星野長太郎
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星野 長太郎(ほしの ちょうたろう、弘化2年(1845年) - 明治41年(1908年))は、日本の実業家・政治家。元衆議院議員(大同倶楽部所属)。水沼製糸所創始者である。精糸原社副頭取、群馬県議会副議長などの要職を歴任し、日本の製糸工業の発展に尽力した。群馬県勢多郡黒保根村(現・桐生市)出身。旧黒保根村の名誉村民に選ばれた。
岩鼻県の役人をしていたが、製糸業を営むことを思いつき技術を習得。明治6年(1873年)、日本初の民間経営の製糸所である水沼製糸所を創設。明治11年(1878年)、パリで開催された万国博覧会で金牌を受賞した。生糸直輸出奨励法制定推進論者として知られ、同法の施行に尽力したが、同法は施行から2ヶ月で廃止された。また、横浜同伸会社救済運動にも深く関与した。
日本初のゴルフプレーヤーである新井領一郎は弟。
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