武相中学校・高等学校
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武相中学校・高等学校(ぶそうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市港北区仲手原にある私立男子校。法人の正式名称は学校法人武相学園。最寄り駅は東横線妙蓮寺駅、白楽駅または横浜市営地下鉄岸根公園駅。オリンピック選手を輩出していることや、高校野球など実績があることで知られている。
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[編集] 概要
- 神奈川県下有数の男子校の一。1942年(昭和17年)、考古学者で歴史家でもあった石野瑛が、青少年教育の重要性を感じ、港北区篠原町富士塚に旧制武相中学校創立。その後、生徒と共に原野であった松風台(現・武相台)を開拓し移転。当時この場所は見晴らしが良く、旧国名の武蔵国と相模国が一望できたことからその頭文字を一字ずつ取って校名にした。
校名の由来ともなっている高台(武相台)は昭和17年当時非常に見晴らしが良く、横浜港は勿論、遠く丹沢や富士山、房総半島も望むことができ、文字通り武・相両州が一望できたという。
- 建学の精神は、「道義昂揚」・「個性伸張」・「実行徹底」
- スクールカラーは紫・青・丹。エンブレムは建学の精神をラテン語で表している。
- 高校野球では甲子園に4度出場している。
[編集] 沿革
- 1942年(昭和17年) 旧制武相中学校創立。
- 1945年(昭和20年) 第二次世界大戦による空襲により、富士塚(刀鍬)校舎焼失。
- 1947年(昭和22年) 新制中学校認可。
- 1948年(昭和23年) 武相高等学校設置。武相考古館・ホール竣工。
- 1958年(平成33年) 武相学園正門道路(桜坂)竣工。
- 1970年代 高校野球神奈川県大会で優勝、全国大会(甲子園)に4度出場。ボクシング部団体全国大会優勝。
- 1992年(平成4年) 創立50周年・50周年記念館・理科実験棟竣工
- 2002年(平成14年) 創立60周年記念式典挙行。講堂・体育館竣工。
[編集] 施設
- 50周年記念館
- 理科実験棟
- 体育館・講堂(メインアリーナ・サブアリーナ・屋内トレーニングルーム・ランニングコース)
- 屋内プール
- テニスコート
- 嬬恋天日山荘
[編集] カリキュラム
- 総合コース、進学クラス、情報クラス及び特別進学クラスがある。
- 課外授業としてホームステイでの海外研修がある。
- 課外授業として富士スピードウェイを利用したマラソンあり。
[編集] 主な卒業生
- 三澤孝也 - 三沢電機副社長 故人
- 中澤俊男 - 株式会社勉強堂代表取締役
- 工藤次郎 - 工藤建設社長
- 杉野正 - 埼玉高速鉄道株式会社社長・元しなの鉄道株式会社社長
- 兼子一郎 - 第二次南極観測隊隊員
- 大山行男 - 写真家
- 和久井光司 - 総合音楽家(ミュージシャン/音楽評論家/プロデューサー)
- 北井晴彦 - デザイナー
- 松村充 - インスブルック冬季オリンピックフィギュア・スケート日本代表
- 福井英郎 - シドニーオリンピックトライアスロン代表
- 星野敬太郎 - ボクシング
- 北村照文 - 元プロ野球選手(阪神→西武→中日)
- 島野修 - 元プロ野球選手(巨人→阪急)
- 菅野光夫 - 元プロ野球選手(日本ハム) 故人
- 鈴木慶裕 - 元プロ野球選手(日本ハム→ダイエー)
- パンチ佐藤 - 元プロ野球選手(オリックス)・タレント
- 出川哲朗 - お笑い芸人・タレント
- 堤下敦 - お笑い芸人(インパルス)
- 榎本哲也 - 横浜マリノス
- 松島勝之 - ソウルオリンピック ボクシング代表
- 西本欣司 - プロ野球セントラルリーグ審判員