肝細胞癌
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肝細胞癌(かんさいぼうがん、hepatocellular carcinoma; HCC)は腫瘍の組織型の1つで、肝細胞から発生する悪性腫瘍である。原発性肝癌の90%以上を占める。80%~90%が肝硬変に合併して発生する。男女比は約3:1で男性が多い。発症平均は60代前半。
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[編集] 原因
肝細胞癌のほとんどはウイルス性肝炎から発生する。C型肝炎が70~80%で最多であり、次いでB型肝炎が10%~20%と多い。その他、BC重複感染と非B非Cが数%ずつある。日本や西欧ではC型肝炎が原因として多いが、その他のアジアやアフリカではB型肝炎が多い。まれな原因としてヘモクロマトーシスやアフラトキシン暴露などが挙げられる。肝細胞癌になる前に素地として肝硬変が存在する事が多く、特にC型肝炎が原因の場合にはほとんどが肝硬変を経て癌化する経過をたどる。(発癌率は年7~8%であり、6年から7年で50%が発癌する)一方、B型肝炎では肝硬変からの発癌以外に、慢性肝炎からいきなり肝細胞癌になることがある。これはB型肝炎ウイルスはDNAウイルスでありHBV遺伝子が感染肝細胞の癌遺伝子を活性化しているためである。また、アルコール性肝硬変を原因とする肝細胞癌は日本では少ない。
日本や東アジアでは欧米よりも肝細胞癌の発生率が高い。特に手術や輸血、注射針の使い回しなどが原因と考えられている。
[編集] 症状
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、初期には自覚症状はほとんどない。病状が進行してくると肝機能悪化および腫瘍の増大に伴い、全身倦怠感、食欲不振、黄疸、尿の黄染、腹部膨満、腹部腫瘤、腹痛、発熱などが出現してくる。
[編集] 検査
[編集] 血液検査
- 全血算
- 白血球増加が見られることがある(肝硬変患者では通常減少)
- 腫瘍マーカー
- α-フェトプロテイン(AFP)
- 60~70%が陽性となるが、肝硬変、慢性肝炎での陽性率が高い。AFPレクチン分画(AFP-L3)は肝細胞癌に特異性が高い
- PIVKA-II (protein induced by vitamin-K absence)
- 血清フェリチン
- α-フェトプロテイン(AFP)
[編集] 画像検査
- 腹部超音波検査(エコー)
- 典型的な肝細胞癌は境界明瞭な類円形で、表面に低エコーの被膜を持ち、内部はモザイク状である。血流に富む。
- CT
- MRI
- ガドリニウムを用いた造影MRIではCTと同様の所見が得られる。また、フェリデックス(鉄製剤)を用いた造影MRIでは正常肝臓が信号低下するのに対して高信号として描出される。
- 血管造影
- 動脈造影では造影初期に強く染まる腫瘍陰影として描出される。通常、手術前の検査やTAE(肝動脈塞栓術)に伴うものとして行われる。定期的な検査として行われることはまずない。
[編集] 病理組織検査
- 肝生検
- 超音波ガイド下に体外より針を刺し、腫瘍の組織を採取する検査。画像検査では確定診断が得られない場合に行われる。
[編集] その他の検査
- 腹腔鏡検査
- 肉眼での観察および肝生検を目的に行われる。
[編集] 診断
典型的な画像所見および腫瘍マーカーにより診断される。画像検査で診断がつかない場合(胆管細胞癌や転移性肝癌との鑑別など)は組織検査により確定診断される。
[編集] 治療
様々な治療が行われる。主なものは次の通り。
- 手術
- 肝切除
- (肝移植)
- 経皮的エタノール注入療法(PEIT; percutaneous ethanol injection therapy)
- マイクロ波凝固療法(MCT; microwave coagulation therapy)
- ラジオ波焼灼療法(RFA; radiofrequency ablation)
- 経カテーテル動脈塞栓術(TAE; transcatheter arterial embolization)
- 化学療法
- 全身化学療法
- 肝動注化学療法
- 放射線療法
このうち根治性(治りきる可能性)が高いのは肝切除・PEIT・MCTおよびRFAであり、可能であればこれらの治療が第一選択となる。PEITは治療に伴う合併症が少ない一方、再発率は低くない。
[編集] 肝切除
腫瘍を含む肝臓を切除する手術療法である。切除範囲は腫瘍の位置や広がりによって決定される。正常肝では処理能力にかなりの余裕があるため肝の大部分を切除する手術も可能であるが、肝硬変では肝予備能が低下しているため切除できる量が限られる。肝細胞癌患者の多くは肝硬変がベースにあるため、必要な切除量とのバランスが取れず手術ができないことも多い。また肝外転移がある場合は切除による生存期間の延長が見込めないため適応にならない。
[編集] PEIT・MCT・RFA
原理は異なるが、いずれも肝臓に針を刺して腫瘍とその周囲のみを壊死させる方法である。残肝に対する影響が小さいため、肝予備能が低くても施行可能である。ただし腫瘍が大きすぎるもの、数が多すぎるものは適応にならない(一般的には3cm、3個まで)。また主要な血管・胆管に接するもの、心臓・肺に近接するもの、肝表面に突出しているものは技術的に施行が困難である(人工腹水・人工胸水を用いる方法や、腹腔鏡、胸腔鏡を併用したアプローチにより、積極的に治療を行う施設もある)。PEITは,3cm,3個までの肝細胞癌に対する治療成績が手術に劣ることが過去の臨床データの集積により明らかにされた.それ以降,治療法の第一選択として行われなくなりつつある.
[編集] TAE・肝動注化学療法
手術の適応にならないもの(肝予備能が悪い、腫瘍が肝臓の広範囲に散らばっている、等)に行われるが、肝予備能がある程度悪かったり、多発していても施行可能である。TAEは腫瘍を栄養する肝動脈にカテーテルを挿入し、塞栓物質を流す方法である。腫瘍細胞を栄養するのは動脈のみであるが、正常細胞は動脈と門脈の双方から栄養されるため、TAEによって腫瘍細胞のみをいわば『兵糧攻め』することができる。門脈が閉塞している場合などは正常細胞も影響を受けるため基本的に適応外となる。このTAEの変法として塞栓物質に抗癌剤(塩酸エピルビシン,マイトマイシンC,シスプラチン 等)を混ぜて肝動脈に挿入したカテーテルから流す方法があり,TACEと呼ばれている.肝動注化学療法は肝動脈にカテーテルを留置し、定期的に抗癌剤(シスプラチン、5-FU 等)を注入する方法である(Low dose FP療法など)。TAEが適応外となる症例に対して行われることが多い。(奏効率は約40%と言われている)また、動注化学療法にインターフェロンを併用する治療法もある(FAIT療法)。以前は肝細胞癌に対するシスプラチンの動注化学療法は保険適応外であったが,2004年6月から健康保険が適応され,保険診療で行えるようになった(ただし、動脈注射用のシスプラチンはワンショットでの投与法しか認められておらず、従来の持続動注が完全な保険適応になったわけではない).
[編集] 全身化学療法
遠隔転移があるものには全身化学療法が行われるが、2005年現在のところ肝細胞癌に対する有効な抗癌剤は存在せず、効果はあまり期待できない。分子標的薬などの新薬の開発が進行中である。
[編集] 放射線療法
骨転移の痛みを和らげる目的で施行され、一定の効果が得られている。 また2005年現在では陽子線や重粒子線による局所療法が臨床応用されており、臨床試験が進行中である。
[編集] 転移
- 肝内転移
- 血行性に門脈から転移する。
- 肝外転移
- 血行性、リンパ行性に肺、腹腔内臓器、骨などに転移する。
[編集] 予後
肝切除もしくはPEIT・MCT・RFAが可能であった場合の予後は比較的良好で、5年生存率は50~60%である。しかし、これらの治療の適応にならなかった場合の予後は悪く、5年生存率は10%程度にすぎない。肝細胞癌は慢性肝炎を母地として発生するため、ひとたび治療が完了してもその後に新たな癌が発生してくる確率が高い。癌の発生を早期に発見し、繰り返し有効な治療を行うことができるかどうかが予後を左右する。 またインターフェロンによる肝臓癌の再発予防も研究されている。