荘川桜
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荘川桜(しょうかわざくら)は、岐阜県高山市荘川町(旧荘川村)中野の国道156号沿い、御母衣ダム湖岸にある樹齢四百年と推定されるサクラの古木。岐阜県指定天然記念物。照蓮寺荘川桜、光輪寺荘川桜、荘川桜二世の三本がある。
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[編集] 概要
荘川桜はアズマヒガンザクラという野生種の桜で、ごく淡いピンク色の花弁とごつごつした幹が特徴。樹高約20m、幹囲目通り約6m。
[編集] 大移植工事
1960年、御母衣ダム建設により水没する予定の照蓮寺、光輪寺の庭にあった二本の巨桜を見たダム建設事業主である電源開発株式会社の初代総裁高碕達之助は「なんとかこの桜だけでも救えないものか」と、当時の桜研究家の権威で「桜男」とも称された笹部新太郎にこの二本の桜の移植を依頼した。笹部指導の下行われた移植工事は樹齢450年以上という老齢とその巨体、更に「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるほど外傷に脆弱な桜を移植することもあり困難を極めた(笹部自身も後年のインタビューで当時のことを「高崎さんに移植について相談された際、絶対に不可能かと言われ『生き物である限り絶対と私は言いたくない』と言った直後に『お願いします』と言われ『しまった』と思った。だが笹部さん以外に出来る人はいないと言われ、高崎さんの情熱に押されて引き受けた」と言っている)。可能な限り枝や根を落とし73トンまで軽量化した桜をダム水面上の丘まで運搬し再び植樹したが、無骨な幹だけの姿は無残なものだったため、当時笹部や高崎には水没地住民や世間から「むごい仕打ち」「いずれ水没するのに追い討ちをしなくても」と非難が集中した。しかし笹部の目算通りその翌年1961年春、桜の活着が確認。電源開発による移植以来継続した保守管理もあり以降も年々枝葉を伸ばし続け、現在はかつてのように美しい花を咲かせている。
同じ場所には、荘川桜の実生桜を若山芳枝(元ダム建設反対運動「死守会」書記長、のち「ふるさと友の会」会長)が育てた樹を1984年に移植した荘川桜二世もある。 活着確認時、住民はすがりついて泣いたと言われる。平成10年頃までは「ふるさと友の会」など水没地の元住民が春先に荘川桜の元に集まっていたなど、水没地住民にとってはかつてのふるさとの象徴であり、現在でもありつづけている。
荘川桜が咲くのは4月下旬~5月中旬頃。開花中はライトアップされる。
[編集] さくら道
昭和47年、名金急行線(名古屋~御母衣~金沢間)の国鉄バスの車掌・佐藤良二が沿線の荘川桜とその逸話に感銘を受け、名金線沿いに「太平洋と日本海を桜で繋ごう」と桜を植え続けた。この話は『さくら道』(中村儀朋・著/風媒社・刊)及びそれを映画化した「さくら」(1994年)のモデルとなった。 現在では名金線は廃止になり佐藤も故人となったが、その桜の道は荘川桜と共に毎年咲き誇り名古屋と金沢を結び、『さくら道270キロ ウルトラマラソン』『桜道国際ネイチャーラン』などとして受け継がれている。
[編集] アクセス
<公共交通機関>
- 高山方面から:JR高山駅から濃飛バスか白川郷特急バスの白川郷行「桜の郷荘川」下車。
- 名古屋方面から:長良川鉄道郡上八幡駅から岐阜バス桜の郷荘川行「桜の郷荘川」下車。もしくは高山回り。
- 富山方面から:白川郷特急バス 高山行「桜の郷荘川」下車。もしくは高山回り。
<自家用車>
- 名古屋側より:東海北陸自動車道 荘川IC→国道156号線を砺波・白川向 6分程。
- 富山側より:東海北陸自動車道 白川IC→国道156号線を荘川・白鳥向 25分程。
- 現地に駐車場はあるが少数のため、開花シーズン中での駐車は無理。やや距離はあるが「ドライブインみぼろ湖」の駐車場は広いためシーズン中はこちらに駐車→徒歩が推奨(荘川桜開花期間は協力金要)。
[編集] 関連項目
- 御母衣ダム-電源開発(ダムと共にサクラも直轄で管理している)
- 高碕達之助
- 飛騨・美濃さくら三十三選
- 名金急行線
[編集] 外部リンク
カテゴリ: 岐阜県の建築物・観光名所 | 桜