実用車 (自転車)
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実用車(じつようしゃ)とは、自転車の一種で、重量物の運搬にも耐えられる堅牢性を備えた形態の自転車である。文字どおり実用的な輸送手段として、かつては盛んに用いられた。
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[編集] 定義
普通の人が「実用車」と聞いて思い浮かべる自転車には、2種類ある。
[編集] 実用として使用される自転車
ひとつは、実用に供される(実用に使用される)、つまり、趣味や楽しみの為に使用するのではなく、通常、仕事、労働、奉仕など楽しみ以外のために使用される自転車である。いいかえれば、これは実用+自転車という言葉の組み合わせからイメージされるものである。これには実用に適しているか不適かといったほどのおおよその区分けはあるが、特段この仕様というほどのものはない。その「使用」の状況によるからである。この定義であれば自転車を使った運送業であるバイクメッセンジャーなどはロードレーサーやマウンテンバイク、トラックレーサーを使用しており、自転車仕様としてはレーサーモデルであったりするのであるが、利用形態としては実用車である。
[編集] 「実用車」
一方、実用車という自転車業界での定義があり、これが当「実用車」項目で以下に記述する仕様の自転車である。
1870年頃から英国を中心として起こった自転車ブームは金持ちの道楽でありスポーツ競技用であった。1885年にローバー安全自転車が発売されてから女性も安心して乗れるようになり、大衆の移動手段として定着していく。これら欧米の自転車が明治期の日本に輸入され国内で製造されるようになったときも同じ変遷をたどる。そして、ある時期から頑丈なつくりで重い荷物を運ぶことのできる日本スタイルのかぎかっこつき「実用車」が誕生した。自転車業界、および自転車の用語に関心のある向きには単に「実用車」といった場合でもこちらの意味をもつ。これは以下に記す具体的な仕様をもつ自転車を指す業界用語である。
[編集] 形状
実用車の形状は、英国式ロードスターに似るが、一般的な特徴は次の通りである。
- 鉄、もしくはハイテンション鋼のダイアモンド型フレーム(一部はスタッガード型)
- ロッドブレーキ、もしくは内拡式(ドラム)ブレーキ
- 鉄製のコッタード・クランク
- 26インチのBEタイア(ビーデッドエンド、耳付きタイア)
- スポークは軟鉄、もしくはステンレス製13番ゲージで前32本、後40本
- 鉄製の後部荷台
- 補助機構付の大型枠付両足スタンド
- 補助フォーク
- フルチェーンカバー
- ハンモック形状のバネ付き革サドル、ゴム巻きペダル
- 砲弾型の前照灯
- 角形の大型後輪錠
- 変速機構がない
昭和40年代までは、日本では自転車といえば実用車であった。近年、製造を中止するメーカーも出ているが、現在でもブリヂストンサイクル、ナショナルなど数社から販売されている。
昭和30年代に売られていた実用車と現在のそれとでは、相当に変化がある。現在では軽快車など他ジャンルとの共用部品も多く、特徴も薄れているが、往年の実用車は職人気質で丁寧に仕上げられ、細部まで磨きこまれ、ねじ1本まで装飾を施し、風きり(前の泥除けに乗せるエンブレムの一種)や七宝製のフロントバッヂ、フレームに引かれた金線など、一種の様式美を備えていた。
かつての実用車のメーカーとしては、現在も生産をしている前述のメーカー以外に、丸石自転車(埼玉県)、山口自転車(ベニー)、宮田工業(茅ヶ崎市)、ウエルビー工業(威力号:大阪市)などが有名であった。
[編集] 現代の実用車
自転車は簡便に利用でき、かなりの重量物も運搬可能な便利な交通手段である。
社団法人・日本新聞協会とブリヂストンサイクルの共同開発による「ニュースクル」という新聞配達専用の自転車があり現代でも極一部で活躍している。
交番にも巡回用実用車が配備されている(ミヤタ・メッセンジャー警察庁モデル、ハンドルに大音量のベルとバックミラー、フロントフォークに警棒ホルダー、リアキャリアにトランクを装備。市販はされていない)。最近は一般の軽快車を使うこともあり、パトロールバイク(いわゆる「黒バイ」。50ccから90cc程度のビジネスバイクを充当することが多い)にとって替わられる事が多くなったが、都市部ではまだ少なからず自転車で警らをおこなう警官の姿が見られる。これは狭い路地が多い都市部の交通事情に加え、大きなエンジン音で周回することが(行政)警察活動の秘密を損なうのを避けるためともいわれている。
郵便局では、年末年始の短期アルバイト職員が郵便配達用の自転車を使用して郵便配達を行っている。
[編集] 築地
実用車が盛んに用いられている地域の代表の一つとして、日本では東京都中央区の築地が挙(あ)げられる。築地市場では、いまでも実用車が普通に見られ、それ専門の自転車店が晴海通り沿いにある。魚を運ぶ木製の箱を搭載するため、後部荷台に鋼鉄製の補強枠を溶接するなど、魚河岸で利用するための改造なども行っている。