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座光寺 為時(ざこうじ ためとき、天文20年(1551年) - 寛永20年6月26日(1643年8月10日))は、信濃国伊那郡の国人領主。後に江戸幕府の旗本となる。座光寺為清の子。
武田信玄の伊那郡進出に従う。武田氏の滅亡後は徳川家康に仕える。小田原の陣後、徳川氏が関東に移されると上野国碓氷郡に1千石を与えられる。関ヶ原の合戦の際には徳川秀忠に従って上田城攻撃に参加、真田軍相手に奮戦した事が評価されて合戦後500石加増されて旧領に復帰した。
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