変速機 (自転車)
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変速機(へんそくき)は自転車部品の一つで、クランクの回転する量に対してホイールが回転する量の比率を変更する装置である。通常、変速機という場合にはリアディレーラー及びフロントディレーラーのみを指すことが多いが、ここでは便宜上シフターなども扱う。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] フリーホイールの登場
変速機が出る前提としてフリーホイール機構がなくてはならない。
安全型自転車が登場して、現在の自転車の基本デザインは決まったものの駆動方式が固定ギアのため変速機という概念が登場するのには時間がかかった。変速は「ダブルコグ」というリアハブの両側に歯数の違うスプロケットをつけ、そのホイールの左右を入れ替えることで行なっていた。変速機が登場するのにはまずフリーホイールの登場を待たなくてはならなかった。
[編集] 変速機の登場
まず内装式の変速機が1900年代に登場する[[1]]。重量が重たい、信頼性に欠けるなどの弱点もあったが、1936年にスターメーアーチャー社が傑作機「AW-3」を開発して品質は定着する。対して外装変速機の開発は内装に比べて遅れた。理由は内装に比べて複雑な機能が露出しているので舗装路の少ない当時の道路状況では壊れやすく頻繁なメンテナンスを必要とした事もあったが、なにより当時の自転車競技の世界では変速機は女子供が使うものという観念が強かったからである。ツール・ド・フランス創始者のアンリ・デグランジュもそのような考えを終生持っており固定ギアにこだわっていた。ツールで変速機の使用が認められるのはデグランジュがディレクターを辞した1937年からである。
[編集] 外装変速機の進化
その後自転車の普及と自転車競技の興隆に伴って外装変速機ではさまざまな試みが行なわれ、基本的な構造−すなわち重ね合わせた大小のチェーンリングないしスプロケットの束でチェーンを横に移動させる事により変速させるという仕組み−は第二次世界大戦前後に定着した。そしてサンプレックス、ユーレ、シクロ(cyclo)、ゼウス、カンパニョーロなどの会社が現れる。当時のリアディレーラはクランクを逆転させて変速する物であったが、次第に改良が加えられ、逆転の必要がないスライドシャフト方式、更には変速性能に優れたパンタグラフ方式へと徐々に進化して1971年にカンパニョーロ社より『ヌーヴォレコード』が発表され現在のリアディレイラーの基本設計がほぼ定着する。この時期で前のギアが2段、後ろが5段変速が一般的だった(現在の最新機種ではロードレーサー向けが後ろ最高10段、MTB向けが後ろ最高9段である)。
シフターの形状は進歩の著しかったリアディレイラーなどに比べ長らく変わらなかった。シフターと言えばダウンチューブに取り付けるWレバーという小型なレバーが中心で、ドロップエンドに取り付けるバーエンドコントローラーやフラットハンドル向けのサムシフターなども登場した物の、その圧倒的なシェアには変わりがなかった。また当時のレバーは無段階に動き(「フリクション」という)、レバーの引き具合によるディレイラーの位置決めはライダー各人の勘に頼り、それを熟達しているかが勝敗を決めもした。が、反面初心者には使いづらく、ちょっとした事でギアを変速しそこなったり音鳴りがする事も多かった。しかしながら当時は部品として同じメーカーのものを統括して使用するコンポーネントという概念がなく、前変速機、後変速機、シフターを個別で使用する場合が多かった。そのために違うメーカーの変速機の互換性に対応するために、ある意味では調節の許容範囲の大きいフリクションでないと不都合だった。ロードレースの状況はこの状態がしばらく続く。
[編集] マウンテンバイクによる技術革新
新たな変革はマウンテンバイクから起こった。当時フラットハンドル用のシフターはサムシフターが主流だったが、これは従来のフリクションでは荒れ地での変速がおぼつかなく確実な変速が求められた。この要求にシマノは『SIS(シマノ・インデックス・システム)』を1984年に開発、ロードレースにも適応され、状況は劇的に変わる。このシステムではレバーが段階的に動くため、予め調整しておけば必ず正しい位置にディレイラーを移動させることができ、飛躍的に操作が楽になった。またこの頃からスプロケットの段数も一気に増えていく。
そしてシマノは1989年、マウンテンバイク用デュアルコントロールレバー『ラピッドファイアー』を発表、更に1991年、この技術を活かしてブレーキレバーとシフターを一体化させ、ハンドルから手を離さなくとも変速できる画期的な仕組み、『STI(シマノ・トータル・インテグレーション)』を開発した。シマノの後を追う形でカンパニョーロも『エルゴシステム』を開発。これの登場によりWレバーは徐々に廃れ、現在ではあまり用いられなくなっている。また、フラットハンドル向けのサムシフターも、後発のグリップシフトやラピッドファイヤーなどといったシフターに刷新されていった。
[編集] 内装変速機の進歩
内装変速機の開発のスピードは外装変速機の発達に比べると速くはなかった。理由としてはまず変速機がハブ内部にあるため部品交換に車輪を組み直す手間がかかる事、そして競技用用途としての変速機が早い段階から外装変速機が主流となってしまったので、最新技術が常に求められる需要がなかったからと考えられる。すでにスターメーアーチャーが5段変速、7段変速の変速機を、ザックスが12段変速の変速機を出してはいたが、前者は操作性では往年のAW-3ほどの完成度はなく、後者は生産中止となってしまった。その中でシマノが名作『インター7』を発表。つづいてザックスを吸収したSRAMが参入し、ローロフが14段変速の内装変速機を開発する。台湾サンレース社に吸収合併された新生サンレース・スターメーアーチャーもオーバロックナット寸法が120mmから調整できて使用できる8段変速を開発している。
[編集] 変速機
自転車の変速機では、クランクまたはリアハブのスプロケットに取り付けられた歯数の異なる歯車にチェーンを架け替えるか、ハブなどに内蔵された遊星歯車機構のギヤ比を変更することによって変速する。前者を外装式、後者を内装式と呼んで区別する。
[編集] 内装変速機
『内装ハブ』『ハブギア』とも呼ぶ。工業技術の未熟な時代に一番初期のできあがった変速機。遊星歯車機構を内部で密封しているために、泥汚れに強く非常に耐久性がある。また停止時にも変速ができるので、交通量の多い市街地を走る自転車に向く。また一部ではあるが、チェーンの引っ張り強度(チェーンテンション)が一定のためにチェーントラブルを回避するためにダウンヒルバイクや折り畳み自転車にも使われる。欠点は外装変速機に比べて重い事と変速数が限られる事である。
[編集] 外装変速機
通常『ディレイラー』と呼ばれ、チェーンホイールのギアを動かすものを『フロントディレイラー』、カセットスプロケットのギアを動かすものを『リアディレイラー』と呼ぶ外装式において、クランク側のチェーンを移動させる装置を「フロントディレーラ」、ハブのスプロケット側のチェーンを移動させる装置を「リアディレーラ」と呼ぶ。初期においては内装変速機のようにワイヤーにつながれた小さなチェーンで変速機ごと真横にずらすというタケノコ式変速機も登場したが、現在ではカンパニョーロ社が開発したパンタグラム式が主流である。軽量で確実な操作が行えるが、外部に機能が露出しているため泥などに弱く、また頻繁なメンテナンスを要する。自転車競技用のものに向く。
現在では外装変速機はおおよそロードレーサー用とマウンテンバイク用とに二分されている。
- ロードレーサー用のものは可動部分が水平の「横型」になっており、変速できるスプロケットの最大歯数は比較的小さいが、機敏な変速が可能。
- マウンテンバイク用のものでは可動部分が垂直の「縦型」が多く、ロードレーサー用ほどは機敏な変速ではないものの、変速できるスプロケットを最大限合わせられるようにできている。これは変速の際のチェーン移動量を考慮したものである(マウンテンバイクの方が大きな移動量を要する)。またツーリング用自転車にもマウンテンバイク用のものが用いられる事が多い。
[編集] 外装+内装変速機
古典的な内装3段変速と外装変速を合体させた変速機。主に折り畳み自転車など自転車競技で以外のもの、またはチェーンテンションがある程度一定で外装変速機なみの変速数があるためにリカンベントのような使用するチェーンが通常より長い自転車に使われる。「デュアルドライブ」はSRAMの商標、「インテゴ」はシマノの商標である。
[編集] シフター
変速の指示を出す装置をシフターといい、古くは金属製のロッドで直接変速装置を動かしていた(ファウスト・コッピが使ったカンパニョーロ「パリ・ルーベ」など)。現在の主流はワイヤーでできた筒(アウター)の中にワイヤー(インナー)を通し、インナーを動かすことによって変速装置を動かすワイヤー方式が主流で、ほぼ100%である。現在では技術の進歩に伴って、電動式や油圧式の開発も盛んに行なわれている。 前述のSISなどの位置決め機構のついたインデックスタイプと、付いていないフリクションタイプとがある。
[編集] ドロップハンドル向け
[編集] デュアルコントロールレバー
ブレーキレバーとシフターが一体化したもの。1991年にシマノが初めて実用化した。変速の際ハンドルから手を離さずにすむという非常に大きなメリットがあるため、プロ用から入門用まで非常に多くの自転車に取り付けられており、現在のレース機材には標準装備される事が普通である。しかしやや重く、内部機構が複雑な上に高価などといった欠点もあるので、山岳でのレース、タイムトライアルなどの特殊な状況では使われない事もある。インデックスタイプのみ。種類はシマノの「STI」、カンパニョーロの「エルゴパワー」、SRAMの「デュアルタップコントロール」の3つ。なお、この種類のシフター全てをSTIと呼ぶこともあるが、STIは飽くまでもシマノの商標である。
[編集] Wレバー
かつて主流だったシフターで、2本の小型レバーをダウンチューブに取り付けるもの。現在ロードレーサーではあまり用いられてはおらず、最近のフレームではこのシフターを装着する事を想定して作られていないものも多い。
長所としてはシンプルなため軽量かつ安価であること、耐久性に秀でていること、整備性・分解性に秀でていることが挙げられる。このため、輪行を前提とした車輌(ランドナーやスポルティーフ)では現在でも主流である。またフリクションタイプの場合はリア・ディレイラーの厳密な調整が不要なので、多段化したリア・ディレイラーの調整を厭う愛好家の中には、敢えてフリクションタイプのWレバーを使用する例も見られる。
短所としては、変速の際ハンドルからいちいち手を離してダウンチューブまで持っていかなくてはならない点が挙げられる。これはレース中の局面(ダンシング、ダウンヒル、スプリントなど)ではインテグレーテッド・タイプに較べ明らかに不利であり、現在ではロードレース用の競技車両には殆ど用いられない(
インデックスタイプとフリクションタイプの両方がある。
ちなみにランス・アームストロングは山岳ステージ用の車両でフロントの変速のみWレバーを用いていた。(理由は不明)
[編集] バーエンドコントローラー
ハンドルの末端に差し込んで使うシフター。Wレバーを専用台座でハンドル末端に取り付けた物に近い。略称は「バーコン」と呼び、こちらの方が良く用いられる。ハンドルから完全に手を離す必要は無くなるが、やはり手を大きく移動させなければならないこと、ワイヤーの取り回しが長大になることなどから、デュアルコントロールタイプほどは好まれない。
ただ、シマノ製品の供給量が豊富でなおかつ比較的安価に購入できる日本に比して、海外では安価で耐久性もあるバーコンの愛好者は多い。レース機材としては現在ではブルホーンバーやTTバーといった特殊なハンドルと組み合わせて使われることがほとんどである。インデックスタイプとフリクションタイプの両方がある。
[編集] コマンド
かつてサンツアーが発売していたシフター。シーソーのような構造をしており、これをブレーキレバーの根本に取り付けることで手元での変速を可能となる。軽量でブレーキレバーを自由に選べるなどの利点もあったが、結局デュアルコントロールレバーには勝てず、サンツアーの終焉に伴い姿を消した。しかし、今でもマニアの中では根強い人気があり、ネットオークションでは高額の値で取り引きされている。9速や10速用に改造する為のキットも、元サンツアーの技術者が開発して販売している。なお、「コマンド」はサンツアーの商標である。
[編集] フラットハンドル向け
[編集] デュアルコントロールレバー
フラットハンドル向けにもデュアルコントロールレバーは存在する。ブレーキをかけながら変速できるのが最大の特徴であるが、フラットバーではブレーキレバーとシフターと単品で組み合わせていても他の形式との違いはあまりなく、更には高価であるため、ドロップハンドル向けのように絶大な支持を受けるには至っていない。また歴史も浅い。発売しているのはシマノのみで、こちらも「STI」と呼ぶ。
[編集] ラピッドファイヤー、トリガーシフター
2本のレバーにシフトアップとダウンがそれぞれ振り分けられている形式。フラットハンドル向けでは圧倒的な支持を得ているため、単にシフトレバー若しくはシフターと呼んだ場合、フラットハンドルにおいてはこのタイプを指すことが多い。なお、「ラピッドファイヤー」という名称はシマノの、「トリガーシフター」はSRAMの商標である。
[編集] グリップシフト
ハンドルバーのグリップ部分に取り付け、前後に捻ることによって変速する形式。形状はオートバイのスロットルに似ている。シェアはあまり多くないが、2、3万円の低価格なスポーツ車によく採用される。なお、「グリップシフト」という名称はSRAMの商標であるが、半ば普通名詞化している。シマノの製品名は「レボシフト」。高性能な内装変速機のシフターとしても使われる。
[編集] サムシフター
ハンドルに取り付けられた一本のレバーを左右に回転させることにより変速する形式。主に親指で操作したことからこの名前がある。フラットハンドル用としては最も古く、構造もWレバーを専用台座でハンドルに取り付けた物に近い。構造が単純で軽量、安価であるが、操作感で劣るため、現在ではMTBルック車に採用されているのみである。SIS開発前から流通しているタイプなので、サムシフターに限りフリクションで使えるものもある。