善福寺 (東京都港区)
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善福寺 | |
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山門 |
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所在地 | 東京都港区元麻布1-6-21 |
位置 | 北緯35度39分12.81秒 東経139度43分58.17秒 |
山号 | 麻布山(あざぶさん) |
宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | 伝・天長元年(824年) |
開基 | 伝・空海 |
正式名 | |
別称 | |
札所等 | |
文化財 | ハリス記念碑(アメリカ公使館跡)、福沢諭吉・越路吹雪の墓 |
善福寺(ぜんぷくじ)は、東京都港区元麻布にある浄土真宗の寺院。山号は麻布山(あざぶさん)。東京都杉並区にも同名の寺院と地名があり、また日本各地に善福寺という寺院が多数存在するため、これらと区別して「麻布山善福寺」あるいは単に「麻布山」と呼ばれることもある。東京都内では、浅草寺に次ぐ古刹の一つで、境内には著名人の墓も多い。
目次 |
[編集] 所在地
東京都港区元麻布一丁目6番21号 郵便番号:106-0046
[編集] 歴史
天長元年(824年)に弘法大師・空海によって開山されたと伝え、当初は真言宗の寺院であった。その後鎌倉時代になって越後国に配流になっていた親鸞が当寺を訪れ、浄土真宗に改宗したとされ、その後、各時代の幕府や天皇などの保護を受けて発展を遂げた。
安政5年(1859年)には日米修好通商条約に基づき当寺院内に初代アメリカ合衆国公使館がもうけられ、タウンゼント・ハリスらが在留した(当寺院に墓所がある福沢諭吉も出入りしていた)。その後21世紀になった現在でも、由緒ある寺院としてその名が知られている。
[編集] 施設・史跡
- 福沢諭吉の墓‐福沢は慶應義塾大学の創設者。2月3日は福沢の命日に当たり(雪池忌(ゆきちき)と呼ばれている)、慶応義塾の関係者らが多数当寺院にある福沢の墓所を訪れる。普段からも参拝者は多く、特に受験シーズンは福沢の墓から線香の煙が絶えることがない。なお、福沢の墓が当寺に移ったのは1977年で、それ以前は品川区大崎にあった。
- 逆さいちょう‐親鸞がみずから植えたとされるイチョウの古木。伝承によると、親鸞のついた杖から生えてきたという。名の由来は、枝か下のほうに伸びさかさになっているように見えることからきている。戦災でスケールが縮まったものの、現在でもかなりの大木であり、国の天然記念物にも指定されている。
- アメリカ公使館跡‐歴史の項でも触れたとおり、当時院にアメリカ公使館が設けられたので、その記念碑が掲げられている。
- 麻布山幼稚園‐当寺院が運営している幼稚園。境内に隣接してある。
[編集] その他
- 同じ東京都港区の地名になっている「虎ノ門」は、かつての善福寺の山門に由来する。
- 「麻布」(あざぶ)の地名の由来は諸説あるが、「麻布」という字を当てるようになったのは、当寺院の山号を採ったことから来ているという。
- 東京都杉並区にある善福寺池の名の由来は、元は当寺院の奥の院が善福寺池の一帯にあってそれがそのまま現在の杉並区の地名にもなったという説が有力である。ただし、この杉並の方の名の元になった善福寺は、かなり以前に廃寺になっており、史料も乏しく、当寺院との関係はないという説も多い。