出光興産
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種類 | 株式会社 |
市場情報 | |
略称 | IDEMITSU、出光 |
本社所在地 | 〒100-8321 東京都千代田区丸の内三丁目1番1号 |
設立 | 1940年3月30日 (1911年6月20日創業・出光商会) |
業種 | 石油・石炭製品 |
事業内容 | 石油精製、石油関連製品の製造・販売等 |
代表者 | 天坊昭彦(てんぼう あきひこ)(社長) |
資本金 | 1086億円 (2006年11月末現在) |
売上高 | 単体2兆3217億円、連結2兆7636億円(2005年3月期) |
従業員数 | 4,447名(2006年3月31日 現在) |
決算期 | 毎年3月31日 |
主要株主 | 日章興産株式会社24.82% |
外部リンク | http://www.idemitsu.co.jp/ |
特記事項:SS数:5,358店(2005年3月31日現在) |
出光興産株式会社(いでみつこうさん)は、石油精製・販売などを行っている日本の企業。本社は東京都千代田区丸の内三丁目に所在する。創業者は出光佐三(いでみつ さぞう)。英文名称は、Idemitsu Kosan Co.,Ltd.。通称IDEMITSU、出光。企業ロゴはアポロマークと言い、ギリシャ神話のアポロンをイメージしたものである。多くの人はあのマークを女性の顔だと誤解しているが、実は男性である。キャッチコピーは、ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光の約束。
目次 |
[編集] 概要
竹中工務店、サントリー、ロッテとともに非上場の大企業として知られていたが、近年の有利子負債の増大などで資金調達が必要になったことなどから、2006年(平成18)10月24日に東京証券取引所一部に上場した。上場前、長らく資本金10億円という過小資本状態が続いたこと、「大家族主義」を標榜し、タイムカードがないほか、定年制もないなど特徴的な社風を持っていることでも知られる。
また、主要関係会社として、アストモスエネルギー、出光タンカー、出光オイルアンドガス開発、出光エンジアニング、アポロサービス、出光クレジットおよび同社のSSを運営している販売子会社(アポロ21世紀、光神、京葉アポロ、埼玉アポロ、関西アポロ、東海アポロ、九州興産、東北アポロ、北海アポロ、中国アポロ、四国アポロなど)があり、主要販売店として宇佐美鉱油とそのグループなどが挙げられる。
[編集] 沿革
- 1911年(明治44年)6月 - 福岡県門司市(現在の北九州市門司区)にて「出光商会」として創業
- 1919年(大正8年)- 酷寒の地・満州で車軸油が凍結し、貨車のトラブルが続出してた南満州鉄道に「2号冬候車軸油」を納入することにより、事故を一掃した。1927年満鉄創立20周年のときに、感謝状と銀杯が贈られた。
- 1938年(昭和13年)12月 - タンカー日章丸一世(1万4千重量トン)就航。
- 1940年(昭和15年)3月- 出光興産株式会社設立。
- 1947年(昭和22年)8月 - 石油配給公団の販売店に全国29店が指定され石油業に復帰。
- 1949年(昭和24年)10月 - 石油元売業者に指定。
- 1953年(昭和28年)5月 - イラン石油輸入(日章丸事件)。日章丸二世(1万9千重量トン)、石油を国有化し英国と係争中のイランから、アバダンよりガソリンと軽油を満載し、川崎へ入港。英国アングロイラニアン社(BPの前身)は積荷の所有権を主張し、東京地裁に提訴したが、出光の勝訴が決定した。(その後のイランとの国交を深める鍵となる。)
- 1957年(昭和32年)3月 - 10ヶ月の工期で同社初めての製油所を山口県徳山市の旧海軍燃料廠跡地に竣工。
- 1962年(昭和37年)7月 - 生産調整に反対し、石油連盟を脱退(1966(昭和41)年復帰)。
- 1962年(昭和37年)10月 - 当時世界最大の13万9千重量トンタンカー「日章丸三世」を建造。
- 1963年(昭和38年)1月 - 同社2番目の製油所として千葉製油所が完成。
- 1966年(昭和41年)12月 - 世界初の20万トン級VLCC(超大型タンカー)「出光丸」(20万9千重量トン)を就航。建造を担当したのは石川島播磨重工業。この建造についてのエピソードははNHKのプロジェクトXが放映。
- 1967年(昭和42年)9月 - 千葉製油所に世界初の重油直接脱硫装置を竣工。
- 1970年(昭和45年)10月 - 兵庫製油所完成。
- 1973年(昭和48年)9月 - 北海道製油所完成。
- 1975年(昭和50年)10月 - 愛知製油所完成。同製油所以降、日本では製油所が建設されておらず、最も新しい製油所。
- 1976年(昭和51年)7月 - 日本初の海底油田、阿賀沖油・ガス田の生産開始。
- 1983年(昭和58年)9月 - 無鉛ハイオクガソリン発売。(出光無鉛金アポロガソリン)
- 1987年(昭和62年)5月 - 愛知製油所に日本初の重油流動接触分解装置竣工。
- 1994年(平成6年) 10月- 北海道製油所に日本初の重質軽油水素化分解装置竣工。
- 1995年(平成7年)- 日本初のダブルハル(二重殻)VLCCタンカー「スーパーゼアス」建造。
- 1998年(平成10年)2月 - 全製油所、工場で「ISO14001」の認証を取得。
- 2000年(平成12年)- CVTトラクションオイルの実用化に成功。
- 2002年(平成14年)12月 - 兵庫製油所(日量8万バレル、兵庫県姫路市)と100%子会社沖縄石油精製(同11万バレル、沖縄県うるま市)の閉鎖を決定。
- 2003年(平成15年)9月 - 2003年十勝沖地震で被災した北海道製油所においてナフサタンク火災。当初、同社の手落ちとも報じられたが、長周期の揺れによりタンクの浮き天井が落ちたことが判明。その後、静電気により発火したとされる。
- 2003年(平成15年)10月 - クレディセゾンとの包括提携により出光クレジットを合弁会社化し、翌年、出光カードまいどプラスを発行。
- 2004年(平成16年)8月 - 出光石油化学を合併。
- 2006年(平成18年)4月 - 社名ロゴが明朝太字体から変更。
- 2006年(平成18年)4月 - LPガスの出光ガスアンドライフと三菱液化ガスが合併し、アストモスエネルギーが誕生し国内LPガス取り扱い高は新日本石油に次ぐ第1位のLPガス元売会社となった。
- 2006年(平成18年)10月24日 東証一部に上場した。
[編集] 製油所
- 出光興産北海道製油所(北海道苫小牧市) 140,000バレル/日
- 出光興産千葉製油所(千葉県市原市) 220,000バレル/日
- 出光興産愛知製油所(愛知県知多市) 160,000バレル/日
- 出光興産徳山製油所(山口県周南市) 120,000バレル/日
[編集] 諸問題
- 公害防止協定の虚偽報告(2003年)
- 愛知製油所(知多市)において、愛知県および知多市との公害防止協定に基づく報告データを虚偽報告した。
- 2003年1月から2005年12月までの3年間、愛知県および知多市に報告した管理項目の報告データ1,454件中584件において測定データと異なっており、報告値を改ざんしていた。
- この虚偽報告のうち、ばいじん総排出量1件、ばいじん濃度16件の協定値超過であった。なお、ばいじん濃度16件中2件は「大気汚染防止法」および「電気事業法」の規制値を超過していた。
- 本事件は、電気事業法に関する中部近畿産業保安監督部の立入り検査(2006年2月22日)中、過去のばい煙管理項目について整合の取れない記録が確認されたことを契機に社内調査した結果判明した。
[編集] テレビCM・提供番組
[編集] テレビCM出演者
[編集] 提供している番組
- 単独提供
- 題名のない音楽会21(テレビ朝日系)- 1964年の放送開始(東京12チャンネル=現・テレビ東京)から一貫して単独提供している。
- 複数社提供
[編集] 関連項目
- 企業一覧 (石油・石炭製品)
- 出光美術館
- mydoカード
- 出光イーハトーブトライアル - トライアル競技
- IDEX新出光
- キッザニア東京 パーク内のサービスステーションを提供