内田利雄
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内田利雄(うちだ としお、1961年10月5日 - )は、埼玉県出身の騎手である。
勝負服の柄は「桃・白星散・桃袖」である。この勝負服の色に因み「Mr. Pink(ミスターピンク)」、「ピンクの勝負師」の異名を持ち、また明るい人柄で人気を博している。ファンサービスにも積極的な事で知られる。
父がかつて川口オートレース場に所属したオートレース選手で、父の同僚に地方競馬の宇都宮競馬場で馬を走らせていた者がおり、その縁から当初は宇都宮競馬場で騎手となった。
1978年10月7日、宇都宮競馬場にて初騎乗し、翌10月8日に初勝利を収めると、以降、地方競馬で通算3145勝、JRAで通算3勝(2006年終了時現在)を挙げる。この間、ブライアンズロマン、ベラミロードなどの名馬とともに、栃木地区のナンバーワン騎手として、北関東競馬のみならずダートグレード競走でも活躍したほか、中央競馬のレースにも騎乗し、2002年のラジオたんぱ賞を人気薄のカッツミーで制し重賞制覇を果たしている。
しかし、累積赤字の増大や、同じ北関東競馬に属する高崎競馬場、足利競馬場の閉鎖により単独での興行が困難となったこと等の原因により、2005年3月14日のレースを最後に宇都宮競馬場が閉鎖されたため、それ以降、内田はどこの競馬場・厩舎にも所属しない、事実上のフリー騎手として、日本各地の地方競馬場を転戦(岩手→笠松→浦和→兵庫→岩手→佐賀→浦和)している。
ただし、地方競馬ではフリーの騎手が認められていないため、実際には遠征先の競馬場の厩舎に期間限定で所属しての参戦となっている。また、多くの地区で騎手の移籍について事実上の年齢制限を設けていることが、内田にこの形態を選ばせる要因の一つとなっている。
2007年3月、マカオで重賞(マカオギニー)を制覇。
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[編集] 宇都宮競馬廃止後の所属先
- 2005年6月25日~8月16日 岩手・伊藤和厩舎
- 2005年9月19日~12月16日 笠松・南輝幸厩舎
- 2006年1月1日~3月3日 浦和・村田貴広厩舎
- 2006年4月4日~6月1日 兵庫・橋本和男厩舎
- 2006年6月24日~8月15日 岩手・伊藤和厩舎
- 2006年9月16日~11月12日 佐賀・山田勇厩舎
- 2006年11月20日~2007年1月19日 浦和・村田貴広厩舎
- 2007年2月9日~2007年4月11日 マカオ・タイパ競馬場で騎乗、当初は3月11日までであったが、厩舎関係者の要望で1か月滞在を延長することになった。
[編集] 人物・エピソード
- 非常にファンを大事にする騎手である。「桃夢走馬」という公式ファンクラブがあり、以前、他地区に遠征したときはファンクラブの人達と(自らチャーターした)バスで現地へ向かった事もある。
- パドックでの周回時、カメラを構えたファンに対し馬上から出来る限りカメラ目線を送っている。
- 「ひまわる」というバンドに「リチャード・ピンク」という芸名で参加しており、フリーになってからも騎乗した先(大井・盛岡・笠松)でミニライブを行っている。2007年3月25日には「第6回内田大賞典(GI)」として大井競馬場でミニライブを行った。なお、このライブため、マカオから一時帰国した。
- 1998年、ダービーグランプリの騎乗を終えた後、帰りの東北新幹線の車内で同じレースに騎乗したマイケル・ロバーツ騎手と遭遇、二人は意気投合、周囲の座席にいた競馬ファンにビールを振舞うなどして盛り上がった。