形状記憶合金
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形状記憶合金(SMA)(けいじょうきおくごうきん)とは、ある温度以下で変形しても、その温度以上に加熱すると、元の形状に回復する性質を持った合金。また、この性質を形状記憶効果(SME)という。
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[編集] 概要
この合金は、チタンとニッケルの合金が一般的であるが、その他にも鉄-マンガン-ケイ素合金(→鉄系形状記憶合金)など、様々な素材で作られている。組成を変更することで任意の温度以上になった場合に予め設定した形状に変形する性質(マルテンサイト変態)から、様々な分野での応用がみられる。
このような合金の性質が確認されたのは1951年のことで、1970年代頃から利用が研究され始めた。しかし実用化が始まったのは1980年代に入ってからのことで、以後機械工学分野から医療分野にまで応用されている。
似たような温度による変形という性質を持つものではバイメタルがあるが、こちらは熱による膨張率の異なる金属同士を張り合わせた素材で、必ずしも合金ではなく、また予め設定した形状に変形するのではなく、膨張率の差から設計された所定の範囲内で反りが発生するという点で異なる。
形状記憶合金は金属結晶構造の10%以内の曲がり(歪み)に対して、所定の温度を加えると弾性を発揮、元の形状に戻ろうとする性質を発揮する。ただし金属結晶構造が変わってしまうほどの極端な変形や、または結晶構造が崩れるほどの高温を加えると、この弾性が損なわれ可塑性により、その時の形状が「記憶」されてしまう。
この場合の記憶は一般に言う所の「情報の保持」とはやや異なるが、金属の結晶構造が原型という情報を保持しているという点で、一種の記憶媒体でもあるといえよう。
[編集] 応用例
この合金は、所定の温度に達すると弾性により原型を復元するため、以下のような利用法がみられる。
[編集] アクチュエーター
例えば内視鏡は細ければ細いほど、対象に挿入する際の負荷が小さくて済むが、細くするほどに先端部に機械要素を組み込むのが技術的に難しくなる。この場合、先端部に「熱を加えると、その方向に屈伸する」という性質の形状記憶合金のワイヤーをケーブルに沿って複数仕込んでおき、これに電流を流せるよう電線に繋ぐ。あとは曲げたい方向の形状記憶合金ワイヤーに通電するとジュール熱が発生してワイヤーが変形、内視鏡ケーブルの先端が自在に曲がる。
このようなアクチュエータ(駆動用の機械要素)では、従来は微細すぎてモーターや電磁石による運動機能を仕込めなかった小型機械に運動機能を持たせることが可能で、これらは小型ロボットの筋肉(→人工筋肉)としての利用方法も期待される。
[編集] 締め付け具
例えば従来において、骨折で折れた骨同士を接合したり、あるいは人工歯根に歯となる部品を取り付ける際、金属製のボルトを使って締め付けたり、あるいはセメントと呼ばれる接着剤で固定する方法があった。しかしこれらではボルトのねじ込みが大げさとなったり、セメントが固まるまでの間は接着部を固定する必要があったりと、何かと治療や実際に使えるようになるまでに時間が掛かった。
形状記憶合金を使った締め付け具では、体温に反応して所定の形状に変形するように設定した締め付け金具を取り付けることで、体内に取り付けて一定時間すると温まって、きちんと固定される。これにより、より早い機能回復が期待される。
その一方、家電のリサイクルにおいて古い製品の分解に掛かる手間(=コスト)が問題となるが、この場合に熱を加えるとねじの締め付けを外してしまうナットやワッシャーなどを形状記憶合金で作ることで、分解時には家電に一定の熱を加えることで、ねじ回しで一々全てのねじを外さなくても分解できるようにする試みもみられる。
[編集] 衣類
比較的早くから形状記憶合金が利用され、使い道が無いといわれていた形状記憶合金の名前を有名にしたものにブラジャーのカップのワイヤーが挙げられる。一般的には金属で作られていたが、洗濯などで変形しやすく扱いにくく、変形しにくくすると硬く肌触りが悪くなるが、所定の形を予め設定した形状記憶合金を仕込むことで、肌へのあたりは柔らかく、つけていると体温で所定の形を保つという性質が利用されている。現在でも、形状記憶合金の使用は高額なものに限られている。
[編集] 関連項目
- エントロピー弾性
- 形状記憶樹脂
[編集] 外部リンク
- 東京農工大学工学部機械システム工学科の参考資料。
- 家電製品の解体を簡易化する試み。