機能的意識または心理学的意識などと呼ばれる。これに対し心の哲学が扱うのは、もっぱら主観的な体験やクオリアといった個人的な内的体験の方であり、これは現象的意識と呼ばれる。](../../../upload/shared/thumb/1/13/Consciousness_phenomenal-functional_%28ja%29.png/250px-Consciousness_phenomenal-functional_%28ja%29.png)
「心の哲学」という名前は英語"Philosophy of mind"からの直訳であるが、「心」「哲学」というぼんやりとした単語だけで構成されているため、初学者にとってその内容を誤解させてしまう部分が少なからずある。そのため、あえて心身問題の哲学と呼ぶ研究者もいるが、この呼び名はあまり普及していない。ここでは心の哲学に対してよくある誤まった先入観について述べる。
心の哲学は次のような学問ではない
- 人間の心を「異常」や「正常」といった観点から分類してみようとする学問ではない。
- 「良い行動」や「正しい振る舞い」などについて議論する学問ではない。
- 「癒し」や「慰め」、「生きる支え」などを与える学問ではない。
1.のような内容を期待する読者は精神医学やDSMなどを参照されたし。 2.のような内容を期待する読者は倫理学(とくにメタ倫理学)や社会生物学・進化心理学などを参照されたい。 3.のような内容を期待する読者は様々な宗教や一部の哲学(とくに実存主義や生の哲学)、または種々のポエムやエッセイなどを参照されたい。繰り返しになるが、心の哲学というのは、現在の物理学や心理学から抜け落ちている意識の問題を、論理的かつ科学的に扱っていくことを志向している学問である。
[編集] 心の哲学における心
心という言葉は日常会話から学術用語までかなりの多義語として使われている。しかしながら、心の哲学者が「心」といった場合、その意味は非常に限定されている。すなわち一般に意識と呼ばれているモノの内の主観的な側面、つまり主観的体験または内的経験、心的表象、現象的意識、感覚、クオリアなどと呼ばれている対象を扱っているのが心の哲学である。これら概念の詳細については、記事:クオリアを参照されたし。
[編集] 関連分野
この節では心の哲学における議論を理解するうえで知っておいたほうがよい基本的な知識を列挙していく。
[編集] 計算機科学
[編集] 心理学
[編集] 脳科学
[編集] 物理学
[編集] 進化生物学
- 進化心理学
- 適応的心理メカニズム
[編集] 哲学
[編集] 主要な概念
[編集] クオリア
→ クオリア を参照。
[編集] 心の因果作用
- 相互作用説
- 相互作用説
- 随伴現象説
- 随伴現象説 (Epiphenomenalism) とは、物質の状態に完全に依存して意識やクオリアが生じており、意識やクオリアの方からは物質の状態に何の影響を及ぼすこともできない、という立場のこと。意識の物質に対するこうした従属的な関係のことをスーパーヴィニエンスといい、意識は物質の状態に随伴している、付随している、またはスーパーヴィーンしている、などと表現する。
- 随伴現象説が持つ最も有名な問題点として「現象報告のパラドックス」がある。これは「意識やクオリアが物質の状態に何の影響も及ぼすことができないとしたら、私達がクオリアについて議論できているのは何故なのか」つまり「現象(意識やクオリア)について私達が報告(語ること)ができるのは何故なのか」という問題である。
- 並行説
- 並行説
[編集] 様々な立場
[編集] 思考実験
[編集] 研究者
心の哲学の研究者は、様々な著作の議論を参照しながら、問題点を整理し、概念や理論の展開を注意深く追いかけ、基本的で包括的なレベルの主張をおこなう。具体的なモデルや直接的な解答の提示が目的ではなく、存在論的な議論や、因果作用といった大まかなレベルでの主張を精緻に展開する。サールやチャーマーズなどがこういった心の哲学の研究者の典型である。
- ジョン・サール 生物学的自然主義を唱え、意識の物質への因果的な還元は可能であるとしながらも、存在論的な還元は不可能であるとを主張する。
- ダニエル・デネット
- ポール・チャーチランド 消去主義的唯物論を唱え、素朴心理学の概念は、やがて神経科学の概念によって全て置き換えられるだろう、と主張する。
- デイヴィッド・チャーマーズ - 心の哲学者チャーマーズ(現在オーストラリア国立大学哲学教授)は、現代の物理学を拡張し、クオリアを一つの実体(英:entity)として扱うことの必要性を訴える。また意識のハードプロブレムの提唱者。チャーマーズ自身はハード・プロブレムは現代の物理学の範囲内では解決不可能だとしている。心身問題への解答、つまりチャーマーズ自身が言うところの精神物理法則のありかたは、機能主義的なアプローチによって解決されるはずだと主張している。
- 信原幸弘 - 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広域科学専攻 科学技術基礎論講座 助教授
- 柴田正良 - 金沢大学大学院人間社会環境研究科・文学部 人間文化専攻 人間行動論コース 教授
- 河野哲也 - 玉川大学 文学部 人間学科 助教授
[編集] 外部リンク
日本語
- 『心の哲学』 - 慶応大学の哲学教授 西脇与作氏による心の哲学の入門書。pdf形式、全部で83ページ。今ネット上で読める最も充実した心の哲学の解説。
- 『心の哲学・心の科学への十五分ツアー 123』 - 玉川大学の助教授 河野哲也氏による心の哲学および心の科学についての入門ツアー。3部に分かれており、約15分ほどで読める分量になっている。
英語
- Dictionary of philosophy of mind - 心の哲学に出てくる様々な言葉の辞書。ワシントン大学 (セントルイス)のクリス・エリアスミス助教授によるもの。英語で書かれた簡潔でシンプルな辞書。
- Guide to the Philosophy of Mind - デイヴィッド・チャーマーズによって編纂された初学者のためのガイドページ。スタンフォード哲学百科事典の中から、心の哲学に関連する項目だけをリストアップしてくれている。各記事は読むのが大変なほど長いが、内容は非常に充実している。全て英語。
[編集] 参考文献
- デイヴィッド・J・チャーマーズ著, 林 一訳「意識する心(脳と精神の根本理論を求めて)」白揚社 (2001) ISBN 4-8269-0106-2
- 茂木健一郎著「クオリア入門(心が脳を感じるとき)」筑摩書房 (2006) ISBN 4-480-08983-7
- 柴田正良『ロボットの心』講談社 <講談社現代新書> 2001年 ISBN 4-06-149582-8
- ダニエル・デネット『解明される意識』青土社 1998年 ISBN 4-7917-5596-0
- トマス・ネーゲル(著), 永井均(訳)『コウモリであるとはどのようなことか』勁草書房 1989年 ISBN 4-32-615222-2
- 信原 幸弘編『シリーズ心の哲学 1-3 人間篇, ロボット篇, 翻訳篇』勁草書房 2004年 ISBN 4-326-19924-5, 4-326-19925-3, 4-326-19926-1
- ジョン・サール『マインド-心の哲学』朝日出版社 2006年 ISBN 4-255-00325-4
- S. プリースト著 河野 哲也〔ほか〕訳『心と身体の哲学』勁草書房 1999年 ISBN 4-326-15341-5
心の哲学のトピックス | |
---|---|
概念 | 意識 - クオリア - 心身問題 - ハード・プロブレム - 付随性 - 因果的閉鎖性 - 自由意志 - 素朴心理学 - 消去主義 |
現行モデル | 同一説- 機能主義 - 相互作用説 - 随伴現象説 - 並行説 |
古典的モデル | 唯物論 - 唯心論 - 汎心論 - 機械論 - 生気論 - 一元論 - 二元論 - 多元論 - モナドロジー |
思考実験 | チューリング・テスト - 中国語の部屋 - 哲学的ゾンビ - スワンプマン - 水槽の脳 - マリーの部屋 |
人物(日本国外) | デイヴィッド・チャーマーズ - ジョン・サール - ダニエル・デネット - フランシス・クリック&クリストフ・コッホ -ジェラルド・イーデルマン&ジュリオ・トノーニ |
人物(日本) | 信原幸弘 - 柴田正良 - 河野哲也 - 西脇与作 / 前野隆司 - 茂木健一郎 - 郡司ペギオ幸夫 |
関連項目 | 理論物理学 - 脳 - 神経科学 - 認知科学 - 心理学 - 進化心理学 - 現象学 |